「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら住吉物語『継母の策謀』現代語訳
中納言、霜月のことなれ ば、その出で立ちをのみ営まれ けれ ば、
なれ=断定の助動詞「なり」の已然形、接続は体言・連体形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
れ=尊敬の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の4つの意味がある。動作の主体である中納言を敬っている。作者からの敬意。
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
中納言は、十一月のことなので、その準備をばかり励んでいなさったところ、
※その準備=十一月の五節の舞に姫君(=本作の主人公)がでることになったのでその準備。
継母、ともに営むけしきにて、下には、人笑われになすよし もがなと思ひ、
気色(けしき)=名詞、様子、状態。ありさま、態度、そぶり。
由(よし)=名詞、旨、趣旨、事情
もがな=願望の終助詞、「~があればなあ、~であってほしいものだ」
継母も、一緒に(準備に)励む様子で、心の中では、(姫君を)笑いものにする方法があればなあと思い、
人静まれる時に中納言に聞こゆるやう、「聞きながら 申さ ざら んはうしろめたきことなれ ば、申す なり。
る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
聞こゆる=ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の連体形、「言ふ」の謙譲語。申し上げる。動作の対象である中納言を敬っている。作者からの敬意。
ながら=接続助詞、次の③の意味で使われている。
①そのままの状態「~のままで」例:「昔ながら」昔のままで
②並行「~しながら・~しつつ」例:「歩きながら」
③逆接「~でも・~けれども」 例:「敵ながら素晴らしい」
④そのまま全部「~中・~全部」例:「一年ながら」一年中
申さ=サ行四段動詞「申す」の未然形、「言ふ」の謙譲語。動作の対象である中納言を敬っている。継母からの敬意。
ざら=打消の助動詞「ず」の未然形、接続は未然形
ん=婉曲の助動詞「む」の連体形が音便化したもの、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。直後に体言があると婉曲になりがち。訳:「申し上げない(ような)のは」
うしろめたき=ク活用の形容詞「うしろめたし」の連体形、心配だ、気がかりだ、不安だ。
なれ=断定の助動詞「なり」の已然形、接続は体言・連体形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
申す=サ行四段動詞「申す」の連体形、「言ふ」の謙譲語。動作の対象である中納言を敬っている。継母からの敬意。
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
人々が寝静まっている時に(継母が)中納言に申し上げることには、「耳にしているのに申し上げないのは気がかりなので、申し上げるのです。
この対の御方をばわが娘たちにもすぐれておはせ しとこそ思ひ侍るに、
ば=係助詞。強調する意味があるが、訳す際には無視して構わない。
すぐれ=ラ行下二段動詞「優る/勝る(すぐる)」の連用形、すぐれる、他よりまさる。
おはせ=補助動詞サ変「おはす」の未然形、尊敬語。動作の主体である対の御方(=姫君)を敬っている。継母からの敬意。
し=過去の助動詞「き」の連体形。接続は連用形だが、直前にカ変・サ変動詞を置くときは、例外的に未然形にする。ただし直前にサ変動詞で過去の助動詞「き」をそのまま終止形で使う時は、原則通り接続を連用形にして「サ変動詞の連用形 + き(過去の助動詞の終止形)」とする。(例:おはしき)
こそ=強調の係助詞。結びは已然形となるが、係り結びの消滅が起こっている。本来の結びは「侍る」の部分であるであるが、接続助詞「に」が来ているため、結びの部分が消滅してしまっている(=文末ではなくなっている)。これを「係り結びの消滅(流れ)」と言う。
侍る=補助動詞ラ変「侍り(はべり)」の連体形、丁寧語。言葉の受け手(聞き手)である中納言を敬っている。継母からの敬意。本来なら「こそ」を受けて已然形になるはずだったが、接続助詞「に」があるために連体形となっている。係り結びの消滅(流れ)。
※「候(さうらふ/さぶらふ)・侍り(はべり)」は補助動詞だと丁寧語「~です、~ます」の意味であるが、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
この対の御方(=姫君)を私の娘たちよりも優れていらっしゃったと思っていますのに、
この八月よりのことをつゆ知らざり ける よ。」とて、そら泣きをしけれ ば、
より=格助詞、(起点)~から。(手段・用法)~で。(経過点)~を通って。(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや。
つゆ=「つゆ」の後に打消語(否定語)を伴って、「まったく~ない・少しも~ない」となる重要語。ここでの否定語は「ざり」。
ざり=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
よ=間投助詞
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
この八月からのことをまったく知らなかったことよ。」と言って、うそ泣きをしたので、
中納言、あきれて、「こは何ぞ。」と問ひ給へ ば、
あきれ=ラ行下二段動詞「呆る(あきる)」の連用形、途方に暮れる
ぞ=強調の係助詞
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である中納言を敬っている。作者からの敬意。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
中納言が、途方に暮れて、「これはどうしたことだ。」とお尋ねになると、
「六角堂の別当法師とか やいふ、あさましき法師の、姫君のもとへ通ひけるが、
か=疑問の係助詞
や=間投助詞
あさましき=シク活用の形容詞「あさまし」の連体形。なさけない、嘆かわしい。驚きあきれる、意外でびっくりすることだ。あまりのことにあきれる。
の=格助詞、用法は同格。「で」に置き換えて訳すと良い。「あさましき法師の、姫君のもとへ通ひけるが、」→「あきれた法師で、姫君のもとへ通っていた者が、」
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
(継母は、)「六角堂の別当法師とかいう、あきれた法師で、姫君のもとへ通っていた者が、
この暁も寝過ぐしたり ける に や、対の格子を放ちて、人の見るともなく出でに けることの心憂さ よ。」とて、
たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
や=疑問の係助詞、結びは連体形となるはずだが、ここでは省略されている。「あら(ラ変・未然形)む(推量の助動詞・連体形)」などが省略されていると考えられる。係り結びの省略。
※今回のように係助詞の前に「に(断定の助動詞)」がついている時は「あり(ラ変動詞)」などが省略されている。場合によって敬語になったり、助動詞がついたりする。
「にや・にか」だと、「ある・侍る(「あり」の丁寧語)・あらむ・ありけむ」など
「にこそ」だと、「あれ・侍れ・あらめ・ありけめ」など
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
心憂さ=名詞、つらさ、情けなさ。
よ=間投助詞
今朝の明け方にも寝過ごしてしまったのであろうか、(姫君が住んでいる)対の格子を開け放って、人が見ているとも知らずに出て行ったことの情けなさよ。」と言って、
「これ、偽りなら ば、仏神など、げにげに。」と言ひけれ ば、
なら=断定の助動詞「なり」の未然形、接続は体言・連体形
ば=接続助詞、直前が未然形であり、④仮定条件「もし~ならば」の意味で使われている。
げに(実に)=副詞、なるほど、実に、まことに。本当に。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
「これが、偽りであるならば、仏神など、本当に本当に。」と言ったところ、
中納言、「よも、さることはあらじ。女房などの中にぞさることはあるらん。」とのたまひ けれ ば、
よも=副詞、下に打消推量の助動詞「じ」を伴って、「まさか~、よもや~、いくらなんでも~」。
さる=連体詞、あるいはラ変動詞「然り(さり)」の連体形、そうだ、そうである。適切である、ふさわしい、しかるべきだ。
じ=打消推量の助動詞「じ」の終止形、接続は未然形
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
らん(らむ)=現在推量の助動詞「らむ」の連体形が音便化したもの、接続は終止形(ラ変なら連体形)。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。基本的に「らむ」は文末に来ると「現在推量・現在の原因推量」、文中に来ると「現在の伝聞・現在の婉曲」
のたまひ=ハ行四段動詞「のたまふ(宣ふ)」の連用形。「言ふ」の尊敬語。おっしゃる。動作の主体である中納言を敬っている。作者からの敬意。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
中納言は、「まさか、そんなことはあるまい。女房などの中にそういうことがあるのだろう。」とおっしゃったので、
「中の格子を放ちて出でける。うはの空なることをばいかで。よくよく聞きてこそ。」など言ひ給へ ども、
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
いかで=副詞、(疑問・反語で)どうして、どのようにして、どういうわけで。どうにかして。どうであろうとも、なんとかして。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である継母を敬っている。作者からの敬意。
ども=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
(継母は、)「中の格子を開け放って出て行った(と確かに聞きました)。いい加減なことをどうして(言いましょうか)。よくよく聞いて(あなたにお話しするのです)。」などと言いなさるけれども、
なほ、げにと思ひ給は ざり けり。
なほ=副詞、やはり、そのまま、依然として。さらに。それでもやはり。
げに(実に)=副詞、なるほど、実に、まことに。本当に。
給は=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の未然形、尊敬語。動作の主体である中納言を敬っている。作者からの敬意。
ざり=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
(中納言は、)やはり、(継母の言うことに対して)なるほどとはお思いにならなかった。
※中納言は継母の言うことを信じなかった。
継母、三の君の乳母に、きはめて心むくつけかり ける女に、聞こえあはするやう、
むくつけかり=ク活用の形容詞「むくつけし」の連用形、気味が悪い、不気味だ。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
聞こえあはする=サ行四段動詞「聞こえ合はす」の連体形、「言ひ合はす(意味:話し合う)」の謙譲語。ご相談申し上げる。動作の対象であるきはめて心むくつけかりける女を敬っている。作者からの敬意。
継母は、三の君の乳母で、非常に性格の悪かった女に、ご相談申し上げることには、
「この対の君をわが娘たちに思ひまし給へ るがねたさに、とかく言へども かなは ぬ、いかが すべき。」と言へば、
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である中納言を敬っている。継母からの敬意。
る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
ども=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
かなは=ハ行四段動詞「叶ふ・適ふ(かなふ)」の未然形。思い通りになる。ぴったりである、適合する。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
いかが=副詞、どんなに ~か。どうして ~か。
べき=適当の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
「この対の君(=姫君)を私の娘たちよりも優れていると(中納言が)思っていらっしゃることが妬ましくて、あれこれ言うけれども思い通りにならない、どうしたらよいか。」と言うと、
むくつけ女、「我もやすからずは侍れ ども、思ひながらうち過ぐし候ひ つるに、うれしく。」とて、
むくつけ女=名詞、性悪女、意地悪女
むくつけし=ク活用の形容詞、気味が悪い、不気味だ。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
侍れ=ラ変動詞「侍り(はべり)」の已然形、「あり・居り」の丁寧語。言葉の受け手(聞き手)である継母を敬っている。きはめて心むくつけかりける女からの敬意。
※「候ふ(さぶらふ)・侍り(はべり)」は補助動詞だと丁寧語「~です、~ます」の意味であるが、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
ども=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
候ひ=補助動詞ハ行四段「候ふ(さぶらふ)」の連用形、丁寧語。言葉の受け手(聞き手)である継母を敬っている。きはめて心むくつけかりける女からの敬意。
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
性悪女は、「私も心中穏やかではございませんけれども、(継母と同じように)思いながら過ごしておりましたので、うれしく(思います)。」と言って、
ささめきあはせて、その後、三日ありて、あやしき法師を語らひ、
あやしき=シク活用の形容詞「怪し・奇し/賤し(あやし)」の連体形、不思議だ、変だ。/身分が低い、卑しい。見苦しい、みすぼらしい。
ひそひそと相談して、その後、三日たって、みすぼらしい法師を仲間に引き入れ、
中納言に聞こゆるやうは、「偽りとぞ 思し たり しに、ただ今、かの法師、出づるなり。」
聞こゆる=ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の連体形、「言ふ」の謙譲語。申し上げる。動作の対象である中納言を敬っている。作者からの敬意。
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
思し=サ行四段動詞「思す(おぼす)」の連用形、「思ふ」の尊敬語。動作の主体である中納言を敬っている。継母からの敬意。
たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
かの(彼の)=あの、例の。「か(代名詞)/の(格助詞)」と品詞分解する。
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
(継母が)中納言に申し上げることには、「(先日の私の話をあなたは)嘘だとお思いになったけれど、ちょうど今、例の法師が、出てきたところです。
と聞こゆれ ば、見給ひ ける時に出てに ける。
聞こゆれ=ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の已然形、「言ふ」の謙譲語。申し上げる。動作の対象である中納言を敬っている。作者からの敬意。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である中納言を敬っている。作者からの敬意。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。もう一つの「ける」も同じ。
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
と申し上げるので、(中納言が)ご覧になった時に(法師が姫君の部屋から)出てきた。
「あな、ゆゆし や。幼くては母に後れて、また、乳母さへに離れて、
あな=感動詞、ああ、あら、まあ
ゆゆし=シク活用の形容詞「忌々し(ゆゆし)」の終止形、触れてはならない神聖なことが原義。おそれ多い。不吉だ、忌まわしい。(良くも悪くも)程度がはなはだしい。
や=間投助詞
さへ=副助詞、添加(~までも)。類推(~さえ)。
(中納言は)「ああ、ひどいことだ。幼くして母に先立たれて、また乳母とまでも離れて、
あはれ、果報わろきものとは思へども、あな、あさまし。」とて、入り給ひ ぬ。
あはれ=感動詞、ああ、あれ
わろき=ク活用の形容詞「悪し(わろし)」の連体形。良くない、好ましくない。「よし>よろし≧普通≧わろし>あし」みたいなイメージ。
ども=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
あな=感動詞、ああ、あら、まあ
あさまし=シク活用の形容詞「あさまし」の終止形。驚きあきれる、意外でびっくりすることだ。あまりのことにあきれる。なさけない、嘆かわしい。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である中納言を敬っている。作者からの敬意。
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形
ああ、前世での行いによる報いが良くない者とは思っていたが、ああ、驚きあきれることだ。」と言って、(部屋へ)お入りになった。
※果報=前世での行いによる報い。
さて、宮仕へのことは思しとどまり ぬ。
さて=接続詞、(話題を変えるときに、文頭において)さて、ところで、そこで。そのままで、そういう状態で。
思しとどまり=ラ行四段動詞「思しとどまる(おぼしとどまる)」の連用形。「思ひとどまる」の尊敬語。動作の主体である中納言を敬っている。作者からの敬意。
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形
そうして、(姫君の)入内の件は考え直して取りやめなさった。
中納言、対におはし けれ ば、姫君、何心なく居給ふに、向かひて、
おはし=サ変動詞「おはす」の連用形、「あり・居り・行く・来」の尊敬語。いらっしゃる、おられる、あおりになる。動作の主体である中納言を敬っている。作者からの敬意。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連体形、尊敬語。動作の主体である対の御方(=姫君)を敬っている。作者からの敬意。
中納言が、(姫君が住んでいる)対にお行きになったところ、姫君は、無邪気に座っていらっしゃるので、(姫君に)向かって、
「いみじきことのみ出でくることの、あさましさ よ。」とのたまへ ば、
いみじき=シク活用の形容詞「いみじ」の連体形、(いい意味でも悪い意味でも)程度がひどい、甚だしい、とても。
あさましさ=名詞、事の意外さに驚きあきれる様子を表す。あきれるほど情けないこと
よ=間投助詞、詠嘆・感動などを表す
のたまへ=ハ行四段動詞「のたまふ(宣ふ)」の已然形。「言ふ」の尊敬語。おっしゃる。動作の主体である中納言を敬っている。作者からの敬意。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
「ひどいことばかり出てくることの、情けないことよ。」と(中納言が)おっしゃるので、
姫君も、何ごとに やと思ひ給へ り。
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
や=疑問の係助詞、結びは連体形となるはずだが、ここでは省略されている。「あら(ラ変・未然形)む(推量の助動詞・連体形)」などが省略されていると考えられる。係り結びの省略。
※今回のように係助詞の前に「に(断定の助動詞)」がついている時は「あり(ラ変動詞)」などが省略されている。場合によって敬語になったり、助動詞がついたりする。
「にや・にか」だと、「ある・侍る(「あり」の丁寧語)・あらむ・ありけむ」など
「にこそ」だと、「あれ・侍れ・あらめ・ありけめ」など
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である対の御方(=姫君)を敬っている。作者からの敬意。
り=完了の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
姫君も、何の事であろうかとお思いになった。
中納言、立ちざまに侍従を呼びてのたまふ、
のたまふ=ハ行四段動詞「のたまふ(宣ふ)」の連体形。「言ふ」の尊敬語。おっしゃる。動作の主体である中納言を敬っている。作者からの敬意。
中納言が、帰り際に侍従を呼んでおっしゃることに、
「あさましきことを聞けば、内参りはとどまりぬ。」とばかりありて帰り給へ ば、
あさましき=シク活用の形容詞「あさまし」の連体形。驚きあきれる、意外でびっくりすることだ。あまりのことにあきれる。なさけない、嘆かわしい。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形
ばかり=副助詞、(程度)~ほど・ぐらい。(限定)~だけ。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である中納言を敬っている。作者からの敬意。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
「あきれたことを聞いたので、入内は中止になった。」とだけあってお帰りになると、
心得 ぬことなれ ば、言ひやる方なくてやみ に けり。
心得(こころえ)=ア行下二段動詞「心得(こころう)」の未然形。心得る、(事情などを)理解する。ア行下二段動詞は「得・心得・所得」だけのはずなので覚えておいた方がよい。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
なれ=断定の助動詞「なり」の已然形、接続は体言・連体形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
やみ=マ行四段動詞「止む」の連用形。終わる、(続いていたことが)中止になる。
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
(姫君は)身に覚えのないことであるので、言うすべもなくて(その場は)終わってしまった。