青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
周処、年少キ時、凶彊俠気ニシテ為二ル郷里ノ所一レト患フル。
周処、年少き時、凶彊俠気にして郷里の患ふる所と為る。
※「為二ルAノ所一レトB(スル)」=受身、「AのB(する)所と為る」、「AにBされる」
周処は、若い時、凶暴で男気が強く、郷里の人々の悩みの種とされていた。
又義興ノ水中ニ有レリ蛟、山中ニ有二リ邅跡ノ虎一。
又義興の水中に蛟有り、山中に邅跡の虎有り。
また、義興の水中には蛟(=角のない竜、あるいは大蛇)がおり、山中にはあちこちに出没する虎がいた、
並ビニ皆暴-二犯ス百姓一ヲ。義興ノ人謂ヒテ為二シ三横一ト、而シテ処尤モ劇シ。
並びに皆百姓を暴犯す。義興の人謂ひて三横と為し、而して処尤も劇し。
※而(しか)して=順接、そして。
等しく皆、人々に危害を加えていた。義興の人は(周処・蛟・虎を)三横(=三つの横暴なもの)と呼称し、そして周処が最もひどかった。
或ヒト説レキテ処ニ殺レシ虎ヲ斬レラシム蛟ヲ。実ハ冀三フ三横唯ダ余二サンコトヲ其ノ一一ヲ。
或ひと処に説きて虎を殺し蛟を斬らしむ。実は三横唯だ其の一を余さんことを冀ふ。
※説=使役「説二キテA一ニB(セ)シム。」→「Aに説きてB(せ)しむ。」→「Aを説得してBさせる。」
ある人が周処を説得して虎を殺し蛟を斬らせようとした。実は三横のうちその一つだけを残したいと願ったのである。
処即チ刺-二殺シ虎一ヲ、又入レリテ水ニ撃レツ蛟ヲ。蛟或イハ浮キ或イハ没シ、行クコト数十里。
処即ち虎を刺殺し、又水に入りて蛟を撃つ。蛟或いは浮き或いは没し、行くこと数十里。
周処はすぐに虎を刺し殺し、さらに水に入って蛟を襲った。蛟は浮いたり沈んだりして、数十里ほど流れて行った。
処与レ之倶ニシ、経二タリ三日三夜一ヲ。郷里皆謂二ヒ已ニ死一セリト、更相慶ブ。
処之と倶にし、三日三夜を経たり。郷里皆已に死せりと謂ひ、更相慶ぶ。
周処はこれ(=蛟)とともに、三日三晩を過ごした。郷里の人々は皆、(周処は)すでに死んだと思い、互いに喜び合った。
竟ニ殺レシテ蛟ヲ而出デ、聞二キテ里人ノ相慶一ブヲ、始メテ知レリ為二リシヲ人情ノ所一レト患フル、有二リ自ラ改ムルノ意一。
竟に蛟を殺して出で、里人の相慶ぶを聞きて、始めて人情の患ふる所と為りしを知り、自ら改むるの意有り。
(周処は)とうとう蛟を殺して(水から)出て、郷里の人々が喜び合っているのを聞いて、初めて(自分が)人々の悩みの種とされていたことを知り、自ら(行いを)改めようという気持ちをもった。
及チ入レリ呉ニ尋二ヌ二陸一ヲ。
及ち呉に入り二陸を尋ぬ。
そこで呉に行き、陸氏の兄弟を訪ねた。
平原不レ在ラ、正ニ見二エ清河一ニ、具ニ以レテ情ヲ告ゲ、幷セテ云フ、
平原在らず、正に清河に見え、具に情を以て告げ、幷せて云ふ、
(兄の)平原(=陸機)は不在であり、ちょうど(在宅していた弟の)清河(=陸雲)に会い、詳しく事情を告げて、あわせて言った、
「欲二スルモ自ラ修改一セント、而年已ニ蹉跎タリ、終ニ無レカラント所レ成ス。」
「自ら修改せんと欲するも、年已に蹉跎たり、終に成す所無からん。」と。
「自分で行いを改めたいと望んでいますが、年齢もすでに時機を失っており、結局できないのではないかと思います。」と。
清河曰ハク、「古人貴二ブ朝ニ聞キテ夕ニ死一スルヲ。況ンヤ君ノ前途尚ホ可ナルヲヤ。
清河曰はく、「古人朝に聞きて夕に死するを貴ぶ。況んや君の前途尚ほ可なるをや。
※「況ンヤCヲ乎」=抑揚、「況(いは)んやCをや」→「ましてCの場合はなおさら(B)だ。」
清河が言うことには、「昔の人(=孔子)は朝に(道を)開いて夕べに死ぬことを尊んでいる。ましてあなたの前途にはなおさら可能性があります。
※意訳:「朝に真理を聞いたならば、その日の夕方に死んでも(≒短命であっても)かまわない。」と孔子が言っているのだから、行いを改めるのに年齢など関係ない。まして長く生きる将来のあるあなたなら大丈夫だ。
且ツ人ハ患二フ志之不一レルヲ立タ、亦何ゾ憂二ヘン令名ノ不一レルヲ彰レ邪ト。」
且つ人は志の立たざるを患ふ、亦何ぞ令名の彰れざるを憂へんや。」と。
また、人は志が立たないことを悩むのであり、どうしてよい評判が(世間に)あらわれないのを心配する必要がありましょうか。(いや、志を立てたあなたにはそのような必要はありません。)」と。
処遂ニ自ラ改励シ、終ニ為二ル忠臣孝子一ト。
処遂に自ら改励し、終に忠臣孝子と為る。
周処はこうして自分で(行いを)改めることに励み、とうとう忠臣孝子(=忠実な臣下であり、親孝行な子)となった。