青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
作者:頼山陽
「敵に塩を送る」という言葉の由来となったお話。
敵に塩を送る=苦境にある敵を助けること。
信玄ノ国、不レ浜レセ海ニ。仰二グ塩ヲ於東海一ニ。
信玄の国、海に浜せず。塩を東海に仰ぐ。
※於=置き字(場所)
武田信玄の国(=甲斐の国)は、海に面していなかった。(なので、)塩を東海(の国々)に頼っていた。
※甲斐=現在の山梨県辺り
氏真与二北條氏康一謀リテ、陰カニ閉二ヅ其ノ塩一ヲ。
氏真北条氏康と謀りて、陰かに其の塩を閉づ。
(駿河の)今川氏真は(相模の)北条氏康と共謀して、密かに塩の供給を止めた。
※駿河=静岡県辺り
※相模=神奈川県辺り
甲斐大イニ困シム。
甲斐大いに困しむ。
(そのため塩不足により、)甲斐の国では大いに苦しんだ。
謙信聞レキ之ヲ、寄二セテ書ヲ信玄一ニ曰ハク、
謙信之を聞き、書を信玄に寄せて曰はく、
(越後の)上杉謙信はこのことを聞き、手紙を信玄に送って言うことには、
※越後=新潟県辺り
「聞二ク氏康・氏真困レシムルニ君ヲ以一レテスト塩ヲ。
「氏康・氏真君を困しむるに塩を以てすと聞く。
「氏康と氏真はあなたを苦しめるために、塩を手段に用いていると聞いている。
不勇不義ナリ。
不勇不義なり。
(これは)卑怯で道義に反する行いである。
我与レ公争ヘドモ、所レハ争フ在二リテ弓箭一ニ、不レ在二ラ米塩一ニ。
我公と争へども、争う所は弓箭に在りて、米塩に在らず。
私はあなたと争っているが、争っているのは弓矢(=武力)においてであり、米や塩で(争っているので)はない。
請フ自レリ今以往、取二レ塩ヲ於我ガ国一ニ。
請ふ今より以往、塩を我が国に取れ。
※「請フ ~」=願望、「どうか ~ させてください、どうか ~ してください」
※於=置き字(場所)
どうか今後は、塩を私の国から買い取られよ。
多寡ハ唯ダ命ノミト。」
多寡は唯だ命のみ。」と。
※「唯ダ ~ノミ」=限定、「ただ ~だけ」
多い少ないは、あなたが命じる通りである。」と。
乃チ命二ジ賈人一ニ、平レニシテ価ヲ給レセシム之ヲ。
乃ち賈人に命じ、価を平にして之を給せしむ。
そこで(謙信は)商人に命じて、価格を適正にして塩を供給させた。