「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら大和物語『生田川(いくたがわ)』現代語訳(1)(2)
「申さ むと思ひたまふるやうは、この川に浮きてはべる水鳥を射たまへ。
申さ=サ行四段動詞「申す」の未然形、「言ふ」の謙譲語。動作の対象である男たちを敬っている。
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
たまふる=補助動詞下二「給ふ(たまふ)」の連体形、謙譲語。動作の対象である男たちを敬っている。
※「たまふ」は四段活用と下二段活用の二つのタイプがある。四段活用のときは『尊敬語』、下二段活用のときは『謙譲語』となるので注意。下二段活用のときには終止形と命令形にならないため、活用形から判断できる。四段と下二段のそれぞれに本動詞・補助動詞としての意味がある。
はべる=補助動詞ラ変「侍り(はべり)」の連体形、丁寧語。言葉の受け手(聞き手)である男たちを敬っている。
※「候(さうらふ/さぶらふ)・侍り(はべり)」は補助動詞だと丁寧語「~です、~ます」の意味であるが、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
たまへ=補助動詞四段「給ふ(たまふ)」の命令形、尊敬語。動作の主体である男たちを敬っている。
「申し上げようと思っておりますことは、この川に浮いております水どりを射なさってください。
それを射あてたまへ ら む人に奉ら む。」と言ふ時に、
たまへ=補助動詞四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である男たちを敬っている。
ら=完了の助動詞「り」の未然形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
む=婉曲の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。
奉ら=ラ行四段動詞「奉る(たてまつる)」の未然形、「与ふ」の謙譲語。動作の対象である男たちを敬っている
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
それを射当てなさった人に(娘を)差し上げましょう。」と(娘の親が)言うと、
「いとよきことなり。」と言ひて射るほどに、ひとりは頭の方を射つ。いまひとりは尾の方を射つ。そのかみ、いづれと言ふべくもあらぬに、思ひわづらひて、
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
つ=完了の助動詞「つ」の終止形、接続は連用形
そのかみ=名詞、その当時、その折。昔、過去
べく=可能の助動詞「べし」の連用形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。基本的に文脈判断。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
「たいへんすばらしいことだ。」と言って射ると、1人は(水どりの)頭の方を射当てた。もう一人は尾の方を射当てた。それで、どちらが(勝ち)とも言いかねて、(女は)思い悩んで、
すみわびぬ わが身投げてむ 津の国の 生田の川は 名のみなりけり
※掛詞=同音異義を利用して、一つの語に二つ以上の意味を持たせたもの。
掛詞を探すときのポイント(いずれも例外有り)
①ひらがなの部分
②和歌に至るまでの経緯で出て来た単語
③地名などの固有名詞
「生(いく)」が掛詞となっており、生田の「生」と動詞の「生く」が掛けられている。
すみわび=バ行上二段動詞「住み侘ぶ(すみわぶ)」の連用形、住みにくく思う、住むことをいとわしく思う
ぬ=完了の助動詞「ぬ」終止形、接続は連用形
て=強意の助動詞「つ」の未然形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
なり=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
けり=詠嘆の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形。「けり」は過去の意味で使われることがほとんどだが、①和歌での「けり」②会話文での「けり」③なりけりの「けり」では詠嘆に警戒する必要がある。①はほぼ必ず詠嘆だが、②③は文脈判断
この世に住んでいるのが嫌になりました。(なので、)我が身をこの川に投げてしまいましょう。摂津の国の生田川の「生く」と言うのは名ばかりでしたよ。(この生田川のほとりに住んでいた私が死ぬのですから。)
とよみて、この平張は川にのぞきてし たり けれ ば、づぶりとおち入りぬ。
のぞき=カ行四段動詞「臨く(のぞく)」の連用形。臨む、向かい合う
し=サ変動詞「す」の連用形、代動詞であり、本来の動詞は「打つ(意味:建てる)」と思われる。代動詞はその場面の文脈に応じて適切な動詞に変換して訳す。「いと雨して、」⇒「たいそう雨が降って、」
たり=存続の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形
と詠んで、この平張は川に面して建ててあったので、(女は)ざぶんと身を投げてしまった。
親、あわてさわぎののしるほどに、このよばふ男二人、やがて 同じ所におち入りぬ。
ののしる=ラ行四段動詞「ののしる」の連体形、大声で騒ぐ、大騒ぎする
よばふ=ハ行四段動詞「呼ばふ」の連体形、呼び続ける、求婚する。(古典において、当時は女性の名を呼ぶことはプロポーズであった。よって、名前を呼び続ける=求婚するという意味で用いられるようになった。)「よぶ(バ行四段動詞)+ふ(継続の助動詞)」で「よばふ」と言う言葉が生まれた。「ふ」は奈良時代の助動詞
やがて=副詞、そのまま、すぐに
同じ=シク活用の形容詞「同じ」の連体形。本来連体形ならば「同じき・同じかる」になるはずだが、この形容詞「同じ」は特殊で、終止形を連体形として使う時がある。あくまで今回は連体形と言う扱いである。
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形
親が慌てて大騒ぎしている時に、この求婚していた二人の男も、すぐに同じ所に身を投げてしまった。
一人は足をとらへ、いま一人は手をとらへて死に けり。
死に=ナ変動詞「死ぬ」の連用形。ナ行変格活用の動詞は「死ぬ・往(い)ぬ・去(い)ぬ」
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
1人は女の足をとらえ、もう一人は女の手をとらえて死んだ。
そのかみ、親いみじく騒ぎて、取り上げて泣き、ののしりて葬りす。
いみじく=シク活用の形容詞「いみじ」の連用形、(いい意味でも悪い意味でも)程度がひどい、甚だしい、とても
そのとき、親は大騒ぎして、(女の遺体を)引き上げて、泣きわめきながら葬った。
男どもの親も来に けり。この女の塚のかたはらに、また塚どもつくりて掘り埋む時に、津の国の男の親言ふやう、
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
男たちの親もやって来た。この女の墓のかたわらに、また墓を二つ作って埋葬するときに、摂津の国の親が言うことには、
「同じ国の男をこそ、同じ所には せ め。異国の人の、いかで かこの国の土をば犯すべき。」と言ひてさまたぐる時に、
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
は=係助詞、訳す際に無視しても構わない。
せ=サ変動詞「す」の未然形
め=適当かあるいは勧誘の助動詞「む」の已然形、接続は未然形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。基本的に「む」には、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味のどれかで使われるが、さらに「適当・当然」のような意味もある。
いかで=副詞、(反語で)どうして
か=反語の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
ば=係助詞。強調する意味があるが、訳す際には無視して構わない。
べき=適当の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。係助詞「か」を受けて連体形となっている。係り結び。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。基本的に文脈判断。
「同じ(摂津の)国の男を、同じ所に埋葬しましょう。他国の人が、どうしてこの国の土を汚してよいものでしょうか。」と言って妨げると、
和泉の方の親、和泉の土を舟に運びて、ここに持て来てなむ、つひに埋みて ける。
なむ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び
つひに=副詞、とうとう、結局。最後に、終わりに
て=完了の助動詞「つ」の連用形、接続は連用形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「なむ」を受けて連体形となっている。係り結び
和泉の国の男の親は、和泉の国の土を船に運んで、ここに持って来て、とうとう埋葬してしまった。
されば、女の墓をば中にて、左右になむ、男の墓ども今もあ なる。
ば=係助詞。強調する意味があるが、訳す際には無視して構わない。
なむ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
あ=ラ変動詞「あり」の連体形が音便化して無表記になったもの、「ある」→「あん(音便化)」→「あ(無表記化)」
なる=推定の助動詞「なり」の連体形、接続は終止形(ラ変は連体形)。係助詞「なむ」を受けて連体形となっている。係り結び。直前に連体形が来ているためこの「なり」には「断定・存在・推定・伝聞」の四つのどれかと言うことになる。
しかし、直前に音便化したものや無表記化したものがくると「推定・伝聞」の意味の可能性が高い。
さらに、近くに音声語(音や声などを表す言葉)が無い場合には、「伝聞」の意味になりがち。なぜなら、この「なり」の推定は音を根拠に何かを推定するときに用いる推定だからである。
だから、女の墓を真ん中にして、左右に男たちの墓が今でもあるということだ。