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宇治拾遺物語『猟師、仏を射ること』(1)(2)現代語訳

「黒=原文」・「青=現代語訳

解説・品詞分解はこちら宇治拾遺物語『猟師、仏を射ること』(1)解説・品詞分解

 

 

昔、愛宕(あたご)の山に、久しく行ふ(ひじり)ありけり。年ごろ行ひて、(ぼう)()づることなし。

 

昔、愛宕の山に、長らく修行をしている僧がいた。長年修行して、寺を出たことがなかった。

 

 

西の方に猟師あり。この聖を(とうと)みて、つねにはまうでて、物(たてまつ)りなどしけり。

 

西の方に猟師が住んでいた。この僧を尊敬して、常日ごろ参って、物をさし上げたりなどしていた。

 

 

久しく参らざりければ、()(ぶくろ)()(いい)など入れてまうでたり。

 

(ある時、)長らく参らなかったので、餌袋に干し飯などを入れて(僧のもとへ)参った。

 

 

聖喜びて、日ごろのおぼつかさなどのたまふ。

 

僧は喜んで、(猟師と会わずに過ごした)日々の心細さなどをお話しになる。

 

 

その中に、居寄りてのたまふやうは、「このほどいみじく尊きことあり。

 

その話の中で、座って近づいておっしゃることには、「このごろ、たいへん尊いことがある。

 

 

この年ごろ、()(ねん)なく経をたもち奉りてある験やらん、この夜ごろ、()(げん)()(さつ)、象に乗りて見え(たま)ふ。

 

この長年の間、一心にお経を大切にして読み続け申していたご利益であろうか、このごろ毎晩、普賢菩薩が、象に乗ってお見えになる。

 

 

今宵(こよい)とどまりて(おが)み給へ。」と言ひければ、

 

今夜は(ここに)泊まって拝みなさい。」と言ったので、

 

 

この猟師、「世に尊きことにこそ候ふなれ。さらば泊まりて拝み奉らむ。」とてとどまりぬ。

 

この猟師は、「まことに尊い事であるようです。それでは泊まって拝み申し上げましょう。」と言って泊まった。

 

 

さて、聖の使ふ(わらわ)のあるに問ふ。「聖のたまふやう、いかなることぞや。

 

さて、(猟師は)僧が使っている少年がいたので尋ねた。「僧がおっしゃることは、どういうことなのか。

 

 

おのれもこの仏をば拝み参らせたりや。」と問へば、

 

おまえもこの仏を拝み申し上げたのか。」と尋ねると、

 

 

童は、「五、六度ぞ見奉りて候ふ。」と言ふに、

 

少年は、「五、六度拝見してございます。」と言うので、

 

 

猟師、「我も見奉ることもやある。」とて、聖の後ろに、いねもせずして起きゐたり。

 

猟師は、「私も拝見することもあるか。」と思って、僧の後ろで、寝もせずに起きていた。

 

 

九月二十日のことなれば、夜も長し。

 

九月二十日のことであったので、夜も長い。

 

 

今や今やと待つに、夜半(よは)過ぎぬらむと思ふほどに、東の山の嶺より月の出づるやうに見えて、(みね)(あらし)もすさまじきに、

 

今か今かと待っていると、夜中も過ぎているだろうと思うころに、東の山の嶺から月が出るように見えて、嶺の嵐も寒々と吹く時に、

 

 

この坊の内、光さし入りたるやうにて明くなりぬ。

 

この寺の中に、光が差し込んだように明るくなった。

 

 

見れば、普賢菩薩象に乗りてやうやうおはして、坊の前に立ち給へり。

 

見ると、普賢菩薩が象に乗ってゆっくりとおいでになって、寺の前にお立ちになった。

 

(2)

 

聖泣く泣く拝みて、「いかに、ぬし殿は拝み奉るや。」と言ひければ、

 

僧は泣きながら拝んで、「どうだ、あなたは拝み申し上げたか。」と言ったので、

 

 

「いかがは。この童も拝み奉る。をいをい、いみじう尊し。」とて、

 

(猟師は、)「どうして(拝み申さないことがありましょうか)。この少年も拝み申して上げています。ええ、とても尊い。」と言って、

 

 

猟師思ふやう、「聖は年ごろ経をもたもち、読み給へばこそ、その目ばかりに見え給はめ、

 

猟師が思うことには、「僧は長年お経を大切にし、読んでいらっしゃるからこそ、その目だけにはお見えになるのでしょうけれど、

 

 

この童、我が身などは、経の向きたる方も知らぬに、見え給へるは心は得られぬことなり。」と、心のうちに思ひて、

 

この少年や、私などは、お経の向いている方向も分からないのに、(仏が)お見えになるのは納得できないことだ。」と、心の中で思って、

 

 

「このこと試みてむ、これ罪得べきことにあらず。」と思ひて、

 

「このことを試してみよう、これは罪を得るはずのことではない。」と思って、

 

 

とがり矢を弓につがひて、聖の拝み入りたる上よりさし越して、弓を強く引きて、ひやうと射たりければ、

 

先の鋭くとがった矢を弓につがえて、僧が拝み込んでいる上から頭越しに、弓を強く引いて、ひゅうと射たところ、

 

 

御胸のほどに当たるやうにて、火を打ち消つごとくにて光も失せぬ。谷へとどろめきて逃げ行く音す。

 

(仏の)御胸のあたりに当たったようで、火を打ち消すように光も消えてしまった。谷へ大きな音が鳴り響いて逃げて行く音がする。

 

 

聖、「これはいかにし給へるぞ。」と言ひて、泣き惑ふこと限りなし。

 

僧は、「これはどうなさったのか。」と言って、泣き乱れることはこの上ない。

 

 

男申しけるは、「聖の目にこそ見え給はめ、

 

男(=猟師)が申し上げたことには、「僧の目には(仏の姿が)お見えになるのでしょうけれど、

 

 

我が罪深き者の目に見え給へば、試み奉らむと思ひて射つるなり。

 

私のような罪深い者の目にもお見えになるので、お試ししようと思って射たのです。

 

 

実の仏ならば、よも矢は立ち給はじ。

 

本当の仏であるならば、まさか矢はお立ちになるまい。

 

 

さればあやしき物なり。」と言ひけり。

 

(しかし、矢が立った。)そうであれば、怪しいものです。」と言った。

 

 

夜明けて、血をとめて行きて見れば、一町ばかり行きて、谷の底に大きなる(たぬき)、胸よりとがり矢を射通されて死して()せりけり。

 

夜が明けて、血の跡をたどって行って見ると、一町ほど行って、谷の底に大きな狸が、胸から矢を射通されて死んで横たわっていた。

 

 

聖なれど、無知なれば、かやうに化かされけるなり。

 

僧ではあるけれど、無知なので、このように化かされたのである。

 

 

猟師なれど、おもんばかりありければ、狸を射殺し、その化けをあらはしけるなり。

 

猟師であるけれど、思慮があったので、狸を射殺し、その化けの皮をはいだのである。

 

 

宇治拾遺物語『猟師、仏を射ること』(1)解説・品詞分解

 

宇治拾遺物語『猟師、仏を射ること』(2)解説・品詞分解

 

 

 

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