青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
まとめはこちら『人虎伝』まとめ
虎曰ハク、「我ニ有二リ旧文数十編一。未レダ行二ハレ於代一ニ。
虎曰はく、「我に旧文数十篇有り。未だ代に行はれず。
※「未ニダ ~ 一(セ)」=再読文字、「未だ ~(せ)ず」、「まだ ~(し)ない」 ※於=置き字(場所)
虎が言うことには、「私には以前に作った詩文が数十編ある。まだ世間で読まれていない。
雖レモ有二リト遺藁一、当二シ尽ク散落一ス。君為レニ我ガ伝録セヨ。
遺藁有りと雖も、当に尽く散落すべし。君我が為に伝録せよ。
※当=再読文字、「当(まさ)に~べし」「~すべきである・きっと~のはずだ」
残っている原稿はあったとしても、きっとすべてばらばらに散っているはずだ。君が私のために記録してくれ。
誠ニ不レルモ能レハ列二スルコト文人之口閾一ニ、然レドモ亦タ貴レブ伝二フルヲ於子孫一ニ也ト。」
誠に文人の口閾に列すること能はざるも、然れども亦た子孫に伝ふるを貴ぶなり。」と。
※「不レ能二ハA一(スル)(コト)」=不可能、「 ~(する)(こと)能はず」「(能力がなくて) ~Aできない」
実を言うと文人たちのうわさにならないとしても、それでも子孫に伝わることを重んじているのである。」と。
傪即チ呼レビ僕ヲ命レジテ筆ヲ、隨二ヒテ其ノ口一ニ書カシム。
傪即ち僕を呼び筆を命じて、其の口に隨ひて書かしむ。
※「命レジテAニB(セ)シム」=使役、「Aに命じてB(せ)しむ」、「Aに命じてBさせる」
傪はすぐに従僕を呼んで記録を命じて、虎の言うとおりに書き取らせた。
近二シ二十章一ニ。文甚ダ高ク、理甚ダ遠シ。閲シテ而歎ズル者、至二ル于再三一ニ。
二十章に近し。文甚だ高く、理甚だ遠し。閲して歎ずる者、再三に至る。
※而=置き字(順接・逆接) ※于=置き字
ニ十編近くあった。文章はとても格調高く、内容も非常に深いものだった。読んで感嘆することが、何度もあった。
虎曰ハク、「此レ吾ガ平生之業也。
虎曰はく、「此れ吾が平生の業なり。
虎が言うことには、「これは私が以前に行った仕事である。
又安クンゾ得二ン寝メテ而不一レルヲ伝ヘ歟ト。」
又安くんぞ寝めて伝へざるを得んや。」と。
※「安クンゾ ~ (セ)ン(ヤ)」=反語、「安くんぞ ~(せ)ん(や)」、「どうして ~(する)だろうか。(いや、~ない)」
またどうして(その仕事を)途中でやめて、(世間に)伝えないでいられようか。(いや、いられない。)」と。
既ニシテ又曰ハク、「吾欲レス為二ラント詩一編一ヲ。
既にして又曰はく、「吾詩一編を為らんと欲す。
やがてまた虎が言うことには、「私は詩を一編作ろうと思う。
蓋シ欲レス表二サント吾ガ外雖レモ異ナリト、而モ中無一レキヲ所レ異ナル。
蓋し吾が外異なりと雖も、而も中異なる所無きを表さんと欲す。
思うに、私の外見は人間とは異なるけれども、しかし中身は異なってはいないことを示したい。
亦タ欲下スル以ツテ道二ヒテ吾ガ懐一ヒヲ、而攄中ベント吾ガ憤上リヲ也ト。」
亦た以つて吾が懐ひを道ひて、吾が憤を攄べんと欲するなり。」と。
またそこで私の思いを言って、私の憤りを述べたいと思うのである。」と。
傪復タ命レジ吏ニ、以レテ筆ヲ授レケシム之ニ。詩ニ曰ハク、
傪復た吏に命じ、筆を以つて之に授けしむ。詩に曰はく、
※「命レジテAニB(セ)シム」=使役、「Aに命じてB(せ)しむ」、「Aに命じてBさせる」
傪はまた役人に命じて、筆で書かせた。その詩に言うことには、
偶因二リテ狂疾一ニ成二リ殊類一ト
偶狂疾に因りて殊類と成り
たまたま病気で発狂して異類のものとなってしまった。
災患相仍リテ不レ可レカラ逃ル
災患相仍りて逃るべからず
災難が互いに重なって逃れられなかった。
今日爪牙誰カ敢ヘテ敵セン
今日爪牙誰か敢へて敵せん
※「誰カ ~ (セ)ン(ヤ)」=反語、「だれが ~だろうか。(いや、だれも ~ない。)」
今ではこの爪や牙に誰があえて挑んでこようか。(いや、こない。)
当時声跡共ニ相高シ
当時声跡共に相高し
あのころ(私と君は)名声と経歴がお互いに高かった。
我ハ為二ル異物一ト蓬茅ノ下
我は異物と為る蓬茅の下
(しかし、)私は獣となって草むらの中にいる。
君ハ已ニ乗レリテ軺ニ気勢豪ナリ
君は已に軺に乗りて気勢豪なり
君はすでに(高官となって)馬車に乗り、その勢いは盛んである。
此ノ夕ベ溪山対二ヒ明月一ニ
此の夕べ溪山明月に対ひ
今夜はこの山谷の中で、名月に向かい、
不レシテ成二サ長嘯一ヲ但ダ成レスト噑ユルヲ
長嘯を成さずして但だ噑ゆるを成すと
声を長く引いて歌うこともできずに、ただ吠えるだけである と。
続きはこちら『人虎伝』(4.3)原文・書き下し文・現代語訳