青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
虎又日ハク、「使ヒシテ回ル日、幸ヒニ取二リ道ヲ他郡一ニ、無三カレ再ビ遊二ブコト此ノ途一ニ。
虎又曰はく「使ひして回る日、幸ひに道を他郡に取り、再び此の途に遊ぶこと無かれ。
※「無二カレA一スル(コト)」=禁止、「Aしてはならない」
虎がまた言うことには、「使者としての仕事を終えて帰る日には、他の郡の道を選んで、二度とこの道を通ってはならない。
吾今日尚ホ悟ムルモ、一日郡テ酔ハバ、
吾今日尚ほ悟むるも一日都て酔はば、
私は今日は心がはっきりしていたが、いつか完全に(虎の心に)酔いしれれば、
則チ君過レグルトキ此ヲ、吾既ニ不レ省セ、将レニ砕二カント足下ヲ於歯牙ノ間一ニ、終ニ成二サン士林之笑一ヒヲ焉。
則ち君此を過ぐるとき、吾既に省せず、将に足下を歯牙の間に砕かんとし、終に士林の笑ひを成さん。
※将=再読文字、「将(まさ)に~んとす」、「~しようとする・~するつもりだ」 ※焉=置き字(断定・強調)
君がここを過ぎても、もう思い出せず、君を牙でかみ砕こうとし、最後には教養人の仲間で笑い者になるだろう
それを成し遂げて笑うだろう。
此レ吾之切祝也。
此れ吾の切祝なり。
これは私の切実な願いだ。
君前ミ去ルコト百余歩、上二リ小山一ニ下視スレバ尽ク見エン。
君前み去ること百余歩、小山に上り下視すれば尽く見えん。
君が百歩余り先に進み、小山に登って見下ろしたならば、すべて見尽くせるだろう。
此ニ将レニ令二メント君ヲシテ見一レ我ヲ焉。
此に将に君をして我を見しめんとす。
※将=再読文字、「将(まさ)に~んとす」、「~しようとする・~するつもりだ」
※令=使役「令二ムAヲシテB一(セ)」→「AをしてB(せ)しむ」→「AにBさせる」
そこで君に私の姿を見せようと思う。
非レズ欲レスルニ矜レラント勇ヲ、令三メントスレバナリ君ヲシテ見テ而不二ラ復タ再ビ過一レギ此ヲ。
勇を矜らんと欲するに非ず、君をして見て復た再び此を過ぎざらしめんとすればなり。
※令=使役「令二ムAヲシテB一(セ)」→「AをしてB(せ)しむ」→「AにBさせる」
勇猛さを誇りたいのではなく、君に私を見てもらい、二度とここを通らないようにさせたいと思うからだ。
則チ知下ラン吾待二ツコト故人一ヲ之不上レルヲ薄カラ也ト。」
則ち吾故人を待つことの薄からざるを知らん。」と。
そうすれば、私の旧友に対する待遇が厚かったことを理解するだろう。」と。
叙レスルコト別レヲ甚ダ久シ。
別れを叙すること甚だ久し。
別れの言葉を長い間述べ合った。
傪乃チ再拝シテ上レリ馬ニ、回-二視スレバ草茅ノ中一ヲ、悲泣所レアリ不レル忍レビ聞クニ。
傪乃ち再拝して馬に上り、草茅の中を回視すれば、悲泣聞くに忍びざる所あり。
傪はそこで丁寧に挨拶して馬に乗り、草むらの中を見回すと、悲しく泣く声が聞くに耐えられないぐらい悲しいものだった。
傪モ亦タ大イニ慟キ、行クコト数里、登レリテ嶺ニ看レレバ之ヲ、
傪も亦た大いに慟き、行くこと数里、嶺に登りて之を看れば、
傪もまた大いに嘆き、数里ほど進み、峰に登って先程までいた辺りを見たところ
則チ虎自二リ林中一躍リ出デテ咆哮シ、巌谷皆震ヘリ。
則ち虎林中より躍り出でて咆哮し、巖谷皆震へり。
虎が林の中から躍り出て大きく吠え、険しい谷を皆震わせるようだった。