目次
【登場人物】
和泉式部(いずみしきぶ)=作者であると考えられている。橘道貞(たちばなのみちさだ)と結婚するも夫婦仲は悪く、別居中の際に為尊親王と親しくなった。
故宮(こみや)=為尊親王(ためたかしんのう)のこと。本編の一年前に亡くなった。和泉式部とは恋仲であった。帥宮の兄
帥宮(そちのみや)=敦道親王(あつみちしんのう)のこと。故宮の弟
小舎人童(こどねりわらは)=故宮に仕えていたが、現在は帥宮に仕えている少年
あらすじ
一年前に亡くなった故宮との恋を嘆きながら暮らしていた女(=作者=和泉式部)のもとに、かつて故宮に仕えて今は帥宮に仕えている小舎人童が使いとして橘の花を持ってやって来た。
橘の花を見た女は、故宮のことがしのばれたが、「あなたの声が聞きたい」という趣旨の和歌を帥宮へ返した。
その後、小舎人童から和歌を受け取った帥宮は、「あなたへの気持ちは兄と同じだ」という趣旨の和歌を書いて女へ送った。
本文と解説
「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」という色分けをしています。
原文・解説・現代語訳
夢よりもはかなき 世の中を嘆きわびつつ明かし暮らすほどに、四月十余日にもなりぬれ ば、木の下暗がりもてゆく。
はかなき=ク活用の形容詞「果無し(はかなし)」の連体形、はかない、頼りない。何にもならない。たわいもない。「はか」どることが「無い」というのが語源だと考えられる。
世の中=名詞、男女の仲。世間、社会、現世、この世、などの意味があるが、ここでは男女の仲(和泉式部と亡くなった為尊親王との関係)
つつ=接続助詞、①反復「~しては~」②継続「~し続けて」③並行「~しながら」④(和歌で)詠嘆、ここでは③並行「~しながら」の意味。
ぬれ=完了の助動詞「ぬ」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
もてゆく=カ行四段動詞「もてゆく」の終止形、しだいに~してゆく。「もて」は接頭語で、あまり意味はない。
夢よりもはかない男女の仲を、嘆き悲しみながら日々を明かし暮らすうちに、四月十日過ぎになったので、(たくさん葉がついてきて)木の下がしだいに暗くなってゆく。
築地の上の草青やかなるも、人はことに目もとどめぬを、あはれとながむるほどに、近き透垣のもとに人のけはひのすれば、
ことに(殊に)=副詞、特に、とりわけ。その上、なお。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
あはれ=形容動詞「あはれなり」の語幹。「あはれ」はもともと感動したときに口に出す感動詞であり、心が動かされるという意味を持つ。しみじみと思う、しみじみとした情趣がある
ながむる=下二段動詞「眺(なが)む」の連体形、じっとみる、眺める。物思いに沈む。
けはひ(気配)=名詞、風情、雰囲気
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
築地(土の塀)の上の草が青々としているのも、他の人は特に目もとめないが、しみじみとした思いで眺めている時に、近くの透垣(板や竹で間を透かして作った垣根)のあたりに人の気配がしたので、
誰なら むと思ふほどに、故宮に候ひ し小舎人童なり けり。
なら=断定の助動詞「なり」の未然形、接続は体言・連体形
む=推量の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
宮=天皇の親族、皇族
候ひ=ハ行四段動詞「候ふ(さぶらふ)」の連用形、謙譲語。お仕えする、お仕え申し上げる。動作の対象である為尊親王を敬っている。作者からの敬意。
※「候ふ・侍り(はべり)」は補助動詞だと丁寧語「~です、~ます」の意味であるが、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
※補助動詞=用言などの直後に置いて、その用言に少し意味を添えるように補助する動詞。英語で言う助動詞「canやwill」みたいなもの。
※本動詞=単体で意味を成す動詞、補助動詞ではないもの。
英語だと、「need」には助動詞と通常の動詞としての用法があるが、「候ふ・侍り」も意味は違うがこれみたいなもの
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
なり=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
けり=詠嘆の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形。「けり」は過去の意味で使われることがほとんどだが、①和歌での「けり」②会話文での「けり」③なりけりの「けり」では詠嘆に警戒する必要がある。①はほぼ必ず詠嘆だが、②③は文脈判断
誰だろうと思っていると、亡き宮様(為尊親王)にお仕えしていた小舎人童であったよ。
あはれにもののおぼゆるほどに来たれ ば、「などか久しう見えざり つる。遠ざかる昔の名残にも思ふを。」など言はすれ ば、
あはれに=ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形。「あはれ」はもともと感動したときに口に出す感動詞であり、心が動かされるという意味を持つ。しみじみと思う、しみじみとした情趣がある
おぼゆる=ヤ行下二段動詞「思ゆ・覚ゆ(おぼゆ)」の連帯形。似る、おもかげがある。感じる、思われる。思い出される。
たれ=完了の助動詞「たり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。もう一つの「ば」は②偶然条件「~ところ・~と」
などか=副詞、疑問・反語、どうして~か。「などか」の「か」は係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
ざり=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形。係助詞「か」を受けて連体形となっている。係り結び
すれ=使役の助動詞「す」の已然形、接続は未然形。「す」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。
しみじみとかなしく思われる時に(小舎人童が)来たので、「どうして長く姿を見せなかったのか。遠くなっていく(為尊親王との)昔の思い出の名残とも(あなたのことを)思っているのに。」などと(侍女に)言わせると、
※わざわざ侍女を経由して会話をした理由は、昔の人は上品にふるまうために小声で話していたからである。(違う理由があるかもしれませんが、これも一つの理由のはずです。)
「そのことと候は では、なれなれしきさまに やと、つつましう 候ふうちに、日ごろは山寺にまかりありきてなむ。
候は=ハ行四段動詞「候ふ(さぶらふ)」の未然形、「あり」の丁寧語。言葉の受け手(聞き手)である和泉式部を敬っている。もう一つの「候ふ(連体形)」も同じ
「候ふ」は本動詞だと謙譲語(お仕え申し上げる、お控え申し上げる)と丁寧語(あります、ございます、おります)の二つの可能性があるので注意。補助動詞だと丁寧語(~です・ます)
で=打消の接続助詞、接続は未然形。「ず(打消の助動詞)+して(接続助詞)」→「で」となったもの。
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
や=疑問の係助詞、結びは連体形となるはずだが、ここでは省略されている。「あら(ラ変・未然形)む(推量の助動詞・連体形)」などが省略されていると考えられる。係り結びの省略。
※今回のように係助詞の前に「に(断定の助動詞)」がついている時は「あり(ラ変動詞)」などが省略されている。場合によって敬語になったり、助動詞がついたりする。
「にや・にか」だと、「ある・侍る(「あり」の丁寧語)・あらむ・ありけむ」などが省略されている。訳は「~であろうか/~だったのであろうか」など。
「にこそ」だと、「あれ・侍れ・あらめ・ありけめ」などが省略されている。訳は「~であろう/~でしょう(丁寧語)/~だったのであろう」など。
つつましう=シク活用の形容詞「つつまし」の連用形が音便化したもの。気が引ける、遠慮される
まかりありき=カ行四段動詞「まかりありく」の連用形。「ありく(歩く)」の謙譲語。「罷る(まかる)」は、ラ行四段動詞の謙譲語。「退出する/参る」などの意味がある。
なむ=強調の係助詞、結びは連体形となるが、ここでは省略されている。係り結びの省略。「侍る(丁寧語:ございます)」が省略されている。
「これといった用事もございませんのでは、なれなれしいのではないだろうかと、遠慮しておりますうちに、ふだんは山寺に参っておりました。」
いと頼りなく、つれづれに思ひたまう らるれ ば、
頼り=名詞、頼りにできるもの、よりどころ。縁、ゆかり。手紙、訪問
つれづれに=形容動詞ナリ活用「つれづれなり」の連用形、することがなく退屈な様子、手持ちぶさたな様子。どうしようもなく一人物思いに沈むさま
たまう=補助動詞ハ行下二「たまふ」の未然形「たまへ」が音便化したもの、謙譲語。
※「たまふ」は四段活用と下二段活用の二つのタイプがある。四段活用のときは『尊敬語』、下二段活用のときは『謙譲語』となるので注意。下二段活用のときには終止形と命令形にならないため、活用形から判断できる。四段と下二段のそれぞれに本動詞・補助動詞としての意味がある。
らるれ=自発の助動詞「らる」の已然形、接続は未然形。「らる」は「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があり、「自発」の意味になるときはたいてい直前に「心情動詞(思う、笑う、嘆くなど)・知覚動詞(見る・知るなど)」があるので、それが識別のポイントである。自発:「~せずにはいられない、しぜんと~される」
また、「らる」の接続は未然形の中でも語尾の発音が「e(エ)」のものである。よって、今回は音便化してはいるが、四段活用の「たまは」ではなく下二段活用の「たまへ」の方であり、謙譲語なのだと判断できる。
もし、四段活用の「たまは(未然形)」なのだとしたら、「るれ(自発の助動詞「る」の已然形)」が使われているはずであり、「たまはるれ」と書かれる。
このように、同じ自発の助動詞でも「る」「らる」のどちらが使われているかで直前の敬語が、尊敬、謙譲のどちらなのかを判別できる。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
(為尊親王が亡くなって以来、)たいして頼りとするものもなく、手持ちぶさたであるように思われますので、
御代はりにも見たてまつら むとてなむ、帥宮に参りて候ふ。」と語る。
たてまつら=補助動詞ラ行四段補「奉る」の未然形、謙譲語。動作の対象である帥宮を敬っている
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。係助詞「か」を受けて連体形となっている。係り結び。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
なむ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
参り=ラ行四段動詞「参る」の連用形、「行く」の謙譲語。動作の対象である帥宮を敬っている。
候ふ=ハ行四段動詞「候(さぶら)ふ」の連体形。係助詞「なむ」を受けて連体形となっている。係り結び。謙譲語。お仕えする、お仕え申し上げる。動作の対象である帥宮を敬っている。
※この「候ふ」を丁寧語だと解する説もある。その場合、言葉の受け手(聞き手)である和泉式部を敬っていることになる。
(為尊親王の)御代わりに(お世話を)見申し上げようと思いまして、帥宮のもとに参上してお仕えしています。」と語る。
「いとよきことにこそ あ なれ。その宮は、いとあてに、けけしう おはします なる は。
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び
あ=ラ変動詞「あり」の連体形が音便化して無表記になったもの、「ある」→「あん(音便化)」→「あ(無表記化)」
なれ=推定の助動詞「なり」の已然形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。直前に連体形が来ているためこの「なり」には「断定・存在・推定・伝聞」の四つのどれかと言うことになる。
しかし、直前に音便化したものや無表記化したものがくると「推定・伝聞」の助動詞「なり」である可能性が高い。あとは、文脈判断
あてに=ナリ活用の形容動詞「貴なり(あてなり)」の連用形、上品だ、優雅だ。身分が高い、高貴である。
けけしう=シク活用の形容詞「けけし」の連用形「けけしく」が音便化したもの、親しみにくい、よそよそしい
おはします=補助動詞サ行四段「おはします」の終止形。尊敬語。「おはす」より敬意が高いもの。動作の主体である帥宮を敬っている。敬語を使った和泉式部からの敬意。
なる=伝聞の助動詞「なり」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。直前にある「おはします」は四段活用であり、終止形も連体形も「おはします」なので終止形なのか連体形なのか判別できない。よって「断定・存在・推定・伝聞」の四つのどれなのかは文脈判断するしかない。
は=係助詞
「(それは、)たいそうよいことでしょう。その(弟の)宮様は、とても上品で近づきがたくていらっしゃるそうだが。
昔のやうにはえ しも あら じ。」など言へば、
え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない」
しも=強意の副助詞。訳す際にはあまり気にしなくてもよい。
あら=ラ変動詞「あり」の未然形
じ=打消推量の助動詞「じ」の終止形、接続は未然形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
昔(仕えていたお兄さん)のようではないでしょう。」と(和泉式部が)言うと、
「しか おはしませ ど、いとけ近うおはしまして、『常に参るや。』と問はせおはしまして、
しか(然)=副詞、そのように、その通りに
おはしませ=サ行四段動詞「おはします」の已然形。「あり」の尊敬語。いらっしゃる、おられる、あおりになる。動作の主体である帥宮を敬っている。敬語を使った子舎人童からの敬意。
ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形に付く。
け近う=ク活用の形容詞「気近し」の連用形が音便化したもの、親しい、親しみやすい。「け」は接頭語であり、あまり気にしなくてもよいが、「なんとなく」といった意味がある
参る=ラ行四段動詞「参る」の終止形(あるいは連体形)、「行く」の謙譲語。動作の対象である和泉式部を敬っている。この敬語を使った帥宮からの敬意である。回想の場面であるのでこの敬語を使ったのは帥宮。
※「参る」の下の「や」は疑問を意味するが、終助詞ととらえると「参る」は終止形、係助詞ととらえると「連体形」ということになる。「や」が「疑問」を意味していることさえ分かれば、あとはあまり気にしなくて良い。
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。すぐ下に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「おはしまし」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である帥宮を敬っている。子舎人童からの敬意。
(帥宮様の評判は)そのようでいらっしゃいますが、(実際、帥宮様は)たいそう親しみやすくいらっしゃって、『(お前は)いつも(和泉式部のもとへ)参上するのか。』と(私に)お尋ねになって、
『参り 侍り。』と申し 候ひ つれ ば、
参り=ラ行四段動詞「参る」の連用形、「行く」の謙譲語、動作の対象である和泉式部を敬っている。この敬語を使った子舎人童からの敬意。
侍り=補助動詞ラ変「侍り」の終止形、丁寧語。「侍り」は「候ふ」と同様に、補助動詞だと丁寧語である。言葉の受け手(聞き手)である帥宮を敬っている。回想においての聞き手は帥宮。子舎人童からの敬意
申し=サ行四段動詞「申す」の連用形、「言ふ」の謙譲語。動作の対象である帥宮を敬っている。この敬語を使った子舎人童からの敬意。
候ひ=補助動詞ハ行四段「候ふ」の連用形、丁寧語。「侍り・候ふ」は補助動詞だと丁寧語である。言葉の受け手(聞き手)である和泉式部を敬っている。子舎人童からの敬意。
つれ=完了の助動詞「つ」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
『参上します。』と(私が答えて)申しましたところ、
『これ持て参りて、いかが見給ふとて奉ら せよ。』とのたまはせ つる。」とて、
参り=ラ行四段動詞「参る」の連用形、「行く」の謙譲語、動作の対象である和泉式部を敬っている。この敬語を使った帥宮からの敬意。回想の場面であるのでこの敬語を使ったのは帥宮。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連体形、尊敬語。「いかが」の中に含まれる係助詞「か」を受けて連体形となっている。係り結び。動作の主体である和泉式部を敬っている。この敬語を使った帥宮からの敬意。回想の場面であるのでこの敬語を使ったのは帥宮。
奉ら=ラ行四段動詞「奉る」の未然形、謙譲語。差し上げる。動作の対象である和泉式部を敬っている。
せよ=使役の助動詞「す」の命令形、接続は未然形。「す」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合はほぼ必ず「使役」の意味である。
のたまはせ=サ行下二段動詞「のたまはす」の連用形、「言ふ」の尊敬語。「のたまふ」より敬意が強い。おっしゃる。動作の主体である帥宮を敬っている。この敬語を使った子舎人童からの敬意。
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
『(それならば、)これを持って参上して、どのように御覧になるかと(尋ねて、)差し上げよ。』とおっしゃいました。」と(子舎人童が)言って、
橘の花を取り出でたれ ば、「昔の人の」と言はれて、
たれ=完了の助動詞「たり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
れ=自発の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る」は「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味がある。文脈判断
橘の花を取り出し出たので、「昔の人の」と(私は)自然と口にして、
※「昔の人の」の意味:「五月待つ 花橘の 香をかげば 昔の人の 袖の香ぞす」の歌を指している。
和歌の意味は「五月を待って咲く橘の花の香りをかぐと、昔親しんだ人の袖の香りがすることだ。」
※帥宮が橘の花を和泉式部に贈った理由:上記の和歌の意味から考えると、和泉式部は故宮(為尊親王)のことをまだ思い続けているのかどうかを聞きたかったのだと思われる。
「さらば参り な む。いかが聞こえさす べき。」と言へば、
参り=ラ行四段動詞「参る」の連用形、「行く」の謙譲語。動作の対象である帥宮を敬っている。この敬語を使った子舎人童からの敬意
な=強意の助動詞「ぬ」の未然形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」が来るときには「強意」の意味となる
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
聞こえさす=サ行下二段動詞「聞こえさす」の終止形、「言ふ」の謙譲語。動作の対象である帥宮を敬っている。子舎人童からの敬意。
べき=適当の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「いかが」に含まれる係助詞を受けて連体形となっている。係り結び。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。基本的に文脈判断。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
「それでは、(帥宮のもとに)参上しましょう。どのように(帥宮に)申し上げたらよいでしょうか。」と(子舎人童が)言うので、
言葉にて聞こえさせ むもかたはらいたくて、
聞こえさせ=サ行下二動詞「聞こえさす」の未然形、「言ふ」の謙譲語。動作の対象である帥宮を敬っている。作者(和泉式部)からの敬意。
む=婉曲の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。直後が名詞だと「㋓婉曲」になりがち。ここでは「こと(名詞)」が直後に省略されている。訳:「申し上げる(ような)ことも」。
かたはらいたく=ク活用の形容詞「かたはらいたし」の連用形、恥ずかしい、きまりが悪い。はたで見ていて苦々しい、いたたまれない。
なにか言葉にして申し上げるのも恥ずかしくて、
「何か は。あだあだしくもまだ聞こえ たまは ぬを、はかなきことをも。」と思ひて、
か=反語の係助詞、結びは連体形となる。係り結び
は=強調の係助詞。現代語でもそうだが、疑問文を強調していうと反語となる。「~か!(いや、そうじゃないだろう。)」。なので、「~かは・~やは」とあれば反語の可能性が高い。
「何かは」を直訳すると「何を申し上げようか。いや何とも申し上げようにない。」と言う感じだが、「どうしてどうして・いや、なんの・なあに」などと訳す。
あだあだしく=シク活用の形容詞「あだあだし」の連用形、うわついている、誠実でない
聞こえ=ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の連用形。世に知られる、噂される。「ゆ」には「受身・自発・可能」の意味が含まれたりもしており、「聞こゆ」には多くの意味がある。
たまは=補助動詞ハ行四段「たまふ」の未然形、尊敬語。動作の主体である帥宮を敬っている。和泉式部からの敬意。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
はかなき=ク活用の形容詞「果無し(はかなし)」の連体形、たわいもない、とりとめのない。はかない、頼りない。「はか」どることが「無い」というのが語源だと考えられる。
「なあに、(帥宮は)まだ浮ついたうわさもされていらっしゃらないので、とりとめのない和歌でも(差し上げよう)。」と思って、
薫る香に よそふるよりは ほとどぎす 聞かばや同じ 声やしたると
よそふる=ハ行下二段動詞「寄そふ・比そふ」の連体形、関係づける、かこつける。なぞらえる、比べる
ばや=願望の終助詞、接続は未然形
や=疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び
し=サ変動詞「す」の連用形、する
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形。係助詞「や」を受けて連体形となっている。係り結び
(橘の花の)薫る香にかこつけて(為尊親王をしのぶ)よりは、ほととぎすの鳴き声のように、あなたの声を聞きたい。(為尊親王と)同じ声をしているかどうかと(思うから)。
と聞こえさせ たり。
聞こえさせ=サ行下二動詞「聞こえさす」の連用形、「言ふ」の謙譲語。動作の対象である帥宮を敬っている。作者(和泉式部)からの敬意。
たり=完了の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形。
と申し上げた。
まだ端におはしまし けるに、この童隠れの方に気色ばみ けるけはひを、御覧じつけて、
おはしまし=サ行四段動詞「おはします」の連用形。「あり」の尊敬語。いらっしゃる、おられる、あおりになる。動作の主体である帥宮を敬っている。敬語を使った作者からの敬意。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。もう一つの「ける」も同じ
気色ばみ=マ行四段動詞「気色ばむ」の連用形、様子が外に現れる、様子ありげだ
御覧じつけ=カ行下二動詞「御覧じつく」の連用形、「見付く」の尊敬語。お見付になる。動作の主体である帥宮を敬っている。敬語を使った作者からの敬意。
(帥宮が)まだ縁先にいらっしゃったが、子の童が物陰で様子ありげなふりをしているのを、(それを帥宮が)お見つけになって、
「いかに。」と問はせ給ふに、御文をさし出でたれ ば、御覧じて、
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。すぐ下に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である帥宮を敬っている。敬語を使った作者からの敬意。
たれ=完了の助動詞「たり」の已然形、接続は連用形
御覧じ=サ変動詞「御覧ず」の連用形、「見る」の尊敬語。御覧になる。動作の主体である帥宮を敬っている。敬語を使った作者からの敬意。
「どうであったか。」とお尋ねになったので、お手紙を差し出したところ、御覧になって、
同じ枝に 鳴きつつをりし ほととぎす 声は変わらぬ ものと知らずや
をり=ラ変動詞「居り(をり)」の連用形。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
や=疑問の係助詞
同じ枝に鳴いていたほととぎすのようなものです。(亡き兄と私の)声は変わらないものと(あなたは)知らないのか。
※声は兄と同じであり、女への気持ちもまた兄と同じである。という意味が含まれている。
と書かせ給ひて、賜ふとて、
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。すぐ下に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ひ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である帥宮を敬っている。敬語を使った作者からの敬意。
賜ふ=ハ行四段動詞「賜ふ(たまふ)」の終止形、「与ふ」の尊敬語。お与えになる。動作の主体である帥宮を敬っている。作者からの敬意
とお書きになって、(子舎人童に)お与えになる時に、
「かかること、ゆめ人に言ふな。すきがましき やうなり。」とて、入ら せ給ひぬ。
かかる(斯かる)=連体詞、このような、こういう
ゆめ~な=けっして~するな。
ゆめ=副詞、(打消し・禁止の語を下に伴って)決して、必ず、つとめて
な=終助詞、強い禁止を表す。~(する)な
すきがましき=シク活用の形容詞「好きがまし」の連体形、浮気っぽい、好色めいている
やうなり=比況の助動詞「やうなり」の終止形。接続は連体形・格助詞の「の」。ようである
入ら=ラ行四段動詞「入る」の未然形。入る。下二段活用だと「入らせる」という意味なので注意。直後に尊敬の助動詞「す」が来ているところから未然形だと分かり、四段活用だと判断できる。
※四段と下二段の両方になる動詞があり、下二段になると「使役」の意味が加わる。
例:「立てず」→「立たせない」立て(下二・未然形)
「立たず」→「立たない」立た(四段・未然形)
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。すぐ下に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である帥宮を敬っている。敬語を使った作者からの敬意。
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形
「このようなことを、決して人に言ってはならないよ。好色めいているようだ。」と(帥宮は)言って、お入りになった。
もて来たれ ば、をかしと見れ ど、常はとて御返り聞こえさせ ず。
たれ=完了の助動詞「たり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
をかし=シク活用の形容詞「をかし」の終止形、面白い、趣深い、趣がある、風情がある。素晴らしい。こっけいだ、おかしい。カ行四段動詞「招く(をく)」が形容詞化したもので「招き寄せたい」という意味が元になっている。
見れ=マ行上一動詞「見る」の已然形。上一段活用の動詞は「{ ひ・い・き・に・み・ゐ } る」
ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形に付く。
聞こえさせ=サ行下二動詞「聞こえさす」の未然形、「言ふ」の謙譲語。動作の対象である帥宮を敬っている。作者からの敬意。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
(子舎人童がその歌を和泉式部のもとへ)持ってきたので、面白いと思ったけれど、常に返事をするのはどうかと思って、ご返事は申し上げなかった。
和泉式部日記について簡単な説明
1003年~1004年の約10か月の間の敦道親王(帥宮)と和泉式部との恋愛を描いたもの。帥宮が亡くなった1008年ごろに書かれた作品だといわれている。作者は和泉式部。
帥宮と書かれている通り(※宮=天皇の親族、皇族)、皇族である帥宮との身分差のある恋愛であり、浮き沈みのある恋愛模様を約140首の和歌のやりとりを通して描いている。この章から始まり、恋愛の浮き沈みがあった後、和泉式部が帥宮の屋敷へ迎え入れられ、立場を無くした帥宮の正妻が屋敷を去るまでがこの日記(物語)である。
女=作者=和泉式部であり、自身を「女」と表記して第三者のように描いている。
余談ではありますが、読んでいると身分差を乗り越えた綺麗な恋愛物語のように感じるのですが、お互い不倫している不倫物語ですね。
受験対策として最低限知っておくべき作品知識はこのぐらいでしょう。
ただし、この作品を通して学べる当時の風習や文法は受験においてかなり重要であり、以下のまとめに記載します。
まとめ
定期試験対策としてのまとめ
単語、助動詞、「なむ」の判別、敬語など、基礎知識だけでも重要なものが多くあります。これらは以下のまとめにある問題・解答のページを参考にしてください。
特に敬語に関しては、小舎人童を通してやり取りをしているので、誰から誰への敬意なのかに気をつけましょう。登場人物は、最初に記載した通り、女(和泉式部)、故宮、帥宮、小舎人童、の4人ですからね。(正確に言うと侍女もいますが)
ここでは二重敬語がいくつか使われています。二重敬語は特に敬う必要がある天皇・皇族クラスの人間に対して使われるものです。つまり二重敬語が使われていたら、登場人物の中でも特に地位が高い人間が敬われていると即座に判断できるということです。よって、受験においても二重敬語が使われていたら省略された主語や目的語を判断する材料になるので、いかに重要な表現かということがわかると思います。
また、和歌に含まれる意味にも気を付けてください。少ない文字数で多くの意味が含まれています。前の文脈を受けてだったり、前の和歌を踏まえての意味があるものだったりします。
大学受験対策としてのまとめ
上記の定期試験対策も受験対策を含めていますが、さらに受験だけに限って重要な知識をまとめたいと思います。
作品知識は上記の「和泉式部日記について簡単な説明」を最低限知っておくとよいでしょう。軽くどんな内容なのかを知っておくだけで受験の出典が和泉式部日記であった時に有利です。
また、覚えるべき当時の風習として以下のものがあります。
①大きな声を出さず上品なふるまいをするために召使いを通して話しかけること
②気持ちを伝えるために和歌を読むこと、それに対して返歌を読むこと
古文を読むうえで、省略された主語と目的語を補うことは重要です。①の風習を知らなければ、誰が誰に対して話しかけているのか分かりにくくなることもあります。
また、このお話では侍女を通して小舎人童に話しかける場面がありますが、この風習を知らないとなぜ「言はすれば、」の「すれ」という助動詞の意味を使役と判断するのか理解できません。助動詞の意味は受験でよく問われるものなので、この時にも役に立ちます。
和泉式部日記『夢よりもはかなき世の中・薫る香に』に関するリンクのまとめ
原文と現代語訳を並べて照らし合わせて読みたい人のために
問題と解答
和泉式部日記『夢よりもはかなき世の中・薫る香に』(薫る香に~の和歌まで)問題
和泉式部日記『夢よりもはかなき世の中・薫る香に』(薫る香に~の和歌まで)問題の解答
和泉式部日記『夢よりもはかなき世の中・薫る香に』(同じ枝に~の和歌前後)問題
和泉式部日記『夢よりもはかなき世の中・薫る香に』(同じ枝に~の和歌前後)問題の解答