「黒=原文」・「青=現代語訳」
解説・品詞分解はこちら伊勢物語『筒井筒』解説・品詞分解(1)
昔、田舎わたらひしける人の子ども、井のもとに出でて遊びけるを、
昔、田舎まわりの行商などをしていた人の子供達は、井戸の辺りに出て遊んでいたが、
おとなになりにければ、男も女も恥ぢかはしてありけれど、
大人になったので、男も女も互いに恥ずかしがっていたけれど、
男はこの女をこそ得めと思ふ。
男はこの女こそを自分の妻にしたいと思った。
女はこの男をと思ひつつ、親のあはすれども、聞かでなむありける。
女もこの男を(夫にしたいと)思い続けて、親は(他の男と)結婚させようとするけれども、聞き入れないでいた。
さて、この隣の男のもとより、かくなむ、
そして、この隣の男のところから、このように(歌を送ってきた)、
筒井筒 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざるまに
筒型の井戸の井筒と背比べをした私の背丈も(井筒の高さを)超えてしまったようだよ。いとしいあなたに会わないうちに。
女、返し、
女は、返歌を
くらべこし 振り分け髪も 肩過ぎぬ 君ならずして たれか上ぐべき
(あなたと長さを)比べ合って来た私の振り分け髪も、肩よりも長くなりました。あなたではなくて、誰のためにこの髪を結い上げましょうか。(いえ、あなた以外いません。)
など言ひ言ひて、つひに本意のごとくあひにけり。
などと、互いに歌の詠んで、とうとうかねてからの願い通り結婚した。
(2)
さて、年ごろ経るほどに、女、親なく、頼りなくなるままに、
そして、数年たつうちに、女は親を亡くし、生活の頼りとなるところを失うにつれて、
もろともに言ふかひなくてあらむやはとて、
(男は、女と)一緒に、どうしようもなくみじめに暮らしていられようか(、いや、よくない、)と思って、
河内の国高安の郡に、行き通ふ所出で来にけり。
河内の国の高安の郡に、通って行く(女の)所ができてしまった。
さりけれど、
そうではあったけれど、
このもとの女、悪しと思へるけしきもなくて、出だしやりければ、
このもとの女は、(男が河内へ行くのを)嫌だと思っている様子もなくて、(男を)送り出していたので、
男、異心ありてかかるにやあらむと思ひ疑ひて、
男は、(妻も)浮気心があってこのよう(な様子)であるのではないだろうかと思い疑って、
前栽の中に隠れゐて、河内へ往ぬる顔にて見れば、
庭の植え込みの中に隠れていて、河内へ行ったふりをして見ていると、
この女、いとよう化粧じて、うちながめて、
この女は、たいそう美しく化粧をして、(物思いに沈んで)外を眺めて、
風吹けば 沖つ白波 たつた山 夜半にや君が ひとり越ゆらむ
風が吹くと沖の白波が立つという、その龍田山を、夜中にあなたはたった一人で越えているのだろうか。
とよみけるを聞きて、かぎりなくかなしと思ひて、河内へも行かずなりにけり。
と詠んだのを聞いて、(男は)この上なくいとおしいと思って、河内(の女の所)へも行かなくなってしまった。
続きはこちら伊勢物語『筒井筒』現代語訳(3)