「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
すさまじきもの。昼ほゆる犬。春の網代。三、四月の紅梅の衣。牛死に たる牛飼ひ。
吠ゆる=ヤ行下二段動詞「吠ゆ」の連体形
すさまじき=シク活用の形容詞「すさまじ」の連体形、その場にそぐわず面白くない、興ざめだ。もの寂しい、寒々とした感じだ。
網代(あじろ)=名詞、竹や木などを編んで作られた川で魚を捕るための仕掛け。
死に=ナ変動詞「死ぬ」の連用形。ナ行変格活用の動詞は「死ぬ・往(い)ぬ・去(い)ぬ」
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
興ざめなもの。昼間に吠える犬。春の網代。三、四月の紅梅襲の衣。牛が死んでしまった牛飼い。
児亡くなりたる産屋。人おこさぬ炭櫃、地火炉。博士のうち続き女子産ませ たる。
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形。もう一つの「たる」も同じ。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
炭櫃(すびつ)=名詞、角火鉢、炉(ろ)
せ=使役の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。
赤ん坊が死んでしまった産屋。火をおこしていない角火鉢や、いろり。博士(=跡継ぎが男に限られている教官)が連続して女の子を産ませた場合。
方違へに行きたるに、あるじせ ぬ所。まいて節分などはいとすさまじ。
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
あるじせ=サ変動詞「あるじす」の未然形、客をもてなしてごちそうする、客を招いてもてなす。「名詞+す(サ変動詞)」で一つのサ変動詞になるものがいくらかある。例:「音す」、「愛す」、「ご覧ず」
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
すさまじ=シク活用の形容詞「すさまじ」の終止形、その場にそぐわず面白くない、興ざめだ。もの寂しい、寒々とした感じだ。
方違えに行ったのに、もてなしをしない所。まして節分(の方違えなどの時に、もてなさないの)は、とても興ざめだ。
人の国より おこせ たる文の、物なき。
より=格助詞、(起点)~から、(手段・用法)~で、(経過点)~を通って、(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや
おこせ=サ行下二段動詞「遣す(おこす)」の連用形、こちらへ送ってくる、よこす
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
地方からよこした手紙で、贈り物を添えていないもの。
京のをもさ こそ思ふらめ。されどそれはゆかしきことどもをも、書き集め、
さ=副詞、そう、その通りに、そのように。
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
らめ=現在推量の助動詞「らむ」の已然形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。基本的に「らむ」は文末に来ると「現在推量・現在の原因推量」、文中に来ると「現在の伝聞・現在の婉曲」
ゆかしき=シク活用の形容詞「ゆかし」の連体形、心がひきつけられる、見たい、聞きたい、知りたい
京からの(手紙の場合)もそう思っているだろう。しかしそれは(地方の人が)知りたそうなことなどをも書き集め、
世にあることなどをも聞けば、いとよし。
ある=ラ変動詞「あり」の連体形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
世の中の出来事などをも知ることができるので、(京からの手紙の場合は)贈り物がなくてもすばらしいのだ。
人のもとにわざと 清げに書きて遣りつる文の、
わざと=副詞、わざわざ、格別に、特別に。正式に、本格的に特に、特別に
清げに=ナリ活用の形容動詞「清げなり」の連用形、さっぱりとして美しい、きちんとしている
遣り=ラ行四段動詞「遣る(やる)」の連用形、行かせる。送る、与える。(気分を)晴らす。
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
人のところに特別にきちんと書いて送った手紙で、
返り言今はもて来ぬ らむ かし、あやしう遅き、と待つほどに、
来(き)=カ変動詞「来(く)」の連用形
ぬ=強意の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる。
らむ=現在推量の助動詞「らむ」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。基本的に「らむ」は文末に来ると「現在推量・現在の原因推量」、文中に来ると「現在の伝聞・現在の婉曲」
かし=念押しの終助詞、文末に用いる、~よ。~ね。
あやしう=シク活用の形容詞「あやし」の連用形が音便化したもの、不思議だ、変だ。身分が低い、卑しい。見苦しい、みすぼらしい
きっと返事をもう持ってきているだろうよ、妙に遅いことだ、と待つうちに、
ありつる文、立て文をも結びたるをも、いと汚げに とりなし、
ありつる=連体詞、以前の、先程の。 「あり(ラ変動詞・連用形)/つる(完了の助動詞・連体形)」
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
汚げに=ナリ活用の形容動詞「汚げなり」の連用形
とりなし=サ行四段動詞「取り成す(とりなす)」の連用形、うまく取り繕う、調子を合わせる。手に取って変化させる。
先程の手紙を、それが(正式な)立て文でも(略式の)結び文にしろ、たいそう汚げに扱い、
ふくだめて、上に引きたり つる墨など消えて、
たり=存続の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
消え=ヤ行下二段動詞「消ゆ」の連用形。
けばだたせ、(封の印である)上に引いていた墨なども消えて、
「おはしまさ ざり けり。」もしは、「御物忌みとて取り入れず。」
おはしまさ=サ行四段動詞「おはします」の未然形。「あり・居り・行く・来」の尊敬語。「おはす」より敬意が高い。いらっしゃる、おられる、あおりになる。
ざり=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
「いらっしゃいませんでした。」もしくは、「御物忌みだと言って受け取らない。」
と言ひて持て帰りたる、いとわびしく、すさまじ。
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
わびしく=シク活用の形容詞「わびし」の連用形、つらい、苦しい、情けない、困ったことだ
すさまじ=シク活用の形容詞「すさまじ」の終止形、その場にそぐわず面白くない、興ざめだ。もの寂しい、寒々とした感じだ。
と言って持ち帰ったのは、とても情けなく興ざめである。