青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
高祖ハ、沛ノ豊邑ノ中陽里ノ人ナリ。
高祖は、沛の豊邑の中陽里の人なり。
高祖は、沛県の豊邑の中陽里の人である。
姓ハ劉氏、字ハ季。父ハ曰二ヒ太公一ト、母ハ曰二フ劉媼一ト。
姓は劉氏、字は季。父は太公と曰ひ、母は劉媼と曰ふ。
姓は劉氏、字は季。父は太公といい、母は劉媼といった。
其ノ先、劉媼嘗テ息二ヒ大沢之陂一ニ、夢ニ与レ神遇フ。
其の先、劉媼嘗て大沢の陂に息ひ、夢に神と遇ふ。
その昔、劉媼がかつて大きな沢の堤で休息し(て眠ってしまい)、夢の中で神と出会った。
是ノ時、雷電シテ晦冥ナリ。
是の時、雷電して晦冥なり。
この時、雷が鳴って稲妻が光り、(辺りは)真っ暗になった。
太公往キテ視レバ、則チ見二ル蛟竜ヲ於其ノ上一ニ。
太公往きて視れば、則ち蛟竜を其の上に見る。
※於=置き字(対象・目的)
太公が行って見ると、蛟竜が劉媼の上にいるのが見えた。
已ニシテ而有レリ身ル。遂ニ産二ム高祖一ヲ。
已にして身る有り。遂に高祖を産む。
※而=置き字(順接・逆接)
やがて(劉媼は)身ごもった。こうして高祖を産んだ。
高祖為レリ人ト、隆準ニシテ而竜顔、美二シク須髯一、左ノ股ニ有二リ七十二ノ黒子一。
高祖人と為り、隆準にして竜顔、須髯美しく、左の股に七十二の黒子有り。
高祖の人柄は、鼻すじが高くて竜のような顔立ちで、あごひげとほおひげが美しく、左の股に七十二のほくろがあった。
仁ニシテ而愛レシ人ヲ喜レミ施シヲ、意豁如タリ也。
仁にして人を愛し施しを喜み、意豁如たり。
思いやりの心があって人を愛し、施しをすることを好み、心が広く大きかった。
常ニ有二リ大度一。不レ事二トセ家人ノ生産作業一ヲ。
常に大度有り。家人の生産作業を事とせず。
常に大きな度量をもっていた。家族が行う生産作業には従事しなかった。
及レビ壮ニ、試ミラレテ為レリ吏ト、為二ル泗水ノ亭長一ト。
壮に及び、試みられて吏と為り、泗水の亭長と為る。
三十歳になって、試しに採用されて役人になり、泗水の亭長となった。
廷中ノ吏ヲ、無レシ所レ不二ル狎侮一セ。
廷中の吏を、狎侮せざる所無し。
※「無レシ所レ不二ル ~一(セ)」=二重否定(強い肯定)、「 ~(せ)ざる所無し」、「~しないことはない」
役所の役人で、(高祖が)軽んじて侮らない者はいなかった。
※高祖は役所の役人たち全員を軽んじ侮っていた。
好二ミ酒及ビ色一ヲ、常ニ従二ヒテ王媼・武負一ニ、貰レス酒ヲ。
酒及び色を好み、常に王媼・武負に従ひて、酒を貰す。
酒と女性を好み、いつも王ばあさんや武ばあさんの店で、酒をつけで買った。
酔ヒテ臥スニ、武負・王媼、見二テ其ノ上ニ常ニ有一レルヲ竜、怪レシム之ヲ。
酔ひて臥すに、武負・王媼、其の上に常に竜有るを見て、之を怪しむ。
(高祖が)酔って横になると、武ばあさんや王ばあさんは、その上に常に竜の姿があるのを見て、不思議に思った。
高祖毎二ニ酤ヒテ留マリ飲一ム、酒ノ讎ルルコト数倍ス。
高祖酤ひて留まり飲む毎に、酒の讎るること数倍す。
高祖が酒を買って(店に)とどまって飲むごとに、酒の売り上げは数倍になった。
及レビ見レルニ怪ヲ、歳ノ竟ハリニ、此ノ両家常ニ折レリ券ヲ弃レツ責ヲ。
怪を見るに及び、歳の竟はりに、此の両家常に券を折り責を弃つ。
(この)不思議な現象を見てからは、年の終わりに、この両方の店はいつも借用書を破って借金の取り立てをやめた。
高祖常テ繇二ス咸陽一ニ。縦観シテ、観二ル秦ノ皇帝一ヲ。
高祖常て咸陽に繇す。縦観して、秦の皇帝を観る。
高祖はかつて咸陽で労役に従事した。(そこで皇帝の行列を)自由に見物していて、秦の始皇帝を見た。
喟然トシテ太息シテ曰ハク、「嗟乎、大丈夫当レニ/キ如レクナル此クノ也ト。」
喟然として太息して曰はく、「嗟乎、大丈夫当に此くのごとくなるべきなり。」と。
※「当二ニ/シ ~一(ス)」=再読文字、「当に ~(す)べし」、「~すべきである・きっと~のはずだ」
大きくため息をついて言うことには、「ああ、一人前の男はこのようであるべきだ。」と。
続きはこちら劉邦『大風起こりて雲飛揚す』原文・書き下し文・現代語訳