「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら紫式部日記『若宮誕生』現代語訳(1)(2)
十月十余日までも、御帳出で させ 給は ず。
出で=ダ行下二段動詞「出づ(いづ)」の未然形
させ=尊敬の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である中宮彰子を敬っている。作者からの敬意。
給は=補助動詞ハ行四段「給ふ」の未然形、尊敬語
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
(中宮彰子様は)十月十四日までも、御帳台(=貴人の寝所)から出なさらない。
西のそばなる御座に、夜も昼も候ふ。
なる=存在の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形。「なり」は直前が体言(名詞)である時、断定の意味になることが多いが、その体言が場所を表すものであれば今回のように「存在」の意味になることがある。訳:「~にある」
御座(おまし)=名詞、天皇や貴人の部屋、御座所
候ふ=ハ行四段動詞「候ふ(さぶらふ)」の終止形、謙譲語。お仕え申し上げる、おそばにいる。動作の対象である中宮彰子を敬っている。作者からの敬意。
※「候ふ(さぶらふ)・侍り(はべり)」は補助動詞だと丁寧語「~です、~ます」の意味であるが、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
(女房たちは)西側にある御座所に、夜も昼もお仕え申し上げている。
殿の、夜中にも暁にも、参り 給ひ つつ、御乳母の懐をひき探させ 給ふに、
参り=ラ行四段動詞「参る」の連用形、「行く」の謙譲語。動作の対象である中宮彰子を敬っている。作者からの敬意。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連用形、尊敬語。動作の主体である藤原道長を敬っている。作者からの敬意。
つつ=接続助詞、①反復「~しては~」②継続「~し続けて」③並行「~しながら」④(和歌で)詠嘆、ここでは①の意味。
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である藤原道長を敬っている。作者からの敬意。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連体形、尊敬語
道長殿が、夜中にも明け方にも、参上なさっては、御乳母の懐をお探しにな(若宮を御覧になろうとす)るが、
※殿=中宮彰子の父である藤原道長のこと。
うちとけて寝 たる時などは、何心もなくおぼほれておどろくも、いといとほしく 見ゆ。
寝(ね)=ナ行下二段動詞「寝(ぬ)」の連用形
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
おぼほれ=ラ行下二段動詞「惚ほる(おほぼる)」連用形、ぼんやりとする、ぼうっとする。とぼける。
おどろく=カ行四段動詞「驚く(おどろく)」の連体形、目を覚ます、起きる。はっと気づく。
いとほしく=シク活用の形容詞「いとほし」の連用形、かわいそうだ、気の毒だ。困る、いやだ。かわいい、いとしい。
見ゆ=ヤ行下二段動詞「見ゆ」の終止形、見える、分かる。「ゆ」には「受身・自発・可能」の意味が含まれていたり、「見ゆ」には多くの意味がある。
(乳母が)気を緩めて寝ている時などは、何の心の用意もなくぼんやりと目を覚ますのも、たいそう気の毒に思われる。
心もとなき御ほどを、わが心をやりてささげうつくしみ 給ふも、ことわりに めでたし。
心もとなき=ク活用の形容詞「心もとなし」の連体形、ぼんやりしている、はっきりしない。待ち遠しくて心がいらだつ、じれったい。
心を遣る=得意になる、自慢する。気晴らしする。
うつくしみ=マ行四段動詞「美しむ」の連用形、かわいがる、いとおしむ。大切にする。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連体形、尊敬語。動作の主体である藤原道長を敬っている。作者からの敬意。
ことわりに=ナリ活用の形容動詞「理なり(ことわりなり)」の連用形、当然である、もっともだ。
めでたし=ク活用の形容詞「めでたし」の終止形、みごとだ、すばらしい。魅力的だ、心惹かれる。
(若宮は)まだ何もお分かりでないご様子なのを、(道長殿は)ご自分だけがいい気になって抱き上げてかわいがりなさるのも、当然でありすばらしい
あるときは、わりなき わざしかけ奉り 給へ るを、
わりなき=ク活用の形容詞「わりなし」の連体形、「理(ことわり)なし」と言う意味からきている。道理に合わない、分別がない、程度がひどい。
わざ=名詞、こと、事の次第。おこなひ、動作、しわざ、仕事。仏事、法事、法会
奉り=補助動詞ラ行四段「奉る(たてまつる)」の連用形、謙譲語。動作の対象である藤原道長を敬っている。作者からの敬意。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の已然形、尊敬語。動作の主体である若宮を敬っている。作者からの敬意。
る=完了の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
ある時には、(若宮が道長殿に)とんでもないことをしかけ申し上げなさったのを、
御紐ひき解きて、御几帳の後にてあぶらせ 給ふ。
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である藤原道長を敬っている。作者からの敬意。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の終止形、尊敬語
(道長殿は)お紐をひき解いて(直衣を脱ぎ)、御几帳の後ろであぶってお乾かしになる。
「あはれ、この宮の御尿に濡るるは、うれしきわざ かな。
あはれ=感動詞、ああ。「あはれ」とは感動したときに口に出す言葉であることから、心が動かされるという意味を持つ名詞や形容詞、形容動詞として使われるようにもなった。
濡るる=ラ行下二段動詞「濡る(ぬる)」の連体形
わざ=名詞、こと、事の次第。おこなひ、動作、しわざ、仕事。仏事、法事、法会
かな=詠嘆の終助詞
(殿は)「ああ、この若宮の御尿に濡れるのは、うれしいことだなあ。
この濡れたる、あぶるこそ、思ふやうなる心地すれ。」と、喜ばせ 給ふ。
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
やうなる=比況の助動詞「やうなり」の連体形
すれ=サ変動詞「す」の已然形、する。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である藤原道長を敬っている。作者からの敬意。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の終止形、尊敬語
この濡れたのを、あぶるのは、(自分の)望みどおりになった心地がすることだ。」とお喜びになる。
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