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『人虎伝』(2)原文・書き下し文・現代語訳

青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字

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明年、陳郡袁傪以ツテ監察御史、奉ジテ使ヒス嶺南

(みょう)(ねん)(いた)り、(ちん)(ぐん)(えん)(さん)(かん)(さつ)(ぎょ)()()て、(みことのり)(ほう)じて(れい)(なん)使(つか)す。

 

翌年になって、陳郡の袁傪が監察御史として、詔をうけて嶺南へ使いをした。

 

 

リテ商於(まさ/す)ラント

(でん)()りて(しょう)()(かい)(いた)(あした)(まさ)()んとす。

※将=再読文字、「将(まさ)に~んとす」、「~しようとする・~するつもりだ」

(宿場ごとに用意されている役人用の)馬車に乗って商於の境界まで来て、早朝に出発しようとした。

 

 

駅吏白シテハク、「道虎、暴ニシテ而食ラフ

()(えき)()(もう)して()はく、「(みち)(とら)()り、(ぼう)にして(ひと)()ふ。

※而=置き字(順接・逆接)

そこの宿場の役人が申し上げることには、「道中には虎がいて、荒っぽくて人を食うことがあります。

 

 

スル於此、非ザレバヘテムモノ

(ゆえ)(ここ)(みち)する(もの)(ひる)(あら)ざれば()へて(すす)もの()し。

※「不ヘテ ~(せ)」=「しいて(無理に) ~しようとはしない。/ ~するようなことはしない」

なのでここを通る者は、昼でなければ通ろうとしません。

 

 

。願ハクハラクメヨ。決シテ()()カラ。」

(いま)()(はや)し。(ねが)はくは(しば)らく(くるま)()めよ。(けっ)して(すす)むべからず。」と。

※「願ハクハ ~(セヨ)」=願望、「どうか ~させてください/どうか ~してください」

※「不カラ ~(ス)」=不可能、「 ~(す)べからず」、「(状況から見て) ~できない。/ ~してはならない。(禁止)」

今はまだ早いです。どうかしばらく車を止めてください。決して進んではいけません。」と。

 

 

傪遂ジテ而行

(さん)(つい)()(めい)じて()く。

 

傪は結局馬車を命じて出発した。

 

 

リテ(いま/ざ)ダ/ルニクサ一里、果タシテ虎、()草中リテ而出

()りて(いま)(いち)()()さざるに、()たして(とら)()り、(そう)(ちゅう)(おど)りて()

 

出発してまだ一里も行かないうちに、やはり虎がいて、草の中から飛び出してきた。

 

 

傪驚クコトダシ。俄カニシテ而虎匿草中、人声モテ而言ヒテハク

(さん)(おどろ)くこと(はなは)し。(にわ)かにして(とら)()(そう)(ちゅう)(かく)し、(じん)(せい)もて()ひて()はく、

 

傪はとても驚いた。急に虎は身を草の中に匿し、人の声で言うことには、

 

 

「異ナル()()。幾ツケントスル故人(なり)。」

()なるかな。(ほとん)()()(じん)(きず)つけんとするなり。」と。

 

「なんということだ。もう少しで我が旧友を傷けるところであった。」と。

 

 

傪聆クニ、似タリ李徴ナル。傪昔()徴同ジク進士、分極メテ

(さん)()(こえ)()くに、()(ちょう)なる(もの)()たり。(さん)(むかし)(ちょう)(おな)じく(しん)()(だい)(のぼ)り、(ぶん)(きわ)めて(ふか)し。

 

傪がその声を聞いたところ、李徴に似ていた。傪は昔、徴と同じ時期に進士に及第し、付き合いはとても深かった。

 

 

レテ年矣。忽キテ、既シミテ、莫焉。

(わか)れて(とし)()り。(たちま)()()()きて、(すで)(おどろ)()(あや)しみて(はか)()し。

※矣=置き字(断定・強調)

別れて何年もたっていた。突然その言葉を聞いて、驚いたうえに不思議に思って、理解できなかった。



 

ヒテハク、「子。豈故人隴西子()。」

(つい)()ひて()はく、「()(たれ)()す。()()(じん)(ろう)西(せい)()(あら)ずや。」と。

※「豈 ~乎」=詠嘆、「なんと ~ではないか。」   否定語を伴って「豈に ~や」で詠嘆形となる。

そのまま(傪は)尋ねて、「あなたは誰であるのか。なんと旧友の隴西出身の人ではないか。」と言った。

 

 

虎呼吟スルコト数声、(ごと)嗟泣スル

(とら)()(ぎん)すること(すう)(せい)()(きゅう)する(じょう)のごとし。

 

虎はうなり声を数回あげ、すすり泣く状態であった。

 

 

ニシテ而謂ヒテハク、「我李徴(なり)。」

(すで)にして(さん)()ひて()はく、「(われ)()(ちょう)なり。」と。

 

やがて傪に向かって言うことには、「私は李徴である。」と。

 

 

傪乃リテヨリハク、「君何リテカレルト。」

(さん)(すなわ)(うま)より()りて()はく、「(きみ)(なに)()てか(ここ)(いた)れる。」と。

 

そこで傪は馬から下りて、「君はどういうわけでここにいるのか。」と言った。

 

 

虎曰ハク、「我()足下レテ、音容曠阻矣。

(とら)()はく、「(われ)(そっ)()(わか)れてより(おん)(よう)(こう)()()(ひさ)し。

 

虎が言うことには、「私があなたと別れてから、遠く離れていて会えないことが長かった。

 

 

-ヒニタルキヲ()。官途不淹留()。今又何クニカクト。」

(さい)()ひに(つつが)()きを()たるか。(かん)()(えん)(りゅう)(いた)さざるか。(いま)(また)(いず)くに()く。」と。

 

幸いなことに無事であったのかい。役人として出世することは滞りなかったかい。今日はまたどこへ行くのか。」と。

 

 

傪曰ハク、「近-者幸ヒニタリヘラルルヲ御史()。今奉ズト使ヒヲ嶺南。」

(さん)()はく、「(ちか)(ごろ)(さいわ)ひに(ぎょ)()(れつ)(そな)へらるるを()たり。(いま)使(つか)ひを(れい)(なん)(ほう)。」と。

 

傪が言うことには、「最近幸いにも御史の一員になることができた。今は使者として嶺南に行く命を受けたところだ。」と。

 

 

虎曰ハク、「吾子以ツテ文学、位登朝序。可ンナリト矣。

(とら)()はく、「()()(ぶん)(がく)()つて()()て、(くらい)(ちょう)(じょ)(のぼ)る。(さか)んなりと()ふべし。

 

虎が言うことには、「君は文学で身を立て、位は朝廷の高官に登っている。立派であるというべきだ。

 

 

故人ルヲ。甚()シト。」

(こころ)()(じん)()()()るを(よろこ)ぶ。(はなは)()すべし。」と。

 

心より旧友がこの地位にいることをうれしく思う。とてもめでたいことだ。」と。

 

 

傪曰ハク、「往-()執事ジクシテ

(さん)()はく、「()()(われ)(しつ)()(とし)(おな)じくして()()す。

 

傪が言うことには、「以前は私とあなたとは年を同じくして名声を得た。

 

 

交契深密ナルコト、異ナリ於常友()声容間阻シテ、去日如ルルガ

(こう)(けい)(しん)(みつ)なること、(じょう)(ゆう)(こと)なり。(せい)(よう)(かん)()してより、(きょ)(じつ)(なが)るるがごとし。

※於=置き字(場所)。

交際の深密さは、普通の友人とは異なる。遠く離れてから、時間が過ぎるのは流れるかのようだった。

 

 

-シテ風儀心目倶()リキ、今日獲ントハ()

(ふう)()(そう)(ぼう)して(しん)(もく)(とも)()(おも)はざりき(こん)(にち)(きみ)(きゅう)(おも)ふの(げん)()んとは

 

(あなたの)立派な姿を遠く思いやって、心と目が断たれるかのようだった。思いもしなかったよ、今日君が昔を懐かしむ言葉を得られるとは。

 

 

リト執事何為レゾ()シテ、而自ルル于草木

(しか)(いえど)(しつ)()(なん)()れぞ(われ)()ずして、(みずか)(そう)(もく)(なか)(かく)るる。

※「何為レゾ ~(スル)」=疑問・反語、「どうして ~か」   ※于=置き字(場所)

それなのにあなたはどうして私に会おうとせず、自ら草木の中に匿れるのか。

 

 

故人()分、豈(まさ/べ)ニ/ケン(ごと)クナルクノ()。」

()(じん)(ぶん)()(まさ)()くのごとくなるべけんや。」と。

※「豈 ~ (セ)ンや(哉・乎・邪)」=疑問・反語、「豈に ~ (せ)んや」、「どうして ~ だろうか。(いや、~ない。)」

※当=再読文字、「当(まさ)に~べし」「~すべきである・きっと~のはずだ」

昔なじみの仲であって、どうしてこのようであるはずがあろうか。(いや、こんなよそよそしくあるはずはない。)」



 

虎曰ハク、「我今()人矣。安クンゾユルヲ()。」

(とら)()はく、「(われ)(いま)(ひと)たらず(いず)くんぞ(きみ)(まみ)ゆるを()んや。」と。

※「安クンゾ ~ (セ)ン(ヤ)」=反語、「(いづ)くんぞ ~(せ)ん(や)」、「どうして ~(する)だろうか。(いや、~ない)」

虎は、「私は今や人間ではない。どうして君に会うことが出来ようか。(いや、出来ない。)」と言った。

 

 

傪曰ハク、「願ハクハラカニセント。」

(さん)()はく、「(ねが)はくは()(こと)(つまび)らかにせん。」と。

※「願ハクハ ~(セヨ)」=願望、「どうか ~させてください/どうか ~してください」

傪は、「どうかその事について詳しく話してはくれないか。」と言った。

 

 

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『人虎伝』まとめ

 

 

 

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