青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
作者:頼山陽
概要:上杉謙信は背水の陣を敷き、策をめぐらして武田信玄の軍の攻撃を誘うが、謙信の策を見抜いた信玄に諸将は感服した。
八月、謙信復タ出二デ河中一ニ、使三メ村上義清等ヲシテ営二セ旧ノ戦処一ニ、
八月、謙信復た河中に出で、村上義清等をして旧の戦処に営せしめ、
※使=使役「使二ムAヲシテB一(セ)」→「AをしてB(せ)しむ」→「AにBさせる」
八月、上杉謙信は再び川中島に出て、村上義清たちに過去の戦場に陣を張らせ、
而シテ自ラ進ミテ過レギ河ヲ、背レニシテ水ヲ陣ス。
而して自ら進みて河を過ぎ、水を背にして陣す。
※而(しか)して=順接、そして。
そして自ら進んで川を渡り、水を背にして陣を敷いた。
信玄知三リ其ノ志在二ルヲ必死一ニ、不二敢ヘテ出デテ戦一ハ。
信玄其の志必死に在るを知り、敢へて出でて戦はず。
※「不二敢ヘテ ~一(せ)」=「しいて(無理に) ~しようとはしない。/ ~するようなことはしない」
信玄はその志が決死の覚悟であることを知り、しいて(自分の方から)出て戦おうとはしなかった。
其ノ候騎報ジテ曰ハク、「北軍積レムコト薪ヲ如レシト山ノ。」
其の候騎報じて曰はく、「北軍薪を積むこと山のごとし。」と。
信玄側の偵察の騎兵が報告して言うことには、「北軍は薪を山のように積んでおります。」と。
※北軍=上杉謙信の軍
信玄令二シテ諸将一ニ曰ハク、「敵中夜有二ルモ火ノ挙一ガル、慎ミテ勿二カレ進撃一スル。進撃スル者ハ族セント。」
信玄諸将に令して曰はく、「敵中夜火の挙がる有るも、慎みて進撃する勿かれ。進撃する者は族せん。」と。
※「勿二カレ ~ 一スル(コト)」=禁止、「 ~してはならない」
(そこで)信玄が諸将に命令して言うことには、「敵の陣中で夜に火があがっても、慎重を期して、進撃してはならない。進撃する者は一族を処刑する
及レビ暮ニ、候騎又報ジテ曰ハク、「北軍掃レヒ営ヲ、荷担シテ将レニ/ト去ラント。」
暮に及び、候騎又報じて曰はく、「北軍営を掃ひ、荷担して将に去らんとす。」と。
※「将二ニ/ ~一(セ)ント」=再読文字、「将(まさ)に ~(せ)んとす」、「~しようとする・~するつもりだ」
夕方になり、偵察の騎兵が再び報告して言うことには、「北軍は陣営を引き払い、荷物をかついで立ち去ろうとしております。」と。
諸将争ヒテ請二フ追撃一セント。
諸将争ひて追撃せんと請ふ。
諸将は争って追撃しようと願い出た。
信玄曰ハク、「謙信豈ニ迫レリテ暮ニ掃レフ営ヲ者ナランヤ。撃レタバ之ヲ必ズ敗レント。」
信玄曰はく、「謙信豈に暮に迫りて営を掃ふ者ならんや。之を撃たば必ず敗れん。」と。
※「豈ニ ~ (セ)ンや(哉・乎・耶)」=反語、「豈に ~ (せ)んや」、「どうして ~ だろうか。(いや、~ない。)」
信玄が言うことには、「謙信はどうして夕暮れになって陣営を引き払う者であろうか。(いや、そのような者ではない。)(この機に乗じて)これを追撃すれば必ず敗北するだろう。」と。
其ノ夜、北軍ニ火起コル。甲斐ノ軍不レ動カ。
其の夜、北軍に火起こる。甲斐の軍動かず。
その夜、北軍に火があがった。甲斐の軍は動かなかった。
※甲斐の軍=武田信玄の軍
天明、望-二見スレバ北軍一ヲ、疏二シ行首一ヲ、厳レニシテ陣ヲ而待ツ。
天明、北軍を望見すれば、行首を疏し、陣を厳にして待つ。
※而=置き字(順接・逆接)
明け方、北軍の様子を遠くから見ると、自軍が進撃できる道を開け、陣を固めて待ち構えていた。
諸将乃チ服二ス信玄一ニ。
諸将乃ち信玄に服す。
諸将はそこで信玄に感服した。