青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
項王自ラ度レリ不レルヲ得レ脱スルコトヲ、謂二ヒテ其ノ騎一ニ曰ハク、
項王自ら脱することを得ざるを度り、其の騎に謂ひて曰はく、
項王は脱出することはできないと判断し、自軍の騎兵に向かって言うことには、
「吾起レコシテヨリ兵ヲ至レルマデ今ニ、八歳ナリ矣。
「吾兵を起こしてより今に至るまで、八歳なり。
※矣=置き字(断定・強調)
「私が兵を挙げてから今に至るまで、八年になる。
身ヅカラ七十余戦シ、所レノ当タル者ハ破リ、所レノ撃ツ者ハ服シ、未二ダ嘗テ敗北一セ、遂ニ覇-二有セリ天下一ヲ。
身づから七十余戦し、当たる所の者は破り、撃つ所の者は服し、未だ嘗て敗北せず、遂に天下を覇有せり。
自らも七十余り戦い、当たる敵は破り、攻撃した相手は服従し、いまだかつて敗北したことはなく、そうして遂には天下を制覇した。
然レドモ今卒ニ困二シム於此一ニ。此レ天之亡レボスニシテ我ヲ、非二ザル戦ヒ之罪一ニ也。
然れども今卒に此に困しむ。此れ天の我を亡ぼすにして、戦ひの罪に非ざるなり。
※於=置き字(場所)
しかし今、最終的にはここで苦戦している。これは天が私を滅ぼすのであって、戦い方に非があるのではない。
今日固ヨリ決レス死ヲ。
今日固より死を決す。
今日は初めから死を覚悟している。
願ハクハ為二ニ諸君一ノ快戦シ、必ズ三タビ勝レタン之ニ。
願はくは諸君の為に快戦し、必ず三たび之に勝たん。
願わくば諸君のために快く戰い、必ず三回敵に勝ちたい。
為二ニ諸君一ノ潰レヤシ囲ミヲ、斬レリ将ヲ刈レリ旗ヲ、令四メン諸君ヲシテ知三ラ天ノ亡レボスニシテ我ヲ、非二ザルコトヲ戦ヒ之罪一ニ也ト。」
諸君の為に囲みを潰やし、将を斬り旗を刈り、諸君をして天の我を亡ぼすにして、戦ひの罪に非ざることを知らしめん。」と。
※令=使役「令二ムAヲシテB一(セ)」→「AをしてB(せ)しむ」→「AにBさせる」
諸君のために敵の囲みを、敵将を斬り、旗をなぎ倒し、諸君に天が私を滅ぼすのであって、戦い方に非があるのではないことを示そう。」
乃チ分二カチテ其ノ騎一ヲ、以テ為二シ四隊一ト、四ニ嚮カハシム。漢軍囲レムコト之ヲ数重ナリ。
乃ち其の騎を分かちて、以て四隊と為し、四に嚮かはしむ。漢軍は之を囲むこと数重なり。
※使役=「~(セ)シム。」→「~させる。」 文脈から判断して使役の意味でとらえることがある。
そこで自軍の騎兵を分けて、四つの隊とし、四方に向かわせた。漢軍はこれを何重にも取り囲んだ。
項王謂二ヒテ其ノ騎一ニ曰ハク、「吾為レニ公ノ取二リ彼ノ一将一ヲ、
項王其の騎に謂ひて曰はく、「吾公の為に彼の一将を取り、
項王が自軍の騎兵に向かって言うことには、「私は君たちのために、あの敵将を一人討ち取り、
令二メ四面ノ騎ヲシテ馳セ下一ラ、期三スト山東ニ為二ランコトヲ三処一ト。」
四面の騎をして馳せ下らしめ、山東に三処と為らんことを期す。」と。
※令=使役「令二ムAヲシテB一(セ)」→「AをしてB(せ)しむ」→「AにBさせる」
四方に向かっている騎兵に命じて馬を走らせて下らせ、山の東側に三か所に分かれて集まることを約束しよう。
於レイテ是ニ、項王大イニ呼ビテ馳セ下ル。漢軍皆披靡ス。遂ニ斬二ル漢ノ一将一ヲ。
是に於いて、項王大いに呼びて馳せ下る。漢軍皆披靡す。遂に漢の一将を斬る。
※「於レイテ是ニ」=そこで。こうして。
こうして、項王は大声で叫んで馬を走らせて下った。漢軍は皆(その気迫に)なびいた。とうとう項王は漢の敵将の一人を斬った。
是ノ時、赤泉侯為二リ騎将一ト、追二フ項王一ヲ。項王瞋レラシテ目ヲ而叱レス之ヲ。
是の時、赤泉侯騎将と為り、項王を追ふ。項王目を瞋らして之を叱す。
※而=置き字(順接・逆接)
この時、赤泉侯は(漢軍の)騎将となっており、項王を追いかけた。項王は目を大きく見ひらいて赤泉侯をどなりつけた。
赤泉侯、人馬倶ニ驚キ、辟易スルコト数里ナリ。与二其ノ騎一会シテ為二ル三処一ト。
赤泉侯、人馬俱に驚き、辟易すること数里なり。其の騎と会して三処と為る。
赤泉侯は、人と馬も共に驚き、数里も避け退いた。(項王は)自軍の騎兵と合流して三か所に分かれた。
漢軍不レ知二ラ項王ノ所一レヲ在ル。乃チ分レカチテ軍ヲ為レシ三ト、復タ囲レム之ヲ。
漢軍項王の在る所を知らず。乃ち軍を分かちて三と為し、復た之を囲む。
(そのため、)漢軍は項王の居場所が分からない。そこで軍を三つに分け、再び項王の軍を取り囲んだ。
項王乃チ馳セ、復タ斬二リ漢ノ一都尉一ヲ、殺二ス数十百人一ヲ。
項王乃ち馳せ、復た漢の一都尉を斬り、数十百人を殺す。
そこで項王は馬を走らせ、再び漢の一都尉を斬り、数十人から百人ほどを殺した
復タ聚二ムルニ其ノ騎一ヲ、亡二ヘル其ノ両騎一ヲ耳。
復た其の騎を聚むるに、其の両騎を亡へるのみ。
※「~ 耳」=限定「~ のみ」「~ だけだ」
(項王は)再び自軍の騎兵を集めたところ、自軍の二騎を失っただけであった。
乃チ謂二ヒテ其ノ騎一ニ曰ハク、「何-如ト。」
乃ち其の騎に謂いて曰はく、「何如。」と。
※何如=疑問・反語、「何如」、「~はどうであるか。」
そこで(項王が)自分の騎兵に向かって言うことには、「(私の戦いぶりは)どうであるか。」と。
騎皆伏シテ曰ハク、「如二シト大王ノ言一ノ。」
騎皆伏して曰はく、「大王の言のごとし。」と。
騎兵たちが皆敬服して言うことには、「大王のお言葉の通りです。」と。
続きはこちら項王の最期(4)『我何面目見之』原文・書き下し文・現代語訳「是に於いて項王乃ち東して烏江を渡らんと欲す。~」