青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
昔-者、鄭ノ武公、欲レス伐レタント胡ヲ。
昔者、鄭の武公、胡を伐たんと欲す。
昔、鄭の国の武公は胡の国を討伐したいと考えていた。
故ニ先ヅ以二テ其ノ女一ヲ妻二アハセ胡君一ニ、以テ娯二シマシム其ノ意一ヲ。
故に先づ其の女を以て胡君に妻あはせ、以て其の意を娯しましむ。
そのため、まず自分の娘を胡の君主に嫁がせ、鄭への印象を良くさせておいた。
因リテ問二フ於群臣一ニ、「吾欲レス用レヰント兵ヲ。誰カ可レキ伐ツ者ゾト。」
因りて群臣に問ふ、「吾兵を用ゐんと欲す。誰か伐つべき者ぞ。」と。
※於=置き字(対象・目的)
そこで、(武公が)家来たちに尋ねて言うことには、「私は兵を動かそうと思う。どこを討伐するのが良いだろうか。」と。
大夫関其思対ヘテ曰ハク、「胡可レシト伐ツ。」
大夫関其思対へて曰はく、「胡伐つべし。」と。
大夫の関其思が答えて言うことには、「胡を討伐するのが良いでしょう。」と。
武公怒リテ而戮レシテ之ヲ曰ハク、「胡ハ兄弟之国也。子言レフハ伐レテト之ヲ何ゾ也ト。」
武公怒りて之を戮して曰はく、「胡は兄弟の国なり。子之を伐てと言ふは何ぞや。」と。
※而=置き字(順接・逆接)
※「 ~ハ何ゾ也」=疑問、「 ~は何ぞや」、「~はどうしてか」
(それを聞いて)武公は怒り、関其思を殺して言うことには、「胡は兄弟のような国である。(それなのに)お前はこれを討伐しろというのはどうしてか。」
胡君聞レキ之ヲ、以レテ鄭ヲ為レシ親レシムト己ニ、遂ニ不レ備レヘ鄭ニ。
胡君之を聞き、鄭を以て己に親しむと為し、遂に鄭に備へず。
胡の君主はこの話を聞いて、鄭を自国に親しいものだと考え、そのまま鄭(の侵攻)に対して備えをしなかった。
鄭人襲レヒテ胡ヲ取レル之ヲ。
鄭人胡を襲ひて之を取る。
(そして、)鄭の人々は胡を襲って討ち取った。
宋ニ有二リ富人一。天雨フリ牆壊ル。
宋に富人有り。天雨ふり牆壊る。
宋の国に金持ちがいた。雨が降って土塀が崩れた。
其ノ子曰ハク、「不レンバ築カ、必ズ将レニ/ト有レラント盗。」
其の子曰はく、「築かずんば、必ず将に盗有らんとす。」と。
※「将二ニ/ ~一(セ)ント」=再読文字、「将(まさ)に ~(せ)んとす」、「~しようとする・~するつもりだ」
その金持ちの息子が言うことには、「(土塀を)修理しないと、必ず盗みに入られるだろう。」と。
其ノ隣人之父モ亦云フ。暮レニシテ而果タシテ大イニ亡二フ其ノ財一ヲ。
其の隣人の父も亦云ふ。暮れにして果たして大いに其の財を亡ふ。
その隣の家の主人もまた同じことを言った。日が暮れたころに、思った通り多くの財産を失った。
其ノ家甚ダ智二トシテ其ノ子一ヲ、而疑二ヘリ隣人之父一ヲ。
其の家甚だ其の子を智として、隣人の父を疑へり。
その金持ちの家では、たいそう自分の息子を賢いとし、(その一方で)隣の家の主人を疑った。
此ノ二人ハ、説ク者皆当タレリ矣。
此の二人は、説く者皆当たれり。
※矣=置き字(断定・強調)
この二人(=関其思と隣の家の主人)は、主張したことはすべて的中していた。
厚キ者ハ為レレ戮セ、薄キ者ハ見レ疑ハ。
厚き者は戮せられ、薄き者は疑はる。
※見(為・被・所)=受身「見二A(セ)一/見二ルA(セ)一」→「A(せ)る/A(せ)らる」→「Aされる」
(それなのに)酷い場合には殺され、軽い場合には疑いをかけられた。
則チ非二ザル知之難一キニ也。処レスルコト知ニ則チ難キ也。
則ち知の難きに非ざるなり。知に処すること則ち難きなり。
ならば、知ることが難しいのではない。知ったことにどう対処するかということが難しいのである。