青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
項王即日、因リテ留二メテ沛公一ヲ与二飲ス。
項王即日、因りて沛公を留めて与に飲す。
項王はその日、そこで沛公を留め、ともに宴を開いた。
項王・項伯東嚮シテ坐シ、亜父南嚮シテ坐ス。
項王・項伯東嚮して坐し、亜父南嚮して坐す。
項王と項伯は東に向いて座り、亜父は南に向いて座った。
亜父ト者、范増也。沛公ハ北嚮シテ坐シ、張良ハ西嚮シテ侍ス。
亜父とは、范増なり。沛公は北嚮して坐し、張良は西嚮して侍す。
亜父とは范増のことである。沛公は北に向いて座り、張良は西に向いて(沛公のそばに)控えて座った。
范増数目二シ項王一二、挙二ゲテ所レノ佩ブル玉玦一ヲ、以テ示レス之二者三タビス。
范増数項王に目し、佩ぶる所の玉玦を挙げて、以て之に示す者三たびす。
范増は何度も項王に目配せをし、身に付けている玉玦を持ち挙げて、(沛公を殺す決断をするよう)示すこと数回に及んだ。
項王黙然トシテ不レ応ゼ。
項王黙然として応ぜず。
(しかし、)項王は黙ったままで応じなかった。
范増起チテ出デ、召二シテ項荘一ヲ謂ヒテ曰ハク、
范増起ちて出で、項荘を召して謂ひて曰はく、
范増は立ち上がって外に出て、項荘を呼び寄せて向かって言うことには、
「君王為レリ人ト不レ忍ビ。若入リ前ミテ為レセ寿ヲ。
「君王人と為り忍びず。若入り前みて寿を為せ。
「君王は残忍なことができない人柄だ。(だから、)おまえは宴席に入り前に進んで長寿を祈れ。
寿畢ハラバ、請二ヒ以レテ剣ヲ舞一ハンコトヲ、因リテ撃二チテ沛公ヲ於坐一二殺レセ之ヲ。
寿畢はらば、剣を以て舞はんことを請ひ、因りて沛公を坐に撃ちて之を殺せ。
※於=置き字(対象・目的)
長寿の祈りを終えたら、剣舞を願い出て、そこで沛公を宴席で襲って殺してしまえ。
不-者ズンバ、若ガ属皆且レ二/ト為レラント所レト虜トスル。」
不者ずんば、若が属皆且に虜とする所と為らんとす。」と。
※「不者ンバ」=そうしなければ・そうでなければ
※「且ニニ ~一(セ)ント」=再読文字、「且に ~(せ)んとす」、「いまにも ~しようとする/ ~するつもりだ」
※「為二ルAノ所一レトB(スル)」=受身、「AのB(する)所と為る」、「AにBされる」
そうしないと、おまえの一族はみな沛公に捕らわれてしまうだろう。」
荘則チ入リテ為レス寿ヲ。
荘則ち入りて寿を為す。
荘はそこで宴席に入り、長寿を祈った。
寿畢ハリテ曰ハク、「君王与二沛公一飲ス。軍中無二シ以テ為一レスコト楽シミヲ。請フ以レテ剣ヲ舞ハント。」
寿畢はりて曰はく、「君王沛公と飲す。軍中以て楽しみを為すことなし。請ふ剣を以て舞はん。」と。
※「請フ ~」=願望、「どうか ~ させてください、どうか ~ してください」
祈り終わって言うには、「君王は沛公と宴を催しています。(しかし)軍中であり、娯楽もありません。どうか剣舞をさせてください。」
項王曰ハク、「諾ト。」項荘抜レキ剣ヲ起チテ舞フ。
項王曰はく、「諾。」と。項荘剣を抜きて起ちて舞ふ。
項王は「よし。」と言った。項荘は剣を抜いて立ち上がって舞った。
項伯モ亦タ抜レキ剣ヲ起チテ舞ヒ、常二以レテ身ヲ翼-二蔽ス沛公一ヲ。
項伯も亦た剣を抜きて起ちて舞ひ、常に身を以て沛公を翼蔽す。
項伯もまた剣を抜き立ち上がって舞い、常に自分の体で(項荘の攻撃から)沛公を守った。
荘不レ得レ撃ツコトヲ。
荘撃つことを得ず。
※「不レ得二 ~一(スル)ヲ」=不可能、「 ~(する)を得ず」、「(機会がなくて) ~できない。」
荘は(沛公を)襲うことができなかった。
続きはこちら鴻門之会(史記)(4)原文・書き下し文・現代語訳【樊噲目を瞋らして項王を視る。】「是に於いて~」