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紫式部日記『若宮誕生(水鳥の足)』解説・品詞分解(2)

「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳

紫式部日記『若宮誕生』まとめ

 

(なか)(つかさ)の宮わたりの御ことを、御心に入れてそなた心寄せ有る人とおぼして、

 

御心に入れて=ご熱心で、ご熱心になって

 

そなた=名詞、そちら。その方面。あなた。

 

心寄せ=名詞、期待を寄せること、あてにすること

 

おぼし=サ行四段動詞「思す(おぼす)」の連用形。「思ふ」の尊敬語。動作の主体である藤原道長を敬っている。作者からの敬意。

※尊敬語は動作の主体を敬う

※謙譲語は動作の対象を敬う

※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。

どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。

 

中務の宮に関することに、(道長殿は)ご熱心で、(私のことを)そちらに心を寄せているものとお思いになって、

 

 

語らは 給ふも、まことに心の中には思ひ居たること多かり

 

せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である藤原道長を敬っている。作者からの敬意。

 

給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連体形、尊敬語

 

たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形

 

多かり=ク活用の形容詞「多し」の終止形。「多かり」は活用表で判断すると連用形であり、終止形ではないはずだが、このように終止形として使うことがある。  同様の例外として「同じ(シク活用)」が存在する。例:「同じ(連体形)/顔(名詞)」

 

(私に)お話になるのにつけても、本当に(私の)心の中には思案していることが多くある。

 

 

行幸(みゆき)近くなりとて、殿の内を、いよいよつくりみがか 給ふ

 

行幸(みゆき)=名詞、天皇のお出かけ   ※御幸(みゆき)=上皇(法皇)のお出かけ  ※行啓(ぎょうけい)=皇后・皇太子のお出かけ

 

ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形

 

せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である藤原道長を敬っている。作者からの敬意。

 

給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の終止形、尊敬語

 

(一条天皇の)行幸が近くなったということで、屋敷の中を、いっそう手入れをして立派になさる。

 

 

よにおもしろき菊の根を、尋ねつつ掘りて参る

 

よに(世に)=副詞、実に、非常に、はなはだ。

 

つつ=接続助詞、①反復「~しては~」②継続「~し続けて」③並行「~しながら」④(和歌で)詠嘆、ここでは①の意味。

 

参る=ラ行四段動詞「参る」の終止形、「行く」の謙譲語。動作の対象である藤原道長、あるいは中宮彰子を敬っている。作者からの敬意。

 

(人々は)実にすばらしい菊の根を、探し求めては掘って持って参上してくる。

 

 

色々うつろひ たるも、黄なるが見所あるも、様々に植ゑたてたるも、朝霧の絶え間に見わたしたるは、

 

うつろひ=ハ行四段動詞「移ろふ(うつろふ)」の連用形、色あせる、衰える。色が変わる。移動する。時間が過ぎる

 

たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形。残り二つの「たる」も同じ。

 

色とりどりに色変わりした菊も、黄色で見所のある菊も、さまざまに植えこんである菊も、朝霧の絶え間に見渡した景色は、

 

 

げに老いもしぞき  べき心地するに、なぞ

 

げに(実に)=副詞、なるほど、実に、まことに。本当に

 

しぞき=カ行四段動詞「退く(しぞく)」の連用形。しりぞく、後退する。

 

ぬ=強意の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる

 

べき=推量の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。

 

や=疑問の係助詞

 

実に老いも退きそうな気持ちがするのに、なぜだろうか。(私のように物思いをすることが多い身には素直に喜べない。)



 

まして、思ふことの少しもなのめなるなら ましか 

 

なのめなる=ナリ活用の形容動詞「なのめなり」の連体形、並々だ、並ひととおりだ、普通だ。いいかげんだ、おろそかだ。

 

なら=断定の助動詞「なり」の未然形、接続は体言・連体形

 

ましか=反実仮想の助動詞「まし」の未然形、接続は未然形。反実仮想とは事実に反する仮想である。

※反実仮想「AましかばBまし。」=「もしAだったならば、Bだっただろうに。」 

 

ば=接続助詞、直前が未然形だから④仮定条件「もし~ならば」の意味である。

 

まして、(私が)物思いをすることが少しでも普通の身であったら、

 

 

すきずきしくもてなし若やぎて、常なき世をも過ぐし  まし

 

すきずきしく=シク活用の形容詞「好き好きし」の連用形、風流だ、風流好みだ。好色だ、物好きだ。

 

もてなし=サ行四段動詞「もてなす」の連用形、取り扱う、処置する。ふるまう。饗応する

 

過ぐし=サ行四段動詞「過ぐす」の連用形

 

て=強意の助動詞「つ」の未然形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる

 

まし=反実仮想の助動詞「まし」の終止形、接続は未然形。さきほどの「ましかば」を受けてのものである。

 

(いっそのこと)風流にもふるまい、若々しくなって、無常なこの世をも過ごしただろうに。

 

 

めでたきこと、おもしろき事を見聞くにつけても、ただ思ひかけたり 心のひく方のみ強くて、

 

めでたき=ク活用の形容詞「めでたし」の連体形、みごとだ、すばらしい。魅力的だ、心惹かれる。

 

たり=存続の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形

 

し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形

 

すばらしいことや、面白いことを見聞きするにつけても、ただ思いつめた心に引きつける方ばかりが強くて、

 

 

もの憂く思はずに、嘆かしき事のまさる 、いと苦しき

 

もの憂く=ク活用の形容詞「もの憂し」の連用形、なんとなくいやだ、にくい、気に食わない、つらい。 「もの」は接頭語で「なんとなく」と言った意味がある。

 

思はずに=ナリ活用の形容動詞「思はずなり」の連用形、意外だ、思いがけない。心外だ、気に入らない。

 

まさる=ラ行四段動詞「増さる・勝る(まさる)」の連体形、増える、強まる。すぐれる、勝る。

 

ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。

 

苦しき=シク活用の形容詞「苦し」の連体形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。

 

なんとなく憂鬱で、思いがけず、嘆かわしいことが多くなるのは、とてもつらい。

 

 

いかで、今はなほ、もの忘れ  、思ひがひもなし、罪も深かりなど、

 

いかで=副詞、(反語・疑問で)どうして、どのようにして、どういうわけで。どうにかして、なんとかして。

 

なほ=副詞、やはり。さらに。それでもやはり。

 

し=サ変動詞「す」の連用形、する。

 

な=強意の助動詞「ぬ」の未然形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる。

 

む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。

 

思ひがひもなし=思っても意味のないことだ

甲斐なし(かひなし)=ク活用の形容詞、どうしようもない、効果がない、むだだ

 

どうにかして、今はやはり、何もかも忘れてしまおう、思っても意味のないことだ、(こんなことでは)罪も深いことであるなどと、

 

 

明けたて、うちながめて、水鳥どもの思ふことなげに遊び合へを見る。

 

ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。

 

なげに=ナリ活用の形容動詞「無げなり」の連用形、なさそうだ。いいかげんだ。

 

る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形

 

夜が明けると、ぼんやりと外を眺めて、水鳥たちが物思いすることもなさそうに遊び合っているのを見る。

 

 

水鳥を  水の上とや  よそに見む  我も浮きたる  世を過ぐしつつ

 

や=反語・疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。

 

む=推量の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。係助詞「や」を受けて連体形となっている。係り結び。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。

 

たる=存続の助動詞「たる」の連体形、接続は連用形

 

過ぐし=サ行四段動詞「過ぐす」の連用形

 

つつ=接続助詞、①反復「~しては~」②継続「~し続けて」③並行「~しながら」④(和歌で)詠嘆、ここでは④の意味。

 

水鳥を水の上(で物思いもせずに遊んでいる)と自分とは関係のないよそごとだと見ようか。(いや、そのように見はしない)。私も(水鳥と同じように)水に浮いたような不安で落ち着かない日々を送っているのだよ。



 

かれも、 こそ心をやりて遊ぶと見ゆれ 

 

彼(かれ)=名詞、あれ。あの人

 

さ=副詞、そう、その通りに、そのように。

 

こそ=強調の係助詞。結びは已然形となるが、係り結びの消滅が起こっている。本来の結びは「見ゆれ」の部分であるが、接続助詞「ど」が来ているため、結びの部分が消滅してしまっている。これを「係り結びの消滅(流れ)」と言う。「見ゆれ」は已然形だが、これは「ど」を受けてのものである。

 

心を遣る=気晴らしする。得意になる、自慢する。

 

見ゆれ=ヤ行下二段動詞「見ゆ」の已然形、見える、分かる。「ゆ」には「受身・自発・可能」の意味が含まれていたり、「見ゆ」には多くの意味がある。

 

ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。

 

あの水鳥も、あのように思うまま自由に遊んでいると見えるけれど、

 

 

身はいと苦しかん なりと、思ひよそへ らる

 

苦しかん=シク活用の形容詞「苦し」の連体形が音便化したもの

 

なり=推定の助動詞「なり」の終止形、接続は終止形(ラ変は連体形)。直前に連体形が来ているためこの「なり」には「断定・存在・推定・伝聞」の四つのどれかと言うことになる。

しかし、直前に音便化したものや無表記化したものがくると「推定・伝聞」の意味の可能性が高い。

さらに、近くに音声語(音や声などを表す言葉)が無い場合には、「伝聞」の意味になりがち。なぜなら、この「なり」の推定は音を根拠に何かを推定するときに用いる推定だからである。

 

思ひよそへ=ハ行下二段動詞「思ひよそふ」の未然形

寄そふ・比そふ(よそふ)=ハ行下二段動詞、なぞらえる、比べる。関係づける、かこつける。

 

らる=自発の助動詞「らる」の終止形、接続は未然形。「る・らる」は「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があり、「自発」の意味になるときはたいてい直前に「心情動詞(思う、笑う、嘆くなど)・知覚動詞(見る・知るなど)」があるので、それが識別のポイントである。

自発:「~せずにはいられない、自然と~される」

 

その身はたいそう苦しいのだろうと、(自分自身と)思い比べずにはいられない。

 

 

紫式部日記『若宮誕生』まとめ

 

 

 

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