『須磨の秋』
「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら源氏物語『須磨』(げにいかに思ふらむ、~)現代語訳
「げに いかに思ふらむ、わが身一つにより、親はらから、かた時たち離れがたく、
げに(実に)=副詞、なるほど、実に、まことに。本当に。
いかに=副詞、どんなに、どう。
らむ=現在推量の助動詞「らむ」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「いかに」を受けて連体形となっている。基本的に「らむ」は文末に来ると「現在推量・現在の原因推量」、文中に来ると「現在の伝聞・現在の婉曲」
はらから(同胞)=名詞、兄弟姉妹。同じ腹から生まれて来たということで兄弟姉妹
「本当に、(この人たちは)どう思っているのだろう、私一人のために、親兄弟、かた時も離れにくく、
ほどにつけつつ思ふらむ家を別れて、かく惑ひ合へる。」と思すに、
らむ=現在推量の助動詞「らむ」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。
かく(斯く)=副詞、こう、このように
る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
思す=サ行四段動詞「思す(おぼす)」の連体形。「思ふ」の尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。
それぞれに応じて大事に思っているだろう家を離れて、このように一緒にさまよっている。」とお思いになると、
いみじくて、「いとかく思ひ沈むさまを、心細しと思ふらむ。」と思せ ば、
いみじく=シク活用の形容詞「いみじ」の連用形、(いい意味でも悪い意味でも)程度がひどい、甚だしい、とても。
かく(斯く)=副詞、こう、このように
らむ=現在推量の助動詞「らむ」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。基本的に「らむ」は文末に来ると「現在推量・現在の原因推量」、文中に来ると「現在の伝聞・現在の婉曲」
思せ=サ行四段動詞「思す(おぼす)」の已然形。「思ふ」の尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
ひどくかわいそうで、「たいそうこのように(自分が)思い沈んでいるさまを、(この人たちは)心細いと思っているだろう。」とお思いになるので、
昼は何くれとたはぶれごとうちのたまひ紛らはし、つれづれなる ままに、いろいろの紙を継ぎつつ手習ひをし給ひ、
うちのたまひ=ハ行四段動詞「うち宣ふ(うちのたまふ)」の連用形。「言ふ」の尊敬語。「うち」は接頭語で、「少し、ちょっと」などの意味がある。おっしゃる。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意
つれづれなる=ナリ活用の形容動詞「徒然なり(つれづれなり)」の連体形、何もすることがなく手持ちぶさたなさま、退屈なさま
ままに=~にまかせて、思うままに。~するとすぐに。(原因・理由)…なので。「まま(名詞/に(格助詞)」
つつ=接続助詞、①反復「~しては~」②継続「~し続けて」③並行「~しながら」④(和歌で)詠嘆、ここでは①の意味。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
昼はあれこれと冗談をおっしゃって気を紛らわし、退屈であるのにまかせて、さまざまな色の紙を継いでは歌をお書きになり、
めづらしきさまなる唐の綾などにさまざまの絵どもを書きすさび給へ る、屏風のおもてどもなど、いとめでたく、見どころあり。
なる=断定の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である葵の上を敬っている。作者からの敬意。
る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
めでたく=ク活用の形容詞「めでたし」の連用形、みごとだ、すばらしい。魅力的だ、心惹かれる
珍しい唐の綾織物などにさまざまな絵などを興にまかせて描いていらっしゃる、屏風の表の絵などは、とてもすばらしく、見どころがある。
人々の語り聞こえ し海山のありさまを、はるかにおぼしやりしを、御目に近くては、げに及ばぬ磯のたたずまひ、二なく書き集め給へ り。
聞こえ=補助動詞ヤ行下二「聞こゆ」の連用形、謙譲語。動作の対象である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形。もう一つの「し」も同じ。
げに(実に)=副詞、なるほど、実に、まことに。本当に
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
り=存続の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
人々がお話し申し上げた海山の様子を、はるかに遠いものと想像していらっしゃったが、間近にご覧になっては、実に想像の及ばない磯の風景を、この上なく上手に描き集めなさっている。
「このころの上手にす める千枝、常則などを召して、作り絵つかうまつら せ ばや。」と、心もとながり合へ り。
す=サ変動詞「す」の終止形、する。
める=婉曲の助動詞「めり」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。視覚的なこと(見たこと)を根拠にする推定の助動詞である。婉曲とは遠回しな表現。「~のような」と言った感じで訳す。
召し=サ行四段動詞「召す(めす)」の連用形。尊敬語。お呼びになる。取り寄せなさる。「飲む・食ふ・乗る・着る」などの尊敬語であったり、いろいろな意味がある。
つかうまつら=ラ行四段動詞「仕うまつる(つかうまつる)」の未然形、「仕ふ・す・行う・作る」などの謙譲語。お仕えする、お仕え申し上げる。して差し上げる、~し申し上げる。動作の対象である光源氏を敬っている。光源氏にお仕えしている人たちからの敬意。
せ=使役の助動詞「す」の未然形、接続は未然形。「す・さす・しむ」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。
ばや=願望の終助詞、接続は未然形
心許ながり合へ=ハ行四段動詞「心もとながり合ふ」の已然形。
心許ながる(こころもとながる)=ラ行四段動詞。じれったく思う、待ち遠しく思う
り=存続の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
「このごろ世間で名人だとされている千枝・常則などをお呼びになって、(光源氏の描いた絵に)彩色を施させ申し上げたいものだ。」と、じれったく思い合っている。
なつかしう めでたき御さまに、世のもの思ひ忘れて、近う慣れつかうまつるをうれしきことにて、四、五人ばかり ぞ つと 候ひ ける。
なつかしう=シク活用の形容詞「懐かし(なつかし)」の連用形が音便化したもの、親しみが感じられる、親しみやすい。心惹かれる様子だ、慕わしい。
めでたき=ク活用の形容詞「めでたし」の連体形、みごとだ、すばらしい。魅力的だ、心惹かれる
つかうまつる=ラ行四段動詞「仕うまつる(つかうまつる)」の連体形、「仕ふ・す・行う・作る」などの謙譲語。動作の対象である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
ばかり=副助詞、(程度)~ほど・ぐらい。(限定)~だけ。
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
つと=副詞、じっと、ずっと、つくづく。さっと、急に。
候ひ=ハ行四段動詞「候ふ(さぶらふ)」の連用形、謙譲語。お仕えする、(貴人の)お側にお仕えする。動作の対象である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。
(光源氏の)親しみやすく立派なご様子に、世の悩みも忘れて、おそば近くにお仕えするのをうれしいこととして、四、五人ほどがいつもお仕えしていた。
続きはこちら源氏物語『須磨』(前栽の花いろいろ咲き乱れ、おもしろき夕暮れに、~)解説・品詞分解