「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら大鏡『宣耀殿の女御』現代語訳(1)(2)
御女、村上の御時の宣耀殿の女御、かたち をかしげに うつくしう おはし けり。
容貌(かたち)=名詞、姿、容貌、外形、顔つき
をかしげに=ナリ活用の形容動詞「をかしげなり」の連用形。趣深い、趣がある、風情がある。素晴らしい。美しい。こっけいだ、おかしい。カ行四段動詞「招(を)く」が形容動詞化したもので「招き寄せたい」という意味が元になっている。
うつくしう=シク活用の形容詞「うつくし」の連用形が音便化したもの、かわいらしい、いとおしい。美しい、きれい。
おはし=サ変動詞「おはす」の連用形、「あり・居り・行く・来」の尊敬語。いらっしゃる、おられる、あおりになる。動作の主体である宣耀殿の女御を敬っている。作者からの敬意。
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
(藤原師尹の)ご息女は、村上天皇の御代の宣耀殿の女御で、容貌が美しくかわいらしくていらっしゃった。
内裏へ参り 給ふとて、御車に奉り 給ひ けれ ば、
内裏(うち)=名詞、天皇の住まい、宮中、皇居。天皇。
参り=ラ行四段動詞「参る(まいる)」の連用形、謙譲語。動作の対象である村上天皇を敬っている。作者からの敬意。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の終止形、尊敬語。動作の主体である宣耀殿の女御を敬っている。作者からの敬意。
奉り=ラ行四段動詞「奉る(たてまつる)」の連用形、尊敬語。お乗りになる。動作の主体である宣耀殿の女御を敬っている。作者からの敬意。
※「参る・奉る」は目的語に「衣(衣服)・食(食べ物、飲み物)・乗(乗り物)」が来るときは尊敬語となる。「衣(い)・食(しょく)・乗(じょう)」と覚えると良い。「衣:お召しになる、着なさる」、「食:召しあがる、お食べになる」、「乗:お乗りになる」
※「奉る」は基本的に謙譲語。本動詞として「差し上げる」だったり、補助動詞として「~し申し上げる」となる。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である宣耀殿の女御を敬っている。作者からの敬意。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
(この女御が)宮中へ参内なさろうとして、お車にお乗りになったところ、
わが御身は乗り給ひ けれ ど、御髪のすそは、母屋の柱のもとにぞ おはし ける。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である宣耀殿の女御を敬っている。作者からの敬意。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
おはし=サ変動詞「おはす」の連用形、「あり・居り・行く・来」の尊敬語。いらっしゃる、おられる、あおりになる。動作の主体である宣耀殿の女御を敬っている。作者からの敬意。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。
ご自身のお体は(お車に)お乗りになったけれど、お髪の毛の先は母屋の柱のもとにおありでした。
一筋を陸奥国紙に置きたるに、いかにも隙見えずとぞ 申し伝へ た める。
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
申し伝へ=ハ行下二段動詞「申し伝ふ」の連用形、「言ひ伝ふ」の謙譲語。動作の対象を敬っている。作者からの敬意。
た=存続の助動詞「たり」の連体形が音便化して無表記化されたもの。「たるめる」→「たんめる(音便化)」→「ためる(無表記化)」。接続は連用形。
める=婉曲の助動詞「めり」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。視覚的なこと(見たこと)を根拠にする推定の助動詞である。婉曲とは遠回しな表現。「~のような」と言った感じで訳す。
(その髪の)一筋を檀紙(=和紙の一種)に置いたところ、少しも(紙の白い)すきまが見えなかったと申し伝えているようです。
御目の尻の少し下がり給へ るが、いとど らうたく おはするを、
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である宣耀殿の女御を敬っている。作者からの敬意。
る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
いとど=副詞、いよいよ、ますます。その上さらに。
らうたく=ク活用の形容詞「らうたし」の連用形、かわいい、いとおしい。
おはする=補助動詞サ変「おはす」の連体形、尊敬語。動作の主体である宣耀殿の女御を敬っている。作者からの敬意。
お目尻が少し下がっていらっしゃるのが、ますますかわいらしくていらっしゃるのを、
帝いとかしこく 時めかさ せ 給ひて、
かしこく=ク活用の形容詞「畏し/賢し(かしこし)」の連用形。連用形だと「たいそう、非常に」の意味。その他の意味として、恐れ多い、尊い。もったいない、かたじけない。賢い、優れている。
時めかさ=サ行四段動詞「時めかす」の未然形、寵愛をする、かわいがる。
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である村上天皇を敬っている。作者からの敬意。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。
天皇はたいそう深くご寵愛なさって、
かく 仰せ られ けるとか、
斯く(かく)=副詞、こう、このように。
仰せ=サ行下二段動詞「仰す(おほす)」の未然形。「言ふ」の尊敬語、おっしゃる。動作の主体である村上天皇を敬っている。作者からの敬意。
られ=尊敬の助動詞「らる」の連用形、接続は未然形。直前の「仰せ」と合わせて二重敬語。助動詞「らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の4つの意味があるが、「仰せらる」の場合の「らる」は必ず「尊敬」と思ってよい。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
か=強調の係助詞、結びは連体形となるはずだが、ここでは省略されている。係り結びの省略。「言ふ・聞く(連体形)」などが省略されている。
※今回のように係助詞の前に「と(格助詞)」がついている時は「言ふ・聞く」などが省略されている。場合によって敬語になったり、助動詞がついたりする。
「とぞ・となむ・とや・とか」だと、「言ふ・聞く(連体形)」など
「とこそ」だと、「言へ・聞け(已然形)」など
「とぞ(言ふ/聞く)。」→「~ということだ。/~だそうだ。」
このようにおっしゃったとか(いうことです)。
生きての世 死にての後の 後の世も 羽を交はせ る 鳥となり な む
死に=ナ変動詞「死ぬ」の連用形、立ち去る、行ってしまう。ナ行変格活用の動詞は「死ぬ・往ぬ(いぬ)・去ぬ(いぬ)」
交はせ=サ行四段動詞「交はす」の已然形
る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
なり=ラ行四段動詞「成る」の連用形
な=強意の助動詞「ぬ」の未然形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる。
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
生きての世 死にての後の 後の世も 羽を交はせる 鳥となりなむ
現世でも、死んだ後の世でも、比翼の鳥になり(、ずっと一緒に暮らし)たいものだ。
※比翼の鳥=名詞、いつも羽を並べて雌雄一体となって飛ぶという空想上の鳥
御返し、女御、
お返しの歌として、女御は、
あきになる 言の葉だにも 変はらず は われも交はせる 枝となり な む
だに=副助詞、類推(~さえ・~のようなものでさえ)。強調(せめて~だけでも)。添加(~までも)。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
※打消の助動詞「ず」の連用形 + は =仮定条件「もし~ならば」という意味になる。もう一つ同類のものとして、
形容詞の連用形「~く」 + は=仮定条件「もし~ならば」というものがある。なので、「~ずは」・「~くは」とあれば、仮定条件と言うことに気をつけるべき。この「は」は接続助詞「ば」からきているので、「ば」のまま使われるときもある。
る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変あら未然形・四段なら已然形
なり=ラ行四段動詞「成る」の連用形
な=強意の助動詞「ぬ」の未然形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる。
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
「あき」が掛詞となっており、「秋」と「飽き」が掛けられている。
「言の葉」が掛詞となっており、「木の葉」と「言葉」が掛けられている。
※掛詞=同音異義を利用して、一つの語に二つ以上の意味を持たせたもの。
掛詞を探すときのポイント(いずれも例外有り)
①ひらがなの部分
②和歌に至るまでの経緯で出て来た単語
③地名などの固有名詞
あきになる 言の葉だにも 変はらずば われも交はせる 枝となりなむ
秋になると木の葉の色が変わるように、人の心も飽きがくると(以前口にした)言葉でさも変わってしまうものですが、もし先程のお言葉が変わらないのならば、私も(枝を連ねて生えているという)連理の枝になり(、ずっと一緒にい)ましょう。
続きはこちら大鏡『宣耀殿の女御』解説・品詞分解(2)