青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
江南の橘江北の枳と為る=江南の土地では橘であるものが、江北に植えると枳となる。人は住む場所の環境によって性質が変化することの例え。
橘と枳は見た目が似ているが、橘は食べられるのに対して枳は苦くて食べられず、枝には鋭いトゲが付いている。
晏子将レニ/使レヒセント荊ニ。
晏子将に荊に使ひせんとす。
※「将二ニ/ ~一(セ)ント」=再読文字、「将(まさ)に ~(せ)んとす」、「~しようとする・~するつもりだ」
晏子が荊に使者として行こうとしていた。
荊王聞レキテ之ヲ、謂二ヒテ左右一ニ曰ハク、
荊王之を聞きて、左右に謂ひて曰はく、
荊王はこのことを聞いて、側近の家来に向かって言うことには、
「晏子ハ賢人也。今方ニ来タラントス。欲レス辱レメント之ヲ。何ヲ以テセン也ト。」
「晏子は賢人なり。今方に来たらんとす。之を辱めんと欲す。何を以てせんや。」と。
※「 ~歟[邪・乎・也・哉・耶・与]」=疑問、「 ~か(や)」、「 ~か」
「晏子は賢人である。今ちょうど荊に来ようとしている。彼に恥をかかせてやりたいと思う。どうしたらいいだろうか。」と。
左右対ヘテ曰ハク、「為シ其レ来タラバ也、臣請フ縛二シ一人一ヲ、過レギテ王ヲ而行カント。」
左右対へて曰はく、「為し其れ来たらば、臣請ふ一人を縛し、王を過ぎて行かん。」と。
※也=置き字
※臣=私
※「請フ ~」=願望、「どうか ~ させてください、どうか ~ してください」
※而=置き字(順接・逆接)
側近が答えて言うことには、「もし晏子がやって来たら、どうか私に一人(の男)を捕縛し、王の前を通り過ぎさせてください。」と。
於レイテ是ニ荊王与二晏子一立チテ語ル。
是に於いて荊王晏子と立ちて語る。
※「於レイテ是ニ」=そこで。こうして。
こうして(その日がやってきて、)荊王は晏子と立ち話をしていた。
有下リ縛二シ一人一ヲ、過レギテ王ヲ而行上クモノ。
一人を縛し、王を過ぎて行くもの有り。
一人を縄で縛り、王の前を通り過ぎて行く者がいた。
王曰ハク、「何為ル者ゾ也ト。」
王曰はく、「何為る者ぞ。」と。
※也=置き字(断定)
(そこで)王は、「(その縛られている者は)何者か。」と言った。
対ヘテ曰ハク、「斉人也ト。」
対へて曰はく、「斉人なり。」と。
(側近は)答えて、「斉の国の者です。」と言った。
王曰ハク、「何ニカ坐セルト。」
王曰はく、「何にか坐せる。」と。
王は、「何の罪に問われたのか。」と言った。
曰ハク、「坐レセリト盗ニ。」
曰はく、「盗に坐せり。」と。
(側近は、)「盗みの罪に問われております。」と言った。
王曰ハク、「斉人固ヨリ盗スル乎ト。」
王曰はく、「斉人固より盗するか。」と。
※「 ~歟[邪・乎・也・哉・耶・与]」=疑問、「 ~か(や)」、「 ~か」
王は、「斉の国の者はもともと盗みをする(ような性格の奴らばかりな)のか。」と言った。
晏子反-二顧シテ之一ヲ曰ハク、
晏子之を反顧して曰はく、
晏子が後ろを振り返って見て言うことには、
「江南ニ有レリ橘、斉王使二メテ人ヲシテ取一レラ之ヲ、而樹二ウルニ之ヲ於江北一ニ、生ジテ不レシテ為レラ橘ト、乃チ為レル枳ト。
「江南に橘有り、斉王人をして之を取らしめて、之を江北に樹うるに、生じて橘と為らずして、乃ち枳と為る。
※使=使役「使二ムAヲシテB一(セ)」→「AをしてB(せ)しむ」→「AにBさせる」
※於=置き字(場所)
※乃ち=なんと、意外にも。「そこで」という意味でつかわれることが多い。
「江南に橘の木があり、斉王が人にこの橘を取らせて、これを江北に植えると、成長して橘の木とならずに、なんと枳の木となりました。
所-二以然一ル者何ゾ。
然る所以は何ぞ。
そのようになった理由は何でしょう。
其ノ土地使二ムル之ヲシテ然一ラ也。
其の土地之をして然らしむるなり。
※使=使役「使二ムAヲシテB一(セ)」→「AをしてB(せ)しむ」→「AにBさせる」
その土地が橘にそうさせたのです。
今斉人居レリテハ斉ニ不レ盗セ、来二タセバ之ヲ荊一ニ而盗ス。
今斉人斉に居りては盗せず、之を荊に来たせば盗す。
(もし)今、斉の国の者が斉にいれば盗みはしませんが、その者を荊に連れて来させると盗みをします。
得レン無三キヲ土地ノ使二ムル之ヲシテ然一ラ乎ト。」
土地の之をして然らしむる無きを得んや。」と。
※「 ~歟[邪・乎・也・哉・耶・与]」=疑問、「 ~か(や)」、「 ~か」
(荊の)土地が彼にそうさせたのではないと言えましょうか。(いや、言えません。)」と。
荊王曰ハク、「吾欲レシテ傷レナハント子ヲ而反ツテ自ラ中ツト也。」
荊王曰はく、「吾子を傷なはんと欲して反つて自ら中つ。」と。
※子=あなた
※也=置き字(断定)
荊王は、「私はあなた(の名誉)を傷つけようとして、逆に自分が同じ目にあってしまった。」と言った。