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土佐日記『阿倍仲麻呂の歌』解説・品詞分解

「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳

原文・現代語訳のみはこちら土佐日記『阿倍仲麻呂の歌』現代語訳

 

 

二十日。昨日のやうなれ 、船いださ。みな人々憂へ嘆く。

 

なれ=断定の助動詞「なり」の已然形、接続は体言・連体形

 

ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。

 

ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形

 

20日。昨日と同じような(悪天候な)ので、船は出さない。人々はみな心配して嘆いている。

 

 

苦しく心もとなけれ 、ただ日の()ぬる数を、今日(いく)()、二十日、三十日(みそか)と数ふれ(および)もそこなは  べし

 

心もとなけれ=ク活用の形容詞「心もとなし」の已然形、ぼんやりしている、はっきりしない。待ち遠しくて心がいらだつ、じれったい。

 

ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。

 

ぬる=完了の助動詞「ぬ」の連体形、接続は連用形

 

ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。

 

れ=受身の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。

 

ぬ=強意の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる

 

べし=推量の助動詞「べし」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。

 

苦しくじれったいので、ただ日数が経過していくのを、今日で何日(経過した)か、20日、30日と数えるので、指も痛んでしまいそうだ。

 

 

いとわびし。夜は()()。二十日の夜の月出で けり。山の端もなくて、海の中より  出で来る

 

わびし=シク活用の形容詞「わびし」の終止形、つらい、苦しい、情けない、困ったことだ。

 

ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形

 

に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形

 

けり=詠嘆の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形

 

より=格助詞、(起点)~から、(手段・用法)~で、(経過点)~を通って、(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや

 

ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。

 

出で来る=カ変動詞「出で来(いでく)」の連体形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。

 

とてもつらい。夜は眠りもしない。20日の夜の月が出た。山の端もなくて、海の中から(月が)出てくる。

 

 

~ここから阿倍仲麻呂の話~

 

かうやうなるを見て、昔、()(べの)(なか)()()といひける人は、唐土(もろこし)に渡りて、帰り来ける時に、

 

かうやうなる=ナリ活用の形容動詞「かうやうなり」の連体形、このようだ。

 

や=疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。結びは「漢詩作りなどしける。」の「ける」。

 

ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。もう一つの「ける」も同じ。

 

このような光景を見てであろうか、昔、阿倍仲麻呂という人は、唐に渡って、(日本へ)帰る時に、

 

 

船に乗るべき所にて、かの国人、馬のはなむけ、別れ惜しみて、かしこの漢詩作りなどしける

 

べき=当然の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。

 

かの(彼の)=あの、例の。「か(代名詞)/の(格助詞)」と品詞分解する

 

馬のはなむけ=名詞、送別の宴。陸路を馬に乗って旅立つ人の乗る馬の花を旅立つ方向へ向けて無事を祈り別れを告げたならわしから、送別の宴を意味する言葉として使われるようになった。

 

かしこ(彼処)=名詞、あそこ、あの場所

 

ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「や」を受けて連体形となっている。係り結び。

 

船に乗る予定の場所で、あちらの国(=唐)の人が、送別の宴を開き、別れを惜しんで、あちらの国の漢詩を作ったりなどしたということだ。

 

 

飽か  ありけむ、二十日の夜の月出づるまでありける

 

飽か=カ行四段動詞「飽く」の未然形、満足する、飽き飽きする

 

ず=打消の助動詞「ず」の連用形

 

や=疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。

 

けむ=過去推量の助動詞「けむ」の連体形、接続は連用形。係助詞「や」を受けて連体形となっている。係り結び。基本的に「けむ」は文末に来ると「過去推量・過去の原因推量」、文中に来ると「過去の伝聞・過去の婉曲」。

 

ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。

 

ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。

 

(それだけでは)満足できなかったのであろうか、20日の夜の月が出るまで(そこに)いたということだ。

 

 

その月は、海より 出でける。これを見てぞ仲麻呂の主、

 

より=格助詞、(起点)~から、(手段・用法)~で、(経過点)~を通って、(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや

 

ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。

 

ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。

 

その月は、海から出てきた。これを見て仲麻呂殿は、

 

 

「わが国に、かかる歌をなむ神代より神も詠ん たび

 

かかる=連体詞、あるいはラ変動詞「かかり」の連体形。このような、こういう。

 

より=格助詞、(起点)~から、(手段・用法)~で、(経過点)~を通って、(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや

 

なむ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。結びは「時には詠む。」の「詠む」。

 

詠ん=マ行四段動詞「詠む」の連用形が音便化したもの

 

たび=補助動詞バ行四段「給ぶ・賜ぶ(たぶ)」の連用形、尊敬語。

 

「私の国(=日本)では、このような歌を神代の時代から神様もお詠みになり、

 

 

今は(かみ)(なか)(しも)の人も、かうやうに別れ惜しみ、喜びもあり、悲しびもある時には詠む。」とて、詠め ける歌、

 

かうやうに=ナリ活用の形容動詞「かうやうなり」の連用形、このようだ。

 

詠む=マ行四段動詞「詠む」の連体形。係助詞「なむ」を受けて連体形となっている。係り結び。

 

り=完了の助動詞「り」の連用形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形

 

ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形

 

今では上中下の(身分に関わらず)どんな人も、このように別れを惜しみ、喜んだり、悲しむことがある時には詠むのです。」と言って、詠んだ歌、

 

 

青海原(あおうなばら)  ふりさけ見れ  春日(かすが)なる  ()(かさ)の山に  出でかも

 

ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。

 

なる=存在の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形。「なり」は直前が名詞である時、断定の意味になることが多いが、その名詞が場所を表すものであれば今回のように「存在」の意味となることがある。訳:「 ~にある」

 

し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形

 

かも=詠嘆・感動の終助詞、接続は連体形

 

青海原(あおうなばら)  ふりさけ見れば  春日(かすが)なる  ()(かさ)の山に  出でし月かも

青々とした海原をはるかに見渡すと、(月が出ていた。その月は故郷の)春日にある三笠の山の上に出ていた月と同じ月なのだなあ。

 

 

詠め ける

 

ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。

 

り=完了の助動詞「り」の連用形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形

 

ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。

 

と詠んだということだ。

 

 

かの国の人聞き知るまじく 思ほえ たれ ども、言の心を男文字にさまを書き出して、ここのことば伝へたる人に言ひ知ら けれ 

 

かの(彼の)=あの、例の。「か(代名詞)/の(格助詞)」と品詞分解する

 

まじく=打消推量の助動詞「まじ」の連用形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。

 

思ほえ=ヤ行下二段動詞「思ほゆ」の連用形、(自然と)思われる

 

たれ=完了の助動詞「たり」の已然形、接続は連用形

 

ども=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。

 

男文字=名詞、漢字。当時の男は漢字を使っていたことから男文字と呼ばれることがある。逆に女文字は「かな文字」のことを指す。

 

たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形

 

せ=使役の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。

 

けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形

 

ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。

 

あちらの国の人は聞いてもわからないだろうと思われたけれども、歌の意味を漢字でおおよその内容を書き表して、日本の言葉を習得している人に話して聞かせたところ、

 

 

心を聞き得たり けむ、いと思ひのほかに なむ 愛で ける

 

や=疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。

 

たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形

 

けむ=過去推量の助動詞「けむ」の連体形、接続は連用形。係助詞「や」を受けて連体形となっている。係り結び。基本的に「けむ」は文末に来ると「過去推量・過去の原因推量」、文中に来ると「過去の伝聞・過去の婉曲」。

 

思ひのほかに=ナリ活用の形容動詞「思ひのほかなり」の連用形、意外だ、思いがけないことだ。

 

なむ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。

 

愛で=ダ行下二段動詞「めづ(愛づ・賞づ)」の連用形、好む、かわいがる。ほめる、賞賛する。

 

ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「なむ」を受けて連体形となっている。係り結び。

 

歌の意味を理解できたのだろうか、たいそう意外なほどに(歌を)()めたということだ。

 

 

唐土(もろこし)とこの国とは、言異なるものなれ 、月のは同じことなる べけれ 、人の心も同じこと あら

 

なれ=断定の助動詞「なり」の已然形、接続は体言・連体形

 

ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。

 

影(かげ)=名詞、姿、形。光。鏡や水などに移る姿、映像。

 

なる=断定の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形

 

べけれ=当然の助動詞「べし」の已然形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。

 

ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。

 

に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形

 

や=疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。

 

む=推量の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。係助詞「や」を受けて連体形となっている。係り結び。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。

 

唐とこの国(=日本)とでは、言葉は違っているものであるけれど、月の光は同じことであるはずなので、(それを見る)人の心も同じことなのであろうか。

 

~ここまでが阿倍仲麻呂の話~

 

 

さて、今、そのかみを思ひやりて、ある人の詠め歌、

 

さて=接続詞、(話題を変えるときに、文頭において)さて、そして、ところで、それで

 

ある人=紀貫之のこと。紀貫之は、この日記を女性が書いたものとして作成しているため、自分のことを「ある人」と第三者として書いている。

 

る=完了の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形

 

ところで、今、その昔のことを思いやって、ある人(=紀貫之(きのつらゆき))が詠んだ歌、

 

 

都にて  山の端に  見なれ   波より出でて  波にこそ 入れ

 

し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形

 

なれ=断定の助動詞「なり」の已然形、接続は体言・連体形

 

ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。

 

より=格助詞、(起点)~から、(手段・用法)~で、(経過点)~を通って、(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや。

 

こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。

 

入れ=ラ行四段動詞「入る」の已然形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。

 

都にて  山の端に  見し月なれど  波より出でて  波にこそ入れ

都では、山の端に(出入りするのを)見た月であるけれど、(この海辺では月が)波間から出て、波間に入ってゆくことだ。

 

 

土佐日記『阿倍仲麻呂の歌』現代語訳

 

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