「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら源氏物語『明石の姫君の入内』現代語訳(2)(3)(4)
いとうつくしげに、雛のやうなる御ありさまを、夢の心地して見奉るにも、
うつくしげに=ナリ活用の形容動詞「美しげなり」の連用形、かわいらしい様子である、美しい様子である
やうなる=比況の助動詞「やうなり」の連体形
し=サ変動詞「す」の連用形、する
奉る=補助動詞ラ行四段「奉る(たてまつる)」の連体形、謙譲語。動作の対象である明石の姫君を敬っている。作者からの敬意。
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。
たいそうかわいらしい様子で、ひな人形のような(明石の姫君の)ご様子を、夢のような心地で見申し上げるにつけても、
涙のみとどまらぬは、一つものとぞ 見え ざり ける。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
見え=ヤ行下二段動詞「見ゆ」の未然形、見える、分かる、思われる。「ゆ」には「受身・自発・可能」の意味が含まれていたり、「見ゆ」には多くの意味がある。
ざり=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
ける=詠嘆の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。
ただただ涙が止まらないのは、(悲しい時の涙と)同じ涙とは思われないのであった。
年ごろ よろづに嘆き沈み、さまざま憂き身と思ひ屈しつる命も延べまほしう、
年ごろ=名詞、長年、数年間、長い間
よろづに=副詞、何かにつけて、万事に。さまざまに。
(万)よろづ=名詞、すべてのこと、あらゆること。
憂き=ク活用の形容詞「憂し(うし)」の連体形、いやだ、にくい、気に食わない、つらい
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
まほしう=希望・願望の助動詞「まほし」の連用形が音便化したもの、接続は未然形
長年何かにつけて悲しみに沈んで、あれこれとつらい我が身なのだとふさぎこんでいた命も(今では)延びてほしく、
はればれしきにつけて、まことに住吉の神もおろかなら ず思ひ知らる。
おろかなら=ナリ活用の形容動詞「疎かなり/愚かなり(おろかなり)」の未然形、おろそかだ、いいかげんだ。馬鹿だ、間抜けだ。並々だ、普通だ。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
る=自発の助動詞「る」の終止形、接続は未然形。「る・らる」は「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があり、「自発」の意味になるときはたいてい直前に「心情動詞(思う、笑う、嘆くなど)・知覚動詞(見る・知るなど)」があるので、それが識別のポイントである。
自発:「~せずにはいられない、自然と~される」
晴れ晴れしく思うのにつけても、本当に住吉の神(の霊験)も並々でないと思わずにいられない。
思ふさまにかしづき 聞こえて、心およばぬこと、はた、
かしづき=カ行四段動詞「かしづく」の連用形、大切にする、大切に養い育てる、大切にお世話する
聞こえ=補助動詞ヤ行下二「聞こゆ」の連用形、謙譲語。動作の対象である明石の姫君を敬っている。作者からの敬意。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
はた=副詞、また、その上。あるいは、ひょっとしたら。
思うようにお世話申し上げて、行き届かないことは、また、
をさをさ なき人のらうらうじさ なれ ば、
をさをさ=副詞、(下に打消の語を伴って)すこしも、めったに
なき=ク活用の形容詞「無し」の連体形
らうらうじさ=名詞、利発、賢さ。
なれ=断定の助動詞「なり」の已然形、接続は体言・連体形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
少しもないお方(=明石の君)の利発さなので、
おほかたの寄せ、おぼえ よりはじめ、なべて なら ぬ御ありさまかたち なるに、
寄せ(よせ)=名詞、信望、人望。後見のない人物に対してはよせが軽いという
おぼえ=名詞、評判、世評。寵愛。
より=格助詞、(起点)~から、(手段・用法)~で、(経過点)~を通って、(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや
なべて(並べて)=副詞、一般に、すべて、並ひととおり、ふつう
なら=断定の助動詞「なり」の未然形、接続は体言・連体形
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
かたち=名詞、外形、姿。顔。
なる=断定の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形
世間の人々の(明石の姫君に対する)評判をはじめとして、並ひととおりでないご容姿・お顔立ちであるので、
宮も、若き御心地に、いと心ことに思ひ聞こえ 給へ り。
心ことに=ナリ活用の形容動詞「心異なり(こころことなり)」の連用形、(心構えや気配りが)格別である
聞こえ=補助動詞ヤ行下二「聞こゆ」の連用形、謙譲語。動作の対象である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
り=存続の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
東宮も、お若い心で、(明石の姫君のことを)たいそう格別にお思い申し上げていらっしゃる。
いどみ給へ る御方々の人などは、この母君のかくて 候ひ 給ふを、
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
る=完了の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
かくて=副詞、このようにして、こうして
候ひ=ハ行四段動詞「候ふ(さぶらふ)」の連用形、謙譲語。お仕えする、(貴人の)お側にお仕えする。動作の対象である明石の姫君を敬っている。作者からの敬意。
※「候ふ(さぶらふ)・侍り(はべり)」は補助動詞だと丁寧語「~です、~ます」の意味であるが、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連体形、尊敬語。動作の主体である明石の君を敬っている。作者からの敬意。
競っていらっしゃる方々の女房などは、この母君(明石の君)がこうして(明石の姫君に)お仕えしていらっしゃるのを、
瑕に言ひなしなどすれど、それに消た る べくもあらず。
ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
消た=タ行四段動詞「消つ(けつ)」の未然形、消す。けなす、そしる。圧倒する。
る=受身の助動詞「る」の終止形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。
べく=当然の助動詞「べし」の連用形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
(姫君の)欠点として言ったりなどするけれども、それに(姫君の評判が)消されるはずもない。
いまめかしう、並びなきことをば、さらにも言はず、心にくく よしある御けはひを、
いまめかしう=シク活用の形容詞「今めかし」の連用形が音便化したもの、現代風である
さらに=副詞、下に打消語を伴って、「まったく~ない、いっこうに~ない」。ここでは「ず」が打消語
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
心にくく=ク活用の形容詞「心にくし」の連用形、心惹かれる、奥ゆかしい、上品である
由(よし)ある=①由緒正しい家柄の②教養のある、③趣がある、優雅さのある「由(名詞)/ある(ラ変動詞の連体形)」
気配(けはひ)=名詞、風情、雰囲気。物腰、態度。
現代風で、並ぶ者がいないことは、まったく言うまでもなく、奥ゆかしく優雅さのある(明石の姫君の)ご様子を、
はかなきことにつけても、あらまほしう もてなし 聞こえ 給へ れ ば、
はかなき=ク活用の形容詞「はかなし」の連体形、頼りない、むなしい。取るに足りない、つまらない。ちょっとした。
あらまほしう=シク活用の形容詞「あらまほし」の連用形が音便化したもの、そうありたい、望ましい。理想的である、申し分ない。
あら=ラ変動詞「あり」の未然形
まほしく=希望・願望の助動詞「まほし」の連用形、接続は未然形
もてなし=サ行四段動詞「もてなす」の連用形、取り扱う、処置する、ふるまう
聞こえ=補助動詞ヤ行下二「聞こゆ」の連用形、謙譲語。動作の対象である明石の姫君を敬っている。作者からの敬意。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である明石の君を敬っている。作者からの敬意。
れ=存続の助動詞「り」の已然形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
ちょっとしたことにつけても、(明石の君は姫君を)理想的にお世話申し上げなさるので、
殿上人なども、めづらしきいどみ所にて、とりどりに候ふ人びとも、
候ふ=ハ行四段動詞「候ふ(さぶらふ)」の連体形、謙譲語。お仕えする、(貴人の)お側にお仕えする。おそらく動作の対象である明石の姫君を敬っている。作者からの敬意。
殿上人なども、めったにない風流の才を競う場所として考えているので、それぞれにお仕えしてる女房たちも、
心をかけたる女房の用意ありさまさへ、いみじくととのへなし給へ り。
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
さへ=副助詞、添加(~までも)。類推(~さえ)。
いみじく=シク活用の形容詞「いみじ」の連用形、(いい意味でも悪い意味でも)程度がひどい、甚だしい、とても
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
り=存続の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
関心を持っている女房の心構えや態度までも、たいそうよく仕込んでいらっしゃる。
上も、さるべき折ふりには参り 給ふ。
さる=ラ変動詞「然り(さり)」の連体形、そうだ、そうである。適切である、ふさわしい、しかるべきだ。
べき=適当の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変は連体形)。直前の「さる」はラ変動詞「さり」の連体形であり、「さるべき」で「しかるべき」と言う訳になる。
参り=ラ行四段動詞「参る」の連用形、「行く」の謙譲語。作者からの敬意
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の終止形、尊敬語。動作の主体である紫の上を敬っている。作者からの敬意。
紫の上も、しかるべき時には参内なさる。
御仲らひあらまほしううちとけゆくに、さりとてさし過ぎもの馴れず、
あらまほしう=シク活用の形容詞「あらまほし」の連用形が音便化したもの、そうありたい、望ましい。理想的である、申し分ない。
あら=ラ変動詞「あり」の未然形
まほしく=希望・願望の助動詞「まほし」の連用形、接続は未然形
さりとて=接続詞、そうかといって、それにしても
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
(紫の上と明石の姫君との)お間柄は理想的にうちとけてゆくが、そうかといって出過ぎたり馴れ馴れしくはせず、
あなづらはしかる べきもてなし、はた、つゆ なく、
あなづらはしかる=シク活用の形容詞「侮らはし(あなづらはし)」の連体形、軽く扱ってもかまわない、あなどりやすい。気が置けない、遠慮がいらない。
べき=当然の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
はた=副詞、また、その上。あるいは、ひょっとしたら。
つゆ=「つゆ」の後に打消語(否定語)を伴って、「まったく~ない・少しも~ない」となる重要語。ここでの否定語は「なく」。
なく=ク活用の形容詞「無し」の連用形。
軽く見られるはずのふるまいも、また、まったくなく、
あやしく あらまほしき人のありさま、心ばへ なり。
あやしく=シク活用の形容詞「怪し・奇し/賤し(あやし)」の連用形、不思議だ、変だ。身分が低い、卑しい。見苦しい、みすぼらしい
あらまほしき=シク活用の形容詞「あらまほし」の連体形、そうありたい、望ましい。理想的である、申し分ない。
あら=ラ変動詞「あり」の未然形
まほしき=希望・願望の助動詞「まほし」の連体形、接続は未然形
心ばへ=名詞、心の様子、心づかい。趣向、趣。趣意、意味
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
不思議なほど理想的な人の態度、心構えである。
続きはこちら 源氏物語『明石の姫君の入内』解説・品詞分解(4)