「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら方丈記『養和の飢饉』(1)(2)(3)現代語訳
前の年、かくのごとくからうじて暮れぬ。
かく(斯く)=副詞、こう、このように
からうじて=副詞、かろうじて、やっとのことで。「辛くして」が音便化したもの
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形
前の年は、このようにしてやっとのことで年が暮れた。
明くる年は立ち直るべき かと思ふほどに、あまりさへ疫癘うち添ひて、まさざまに跡形なし。
べき=推量の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
か=疑問の係助詞
翌年は立ち直るだろうかと思っていると、その上に(=飢饉に加えて)疫病までが加わって、いっそうひどくなり、(立ち直る兆しは)跡形もない。
世の人みなけいしぬれ ば、日を経つつ窮まりゆくさま、少水の魚のたとへにかなへ り。
ぬれ=完了の助動詞「ぬ」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
かなへ=ハ行四段動詞「叶ふ・適ふ(かなふ)」の已然形。思い通りになる。ぴったりである、適合する。
り=存続の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
世間の人々は皆飢えてしまったので、日が経つにつれて困窮していくありさまは、「少水の魚」のたとえにぴったりである。
はてには笠うち着、足ひき包み、よろしき姿したるもの、ひたすらに家ごと乞ひ歩く。
よろしき=ク活用の形容詞「宜し(よろし)」の連体形。まあよい、悪くない。ふさわしい。「よし>よろし≧普通≧わろし>あし」みたいなイメージ。
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
ついには笠をかぶり、足を包み、よい身なりをしている者が、ひたすら家ごとに物乞いをして歩きまわっている。
かく わび しれ たるものどもの、歩くかと見れば、すなはち倒れ伏しぬ。
かく(斯く)=副詞、こう、このように
わび=バ行上二段動詞「侘ぶ(わぶ)」の連用形、困る、つらいと思う、寂しいと思う。
しれ=ラ行下二段動詞「痴る(しる)」の連用形、ぼける、愚かになる。
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
か=疑問の係助詞
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形
このように困窮してぼけたようになった人々は、歩いているかと見ると、いきなり倒れ伏してしまった。
築地のつら、道のほとりに、飢ゑ死ぬるもののたぐひ、数も知らず。
つら(面)=名詞、そば、ほとり
飢ゑ=ワ行下二段動詞「飢う(うう)」の連用形、ワ行下二段活用の動詞は「植う(うう)」・「飢う(うう)」・「据う(すう)」の3つしかないと思ってよいので、大学受験に向けて覚えておくとよい。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
土塀のそばや、道端には、飢え死にした者のたぐいが、数えきれない。
取り捨つるわざも知らね ば、臭き香、世界に満ち満ちて、変はりゆくかたちありさま、目も当てられ ぬこと多かり。
わざ=名詞、こと、事の次第。おこなひ、動作、しわざ、仕事。仏事、法事、法会
ね=打消の助動詞「ず」の已然形、接続は未然形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
容貌(かたち)=名詞、姿、容貌、外形、顔つき
られ=可能の助動詞「らる」の未然形、接続は未然形。「る」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。平安以前では下に打消が来て「可能」の意味で用いられることが多い。平安以前では「可能」の意味の時は下に「打消」が来るということだが、下に「打消」が来ているからといって「可能」だとは限らない。鎌倉以降は「る・らる」単体でも可能の意味で用いられるようになった。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
多かり=ク活用の形容詞「多し」の終止形。「多かり」は活用表で判断すると連用形であり、終止形ではないはずだが、このように終止形として使うことがある。 同様の例外として「同じ(シク活用)」が存在する。例:「同じ(連体形)/顔(名詞)」
(死体を)取り片づける方法も分からないので、くさいにおいが、辺り一面に充満し、(腐って)変わってゆく顔や(体の)様子は、目も当てられないことが多い。
いはんや、河原などには、馬・車の行き交ふ道だになし。
だに=副助詞、類推(~さえ・~のようなものでさえ)。強調(せめて~だけでも)。添加(~までも)
まして、(鴨川の)河原などには、(死体が散らばっていて)馬や車が行き来する道さえない。
あやしき賤、山がつも力尽きて、薪さへ乏しくなりゆけば、頼むかたなき人は、自らが家をこぼちて、市に出でて売る。
あやしき=シク活用の形容詞「怪し・奇し/賤し(あやし)」の連体形、不思議だ、変だ。/身分が低い、卑しい。見苦しい、みすぼらしい
さへ=副助詞、添加(~までも)。類推(~さえ)。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
頼む=マ行四段動詞「頼む(たのむ)」の連体形。頼みに思う、あてにする。
※四段活用と下二段活用の両方になる動詞があり、下二段になると「使役」の意味が加わり、「頼みに思わせる、あてにさせる」といった意味になる。
こぼち=タ行四段動詞「毀つ(こぼつ)」の連用形、壊す、崩す。
身分の低い者や、木こりも力尽きて、薪までも乏しくなってゆくので、あてにする方法がない人は、自分の家を壊して、(それを薪として)市場に出て売る。
一人が持ちて出でたる価、一日が命にだに及ばずとぞ。
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
だに=副助詞、類推(~さえ・~のようなものでさえ)。強調(せめて~だけでも)。添加(~までも)
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
ぞ=強調の係助詞
一人が持って出た(薪の)値段は、一日の命(をつなぐ食料の代金)にさえ及ばないということだ。
あやしき事は、薪の中に、赤き丹着き、箔など所々に見ゆる木、あひまじはりけるを尋ぬれば、
あやしき=シク活用の形容詞「怪し・奇し/賤し(あやし)」の連体形、不思議だ、変だ。/身分が低い、卑しい。見苦しい、みすぼらしい
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
不思議なことは、薪の中に、赤い丹(=塗料)が付着し、(金箔や銀箔といった)箔などが所々に見える木が、まじっていたのを調べてみると、
すべきかたなき者、古寺に至りて仏を盗み、堂の物の具を破り取りて、割り砕ける なり けり。
すべきかたなし=どうしようもない。「す(サ変動詞・終止形)/べき(可能の助動詞・連体形)/方(名詞)/無き(ク活用の形容詞・連体形)」
べき=可能の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
る=完了の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
なり=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
どうしようもなくなった者が、古寺に行って仏像を盗み、お堂の仏具を壊し取って、(薪として売るために)割り砕いたのであった。
濁悪世にしも生まれ合ひて、かかる 心憂き わざをなん見侍り し。
しも=強意の副助詞。強意なので訳す際には気にしなくても良い。「し」=強意の副助詞 「も」=強調の係助詞
かかる=連体詞、あるいはラ変動詞「かかり」の連体形。このような、こういう。
心憂き=ク活用の形容詞「心憂し(こころうし)」の連体形、いやだ、不愉快だ。情けない、つらい。残念だ、気にかかる。
わざ=名詞、こと、事の次第。おこなひ、動作、しわざ、仕事。仏事、法事、法会
なん(なむ)=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
侍り=補助動詞ラ変「侍り(はべり)」の連用形、丁寧語。
※「候(さうらふ/さぶらふ)・侍り(はべり)」は補助動詞だと丁寧語「~です、~ます」の意味であるが、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形。係助詞「なん(なむ)」を受けて連体形となっている。係り結び。
穢れや罪悪に満ちた末法の世に生まれ合わせて、このような情けない行いを見たことでした。
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