「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
除目に司得 ぬ人の家。今年は必ずと聞きて、はやうあり し者どもの、ほかほかなり つる、
得(え)=ア行下二段動詞「得(う)」の未然形。ア行下二段活用の動詞は「得(う)」・「心得(こころう)」・「所得(ところう)」の3つしかないと思ってよいので、大学受験に向けて覚えておくとよい。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
あり=ラ変動詞「あり」の連用形
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
ほかほかなり=ナリ活用の形容動詞「外々なり(ほかほかなり)」の連用形、離れ離れだ、別々だ
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
除目(=官吏任命の儀式)に官職を得られなかった人の家(は興ざめである)。今年は必ず(任官される)と聞いて、以前に仕えていた者たちで、離れ離れになっていた者たちや、
田舎だちたる所に住む者どもなど、皆集まり来て、出で入る車の轅も隙なく見え、
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
来(き)=カ変動詞「来(く)」の連用形
隙なく=ク活用の形容詞「隙なし(ひまなし)」の連用形、絶え間ない、頻繁だ
田舎じみた所に住む者たちが、みな集まってきて、出入りする牛車の轅も絶え間なく見え、
もの詣でする供に、我も我もと参り つかうまつり、物食ひ酒飲み、ののしり合へ るに、
する=サ変動詞「す」の連体形、する。
参り=ラ行四段動詞「参る」の連用形、「行く」の謙譲語。
つかまつり=補助動詞ラ行四段「仕うまつる」の連用形、謙譲語。
ののしり合へ=ハ行四段動詞「罵り合ふ」の已然形、大声で騒ぎあう、みんなで大騒ぎする。
罵る(ののしる)=ラ行四段動詞、大声で騒ぐ、大騒ぎする。
合ふ=補助動詞ハ行四段、みんな…する、・・・しあう。
る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
(主人が任官祈願のために)寺社に参拝するお供に、我も我もと参上し、物を食い酒を飲んで、騒ぎ合っていたが、
果つる暁まで門たたく音もせ ず、あやしうなど、耳立てて聞けば、
果つる=タ行下二段動詞「果つ」の連体形、終わる、終わりになる
せ=サ変動詞「す」の未然形、する。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
あやしう=シク活用の形容詞「あやし」の連用形が音便化したもの、不思議だ、変だ。身分が低い、卑しい。見苦しい、みすぼらしい。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
(任官式の)終わる明け方まで門をたたく音もせず、妙だなと耳をすまして聞くと、
先追ふ声々などして上達部など皆出で給ひぬ。
上達部(かんだちめ・かんだちべ)=公卿、大臣などで三位以上の人
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形
(貴人の通行のための)先払いする声などがして、(任官式を終えた)上達部たちはみな退出なさってしまった。
もの聞きに、宵より寒がりわななき をり ける下衆男、
宵(よい)=名詞、夜に入って間もないころ
より=格助詞、(起点)~から、(手段・用法)~で、(経過点)~を通って、(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや
わななき=カ行四段動詞「わななく」の連用形、震える
をり=補助動詞ラ変「居り(をり)」の連体形。動作・状態の存続を表す、「~ている」
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
下衆(げす)=名詞、身分の低い者
様子を聞きに、宵から(出かけて)寒がり震えていた使用人の男が、
いともの憂げに歩み来るを見る者どもは、え問ひだにも問はず、
もの憂げに=ナリ活用の形容動詞「もの憂げなり」の連用形、なんとなく憂鬱そうである、つらそうだ。「もの」は接頭語であり、「なんとなく」といった意味がある。
来る(くる)=カ変動詞「来(く)」の連体形
え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない」
だに=副助詞、類推(~さえ・~のようなものでさえ)。強調(せめて~だけでも)。添加(~までも)。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
ひどく憂鬱そうに歩いてくるのを見る者たちは、尋ねることさえもできず、
外より来たる者などぞ、「殿は何にか なら せ 給ひ たる。」など問ふに、
来たる=ラ行四段動詞「来たる(きたる)」の連体形
ぞ=強調の係助詞。結びは連体形となるが、係り結びの消滅が起こっている。本来の結びは「問ふ」の部分であるが、接続助詞「に」が来ているため、結びの部分が消滅してしまっている。これを「係り結びの消滅(流れ)」と言う。「問ふ」は連体形だが、これは「に」を受けてのものである。
か=疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
なら=ラ行四段動詞「成る」の未然形
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっている。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連用形、尊敬語
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形。係助詞「か」を受けて連体形となっている。係り結び。
よそから来ている者などが、「ご主人は何におなりになりましたか。」などと尋ねると、
いらへには「何の前司に こそ は。」などぞ、必ずいらふる。
いらへ=名詞、返事、返答。
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となるが、直後に「あれ(ラ変動詞・已然形)」、「侍れ(ラ変動詞・丁寧語・已然形)」などが省略されている。係り結びの省略。
※今回のように係助詞の前に「に(断定の助動詞)」がついている時は「あり(ラ変動詞)」などが省略されている。場合によって敬語になったり、助動詞がついたりする。
「にや・にか」だと、「ある・侍る(「あり」の丁寧語)・あらむ・ありけむ」など
「にこそ」だと、「あれ・侍れ・あらめ・ありけめ」など
は=強調の係助詞。強調する意味があるが、訳す際に無視しても構わない。
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
いらふる=ハ行下二段動詞「答ふ/応ふ(いらふ)」の連体形、答える、返事をする
返事には「どこそこの国の前の国司です。」などと、必ず答える。
まことに頼み ける者は、いと嘆かしと思へり。
頼み=マ行四段動詞「頼む(たのむ)」の連用形。頼みに思う、あてにする。
※四段活用と下二段活用の両方になる動詞があり、下二段になると「使役」の意味が加わり、「頼みに思わせる、あてにさせる」といった意味になる。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
り=存続の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
本当に(主人の任官を)あてにしていた者は、たいそう嘆かわしいと思っている。
つとめてになりて、ひまなく をり つる者ども、一人二人すべり出でて去ぬ。
つとめて=名詞、早朝、朝早く。翌朝。
ひまなく=ク活用の形容詞「隙なし(ひまなし)」、絶え間ない、頻繁だ
をり=ラ変動詞「居り(をり)」の連用形
つる=過去の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
去ぬ=ナ変動詞「去ぬ(いぬ)」の終止形。ナ行変格活用の動詞は「死ぬ・往(い)ぬ・去(い)ぬ」
早朝になり、すき間なくいた者たちは、一人二人とこっそり抜け出して帰って行く。
古き者どもの、さも え行き離るまじきは、来年の国々、手を折りてうち数へなどして、
さ=副詞、そう、その通りに、そのように。
も=強調の係助詞
え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない」
まじき=打消推量の助動詞「まじ」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)
し=サ変動詞「す」の連用形、する。
古くから仕えている者たちで、そのように離れて行くことができそうもない者たちは、来年(国司が交代する予定)の国々を、指を折って数えたりなどして、
揺るぎありき たるも、いとをかしう すさまじげなる。
揺るぎありき=カ行四段動詞「揺るぎ歩く」の連用形、体をゆすって歩き回る。
歩く(ありく)=カ行四段動詞、歩き回る、うろつく。動き回る。
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
をかしう=シク活用の形容詞「をかし」の連用形が音便化したもの。趣深い、趣がある、風情がある。素晴らしい。かわいらしい。こっけいだ、おかしい。カ行四段動詞「招(を)く」が形容詞化したもので「招き寄せたい」という意味が元になっている。
すさまじげなる=ナリ活用の形容動詞「すさまじげなり」の連体形、その場にそぐわず面白くない様子、興ざめだ。もの寂しい感じだ、寒々とした感じだ。
体を揺すって歩き回っているのも、とても滑稽で興ざめな感じである。