「黒=原文」・「青=現代語訳」
解説・品詞分解はこちら枕草子『すさまじきもの』解説・品詞分解(1)
すさまじきもの。昼ほゆる犬。春の網代。三、四月の紅梅の衣。牛死にたる牛飼ひ。
興ざめなもの。昼間に吠える犬。春の網代。三、四月の紅梅襲の衣。牛が死んでしまった牛飼い。
児亡くなりたる産屋。人おこさぬ炭櫃、地火炉。博士のうち続き女子産ませたる。
赤ん坊が死んでしまった産屋。火をおこしていない角火鉢や、いろり。博士(=跡継ぎが男に限られている教官)が連続して女の子を産ませた場合。
方違へに行きたるに、あるじせぬ所。まいて節分などはいとすさまじ。
方違えに行ったのに、もてなしをしない所。まして節分(の方違えなどの時に、もてなさないの)は、とても興ざめだ。
人の国よりおこせたる文の、物なき。
地方からよこした手紙で、贈り物を添えていないもの。
京のをもさこそ思ふらめ。されどそれはゆかしきことどもをも、書き集め、
京からの(手紙の場合)もそう思っているだろう。しかしそれは(地方の人が)知りたそうなことなどをも書き集め、
世にあることなどをも聞けば、いとよし。
世の中の出来事などをも知ることができるので、(京からの手紙の場合は)贈り物がなくてもすばらしいのだ。
人のもとにわざと清げに書きて遣りつる文の、
人のところに特別にきちんと書いて送った手紙で、
返り言今はもて来ぬらむかし、あやしう遅き、と待つほどに、
きっと返事をもう持ってきているだろうよ、妙に遅いことだ、と待つうちに、
ありつる文、立て文をも結びたるをも、いと汚げにとりなし、
先程の手紙を、それが(正式な)立て文でも(略式の)結び文にしろ、たいそう汚げに扱い、
ふくだめて、上に引きたりつる墨など消えて、
けばだたせ、(封の印である)上に引いていた墨なども消えて、
「おはしまさざりけり。」もしは、「御物忌みとて取り入れず。」
「いらっしゃいませんでした。」もしくは、「御物忌みだと言って受け取らない。」
と言ひて持て帰りたる、いとわびしく、すさまじ。
と言って持ち帰ったのは、とても情けなく興ざめである。
(2)
験者の、物の怪調ずとて、いみじうしたり顔に、独鈷や数珠など持たせ、
修験者が物の怪を調伏すると言って、たいそう得意顔で独鈷や数珠などを(よりましに)持たせ、
※よりまし=物の怪などが取りつくためのよりしろになる役のこと。ここでは護法童子のこと。
蝉の声しぼり出だして読み居たれど、
蝉のような声をしぼり出して(お経を)読んでいたが、
いささかさりげもなく、護法もつかねば、
少しも(物の怪が)退散しそうな気配もなく、護法童子も(よりましに)つかないので、
集り居念じたるに、男も女もあやしと思ふに、時のかはるまで読み困じて、
(家の者たちが)集まり座ってお祈りしていたが、男も女も妙だなと思っていると、(修験者は)時が変わるまで読み疲れて、
「さらにつかず。立ちね」とて、数珠取り返して、
「まったく(護法童子がよりましに)つかない。立ちなさい。」と言って、数珠を取り返して、
「あな、いと験なしや」とうち言ひて、額より上ざまにさくり上げ、あくびおのれよりうちして、寄り臥しぬる。
「ああ、まったく効き目がない」とつぶやいて、額から上の方に髪をかき上げ、(こともあろうに)あくびを自分から先にして、寄りかかって寝てしまったこと(は興ざめだ)。
いみじうねぶたしと思ふに、いとしもおぼえぬ人の、
ひどく眠たいと思っている時に、それほどにも思っていない人が、
押し起こして、せめてもの言ふこそ、いみじうすさまじけれ。
揺り起こして、無理矢理に話しかけてくるのは、非常に興ざめだ。
(3)
除目に司得ぬ人の家。今年は必ずと聞きて、はやうありし者どもの、ほかほかなりつる、
除目(=官吏任命の儀式)に官職を得られなかった人の家(は興ざめである)。今年は必ず(任官される)と聞いて、以前に仕えていた者たちで、離れ離れになっていた者たちや、
田舎だちたる所に住む者どもなど、皆集まり来て、出で入る車の轅も隙なく見え、
田舎じみた所に住む者たちが、みな集まってきて、出入りする牛車の轅も絶え間なく見え、
もの詣でする供に、我も我もと参りつかうまつり、物食ひ酒飲み、ののしり合へるに、
(主人が任官祈願のために)寺社に参拝するお供に、我も我もと参上し、物を食い酒を飲んで、騒ぎ合っていたが、
果つる暁まで門たたく音もせず、あやしうなど、耳立てて聞けば、
(任官式の)終わる明け方まで門をたたく音もせず、妙だなと耳をすまして聞くと、
先追ふ声々などして上達部など皆出で給ひぬ。
(貴人の通行のための)先払いする声などがして、(任官式を終えた)上達部たちはみな退出なさってしまった。
もの聞きに、宵より寒がりわななきをりける下衆男、
様子を聞きに、宵から(出かけて)寒がり震えていた使用人の男が、
いともの憂げに歩み来るを見る者どもは、え問ひだにも問はず、
ひどく憂鬱そうに歩いてくるのを見る者たちは、尋ねることさえもできず、
外より来たる者などぞ、「殿は何にかならせ給ひたる。」など問ふに、
よそから来ている者などが、「ご主人は何におなりになりましたか。」などと尋ねると、
いらへには「何の前司にこそは。」などぞ、必ずいらふる。
返事には「どこそこの国の前の国司です。」などと、必ず答える。
まことに頼みける者は、いと嘆かしと思へり。
本当に(主人の任官を)あてにしていた者は、たいそう嘆かわしいと思っている。
つとめてになりて、ひまなくをりつる者ども、一人二人すべり出でて去ぬ。
早朝になり、すき間なくいた者たちは、一人二人とこっそり抜け出して帰って行く。
古き者どもの、さもえ行き離るまじきは、来年の国々、手を折りてうち数へなどして、
古くから仕えている者たちで、そのように離れて行くことができそうもない者たちは、来年(国司が交代する予定)の国々を、指を折って数えたりなどして、
揺るぎありきたるも、いとをかしうすさまじげなる。
体を揺すって歩き回っているのも、とても滑稽で興ざめな感じである。