「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
【主な登場人物】
堀河殿=藤原兼通、兼家の兄。 東三条殿=藤原兼家、兼通の弟。
原文・現代語訳のみはこちら大鏡『最後の除目・兼通と兼家の不和』現代語訳(1)(2)
この大将殿は、堀河殿すでに失せ させ 給ひ ぬと聞かせ 給ひて、
失せ=サ行下二段動詞「失す(うす)」の未然形、死ぬ。 現代語でもそうだが、古典において「死ぬ」という言葉を直接使うことは避けるべきこととされており、「亡くなる・消ゆ・隠る」などと言ってにごす。
させ=尊敬の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である堀河殿(=藤原兼通)を敬っている。作者からの敬意。
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である東三条殿(=藤原兼家)を敬っている。作者からの敬意。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。
この大将殿(=東三条殿)は、堀河殿がすでにお亡くなりになったとお聞きになったので、
内に関白のこと申さ むと思ひ給ひて、
内(うち)=名詞、天皇、帝。宮中、内裏(だいり)。
申さ=サ行四段動詞「申す」の未然形、「言ふ」の謙譲語。動作の対象である天皇を敬っている。作者からの敬意。
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である東三条殿(=藤原兼家)を敬っている。作者からの敬意。
天皇に関白のことを申し上げようとお思いになって、
※関白のこと=亡くなった堀河殿の代わりに自分(=東三条殿)が次の関白になりたいということ。
この殿の門を通りて、参りて申し 奉るほどに、
参り=ラ行四段動詞「参る(まいる)」の連用形、謙譲語。動作の対象である天皇を敬っている。作者からの敬意。
申し=サ行四段動詞「申す」の連用形、「言ふ」の謙譲語。動作の対象である天皇を敬っている。作者からの敬意。
奉る=補助動詞ラ行四段「奉る(たてまつる)」の連体形、謙譲語。動作の対象である天皇を敬っている。作者からの敬意。
この殿(=堀河殿)の屋敷の門(の前)を通って、(天皇のもとに)参内して申し上げているところに、
堀河殿の目をつづらかにさし出で給へ るに、帝も大将も、いとあさましく 思し召す。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である堀河殿(=藤原兼通)を敬っている。作者からの敬意。
る=完了の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
あさましく=シク活用の形容詞「あさまし」の連用形、驚きあきれる、意外でびっくりすることだ。あまりのことにあきれる。なさけない。
思し召す=サ行四段動詞「思し召す(おぼしめす)」の終止形、「思ふ」の尊敬語。動作の主体である天皇と東三条殿を敬っている。作者からの敬意。
堀河殿が目を大きく見開いた様子で(怒りをあらわにして)現れなさったので、天皇も大将(=東三条殿)も、たいそう意外で驚いたことだとお思いになる。
大将はうち見るままに、立ちて鬼の間の方におはし ぬ。
ままに= ~するとすぐに。~にまかせて、思うままに。(原因・理由)…なので。「まま(名詞/に(格助詞)」
おはし=サ変動詞「おはす」の連用形、「あり・居り・行く・来」の尊敬語。いらっしゃる、おられる、あおりになる。動作の主体である東三条殿(=藤原兼家)を敬っている。作者からの敬意。
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形
大将(=東三条殿)は堀河殿を見るとすぐに、立ち上がって鬼の間の方にお行きになりました。
関白殿、御前につい居 給ひて、御気色いと悪しくて、
御前(おまえ)=名詞、意味は、「貴人」という人物を指すときと、「貴人のそば」という場所を表すときがある。
つい居=ワ行上一段動詞「つい居る(ついゐる)」の連用形、かしこまって座る、ひざまずいて座る。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である堀河殿(=藤原兼通)を敬っている。作者からの敬意。
気色(けしき)=名詞、様子、状態。ありさま、態度、そぶり。
悪しく=シク活用の形容詞「悪し(あし)」の連用形、悪い。不都合だ。「よし>よろし≧普通≧わろし>あし」みたいなイメージ。
関白殿(=堀河殿)は、天皇のおそばにかしこまってお座りになり、ご機嫌はたいそう悪くて、
「最後の除目行ひに参りて侍り つる なり。」とて、
参り=ラ行四段動詞「参る(まいる)」の連用形、謙譲語。動作の対象である天皇を敬っている。堀河殿(=藤原兼通)からの敬意。
侍り=補助動詞ラ変「侍り(はべり)」の連用形、丁寧語。言葉の受け手である天皇を敬っている。堀河殿(=藤原兼通)からの敬意。
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
「最期の除目を行いに参りました。」と(天皇に)申し上げて、
※除目(じもく)=官吏任命の儀式
蔵人頭召して、関白には頼忠の大臣、東三条殿の大将を取りて、
召し=サ行四段動詞「召す」の連用形、尊敬語。呼び寄せる。召し上がる、お食べになる。動作の主体である堀河殿(=藤原兼通)を敬っている。作者からの敬意。
蔵人頭をお呼びになって、関白には頼忠の大臣(=藤原頼忠)を(任命し)、東三条の大将(の位)を取り上げて、
蔵人頭(くろうどのとう)=蔵人所の長官。
蔵人(くろうど)=現代でいう秘書
小一条の済時の中納言を大将になし 聞こゆる 宣旨下して、東三条殿をば治部卿になし 聞こえて、
なし=サ行四段動詞「成す・為す(なす)」の連用形、ならせる、変える、~にする。実行する。成就する。
聞こゆる=補助動詞ヤ行下二「聞こゆ」の連体形、の謙譲語。動作の対象である小一条の済時の中納言を敬っている。作者からの敬意。
ば=強調の係助詞。強調する意味があるが、訳す際に無視しても構わない。
聞こえ=補助動詞ヤ行下二「聞こゆ」の連用形、の謙譲語。動作の対象である東三条殿を敬っている。作者からの敬意。
小一条の済時の中納言(=藤原済時)を大将に任命し申し上げる宣旨を下して、東三条殿を治部卿に任命し申し上げて、
※宣旨(せんじ)=名詞、天皇の命令を伝える公文書
出でさせ 給ひて、ほどなく失せ 給ひ し ぞ かし。
させ=尊敬の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である堀河殿(=藤原兼通)を敬っている。作者からの敬意。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。
失せ=サ行下二段動詞「失す(うす)」の連用形、死ぬ。 現代語でもそうだが、古典において「死ぬ」という言葉を直接使うことは避けるべきこととされており、「亡くなる・消ゆ・隠る」などと言ってにごす。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である堀河殿(=藤原兼通)を敬っている。作者からの敬意。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
ぞ=強調の係助詞
かし=念押しの終助詞、文末に用いる、~よ。~ね。
(宮中を)退出なさって、まもなくお亡くなりになったのですよ。
心意地にておはせ し殿にて、さばかり限りにおはせ しに、
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形。もう一つの「に」も同じ。
おはせ=サ変動詞「おはす」の未然形、「あり・居り・行く・来」の尊敬語。いらっしゃる、おられる、あおりになる。動作の主体である堀河殿(=藤原兼通)を敬っている。作者からの敬意。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形だが、カ変・サ変に接続するときは、接続が未然形になることがある。
さばかり=副詞、それほど、そのくらい。それほどまでに。「さ」と「ばかり」がくっついたもの。「さ」は副詞で、「そう、そのように」などの意味がある。
意地っ張りでいらっしゃった殿で、あれほどまでに死期間近でいらっしゃったのに、
ねたさに内裏に参りて申さ せ 給ひ しほど、
内裏(うち)=名詞、宮中、内裏(だいり)。天皇。 宮中の主要な場所としては紫宸殿(ししんでん:重要な儀式を行う場所)や清涼殿(せいりょうでん:天皇が普段の生活を行う場所)などがある。
参り=ラ行四段動詞「参る(まいる)」の連用形、謙譲語。動作の対象である天皇を敬っている。作者からの敬意。
申さ=サ行四段動詞「申す」の未然形、「言ふ」の謙譲語。動作の対象である天皇を敬っている。作者からの敬意。
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である堀河殿(=藤原兼通)を敬っている。作者からの敬意。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
憎らしく思うあまりに宮中に参上して(除目を)申し上げなさったことは、
異人す べうもなかり しことぞ かし。
す=サ変動詞「す」の終止形
べう=可能の助動詞「べし」の連用形が音便化したもの、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
なかり=ク活用の形容詞「無し」の連用形
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
ぞ=強調の係助詞
かし=念押しの終助詞、文末に用いる、~よ。~ね。
他の人では(まねを)することができないことでしたよ。