青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
南陽ノ宋定伯、年少キ時、夜行キテ逢レフ鬼ニ。
南陽の宋定伯、年少き時、夜行きて鬼に逢ふ。
南陽の宋定伯は、若いころ、夜に歩いていて幽霊に出会った。
問レフニ之ニ、鬼言フ、「我ハ是レ鬼ナリト。」
之に問ふに、鬼言ふ、「我は是れ鬼なり。」と。
これに尋ねると、幽霊は、「私は幽霊だ。」と言った。
鬼問フ、「汝復タ誰ゾト。」
鬼問ふ、「汝復た誰ぞ。」と。
幽霊は、「おまえの方こそ誰だ。」と尋ねた。
定伯誑レキテ之ヲ言フ、「我モ亦鬼ナリト。」
定伯之を誑きて言ふ、「我も亦鬼なり。」と。
定伯はこれに嘘をついて、「私もまた幽霊である。」と言った。
鬼問フ、「欲レスルヤト至ニラント何レノ所一ニ。」
鬼問ふ、「何れの所に至らんと欲するや。」と。
幽霊は、「どこに行こうとしているのか。」と尋ねた。
答ヘテ曰ハク、「欲レスト至二ラント宛市一ニ。」
答へて曰はく、「宛市に至らんと欲す。」と。
(定伯が)答えて言うには、「宛の市場に行こうとしているのだ。」と.。
鬼言フ、「我モ亦欲レスト至二ラント宛市一ニ。」
鬼言ふ、「我も亦宛市に至らんと欲す。」と。
幽霊は、「私もまた宛の市場に行こうとしているのだ。」と言った。
遂ニ行クコト数里。
遂に行くこと数里。
そのまま数里ほど行った。
鬼言フ、「歩行太ダ遅シ、可二シ共ニ逓ヒニ相担一フ。如何ト。」
鬼言ふ、「歩行すること太だ遅し、共に逓ひに相担ふべし。如何。」と。
幽霊は、「歩くのがとても遅い、一緒に交代で担ぎあうのが良い。どうだろうか。」と言った。
定伯曰ハク、「大イニ善シト。」
定伯曰はく「大いに善し。」と。
定伯が言うには、「たいへん良い事だ。」と。
鬼便チ先ヅ担二フコト定伯一ヲ数里。
鬼便ち先づ定伯を担ふこと数里。
幽霊はすぐにまず定伯を担いで数里ほど行った。
鬼言フ、「卿太ダ重シ、将タ非レザル鬼ニ也ト。」
鬼言ふ、「卿太だ重し、将た鬼に非ざるか。」と。
幽霊は、「あなたはとても重い。ひょっとして幽霊ではないのか。」と言った。
定伯言フ、「我ハ新鬼ナリ。故ニ身重キ耳ト。」
定伯言ふ、「我は新鬼なり。故に身重きのみ。」と。
※「~ 耳」=限定「~ のみ」「~ だけだ」
定伯は、「私は幽霊になったばかりである、だから体が重いだけだ。」と言った。
定伯因リテ復タ担レフニ鬼ヲ、鬼略無レシ重サ。如レクスルコト是クノ再三。
定伯因りて復た鬼を担ふに、鬼略重さ無し。是くのごとくすること再三。
定伯はそこで今度は幽霊を担ぐと、幽霊はほとんど重さがなかった。このようなことを何度も繰り返した。
定伯復タ言フ、「我ハ新鬼ナレバ、不レト知レラ有三ルカヲ何ノ所二畏忌一スル。」
定伯復た言ふ、「我は新鬼なれば、何の畏忌する所有るかを知らず。」と。
定伯はまた、「私は幽霊になったばかりであるので、(幽霊は)何を忌み嫌うのか分からない。」と言った。
鬼答ヘテ言フ、「惟ダ不レルノミト喜二マ人ノ唾一ヲ。」
鬼答へて言ふ、「惟だ人の唾を喜まざるのみ。」と。
幽霊は答えて、「ただ人の唾を苦手とするだけだ。」と言った。
於レイテ是ニ共ニ行クニ、道ニ遇レフ水ニ。
是に於いて共に行くに、道に水に遇ふ。
※「於レイテ是ニ」=そこで。こうして。
こうして一緒に進んで行くと、道中で川に行き当たった。
定伯令二メ鬼ヲシテ先ヅ渡一ラ、聴レクニ之ヲ、了然トシテ無二シ声音一。
定伯鬼をして先づ渡らしめ、之を聴くに、了然として声音無し。
※令=使役「令二ムAヲシテB一(セ)」→「AをしてB(せ)しむ」→「AにBさせる」
定伯は、幽霊を先に渡らせて、聞いてみると、まったく音がしなかった。
定伯自ラ渡ルニ、漕漼トシテ作レス声ヲ。
定伯自ら渡るに、漕漼として声を作す。
定伯が自ら渡ると、じゃぶじゃぶと音がした。
鬼復タ言フ、「何ヲ以テ有レルヤト声。」
鬼復た言ふ、「何を以て声有るや。」と。
幽霊は再び、「どうして音がするのか。」と言った。
定伯曰ハク、「新タニ死シテ、不レルガ習レハ渡レルニ水ヲ故耳。勿レカレト怪レシムコト吾ヲ也。」
定伯曰はく、「新たに死して、水を渡るに習はざるが故のみ。吾を怪しむこと勿かれ。」と。
※「勿二カレA一スル(コト)」=禁止、「Aしてはならない」
定伯が言うには、「新たに死んで、川を渡るのに慣れていないだけだ。私のことを怪しむでない。」と。
行キテ欲レスルヤ至二ラント宛市一ニ、定伯便チ担レヒテ鬼ヲ著二ケ肩上一ニ、急ニ執レフ之ヲ。
行きて宛市に至らんと欲するや、定伯便ち鬼を担ひて肩上に著け、急に之を執ふ。
進んで行って宛の市場に到着しそうになると、定伯はすぐに幽霊を担いで肩の上にのせ、突然これをしっかりと捕まえた。
鬼大イニ呼ビ、声咋咋然トシテ、索レムルモ下サンコトヲ不二復タ聴一レサ之ヲ。
鬼大いに呼び、声咋咋然として、下さんことを索むるも、復た之を聴さず。
※「不二復タ ~一(セ)」=「復た~(せ)ず」、「決して~しない/二度とは~しない」
幽霊は大声をあげて叫び、下ろしてくれと求めたけれども、決してこれを聞き入れなかった。
径チニ至二リ宛市ノ中一ニ、下シテ著レクレバ地ニ、化シテ為二ル一羊一ト。
径ちに宛市の中に至り、下して地に著くれば、化して一羊と為る。
すぐに宛の市場の中に入り、下ろして地面に置くと、化けて一匹の羊となった。
便チ売レル之ヲ。恐二レ其ノ変化一センコトヲ、唾レス之ニ。
便ち之を売る。其の変化せんことを恐れ、之に唾す。
すぐにそのままこれを売った。それが変化することを心配して、これに唾を吐いた。
得二テ銭千五百一ヲ、乃チ去ル。
銭千五百を得て、乃ち去る。
千五百の銭を手に入れて、立ち去った。
当時石崇言へる有り、「定伯鬼を売りて、銭千五を得たり。」と。
当時石崇有レリ言ヘル、「定伯売レリテ鬼ヲ、得二タリト銭千五一ヲ。」
当時、石崇が言ったことがある、「定伯は幽霊を売って、千五百の銭を手に入れたのである。」と。