「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
②武士道とは、疑われる状況に陥って後日身の潔白を証明できるとしてもその場で切腹すること。
あるじの申すは、「そのうち一両は、さる方へ払ひしに、拙者の覚え違へ。」と言ふ。
申す=サ行四段動詞「申す」の連体形、「言ふ」の謙譲語
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
亭主(=原田内助)が申すことには、「そのうち一両は、ある所に支払ったので、(十両あると思ったのは)私の記憶違い(でした)。」と言う。
「ただ今まで、たしか十両見えしに、めいよのことぞ かし。とかくはめいめいの見晴れ。」と上座から帯をとけば、その次も改めける。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
めいよ=名詞、奇妙、不思議。「面妖(めんよう)」がなまったもの。
ぞ=強調の係助詞
かし=念押しの終助詞、文末に用いる、~よ。~ね。
身晴れ=名詞、疑いが晴れること、身の潔白の証明。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
(しかし、客人たちは、)「たった今まで、確かに十両あったのに、不思議なことよ。ともかくはおのおの身の潔白の証明をすること(としよう)。」と(言って、)上座(の客)から帯を解くので、その次(の客)も(帯を解いて)調べた。
三人目にありし男、渋面作つて、ものをも言はざり しが、膝立て直し、
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形。もう一つの「し」も同じ。
ざり=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
三人目にいた男が、渋い顔をして、何も言わなかったが、膝を立て直し、
「浮世には、かかる難儀もあるものかな。それがしは、身振るふまでもなし。
かかる=連体詞、あるいはラ変動詞「かかり」の連体形。このような、こういう。
かな=詠嘆の終助詞
「世の中には、このような難儀な事もあるものだなあ。私は、体を振るうまでもない。
金子一両持ち合はすこそ、因果なれ。思ひもよらぬことに、一命を捨つる。」と思ひ切つて申せ ば、
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
なれ=断定の助動詞「なり」の已然形、接続は体言・連体形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
捨つる=タ行下二段動詞「捨つ(すつ)」の連体形
申せ=サ行四段動詞「申す」の已然形、「言ふ」の謙譲語
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
金子一両を持ち合わせていたことが、不運なことである。思いもよらないことで、一命を捨てる(ことになったものだよ)。」と(腹を切る覚悟で)思い切って申すので、
一座口をそろへて、「こなたに限らず、あさましき身なれ ばとて、小判一両持つまじきものにもあらず。」と申す。
こなた(此方)=名詞、こちら。以後。以前。あなた。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
あさましき=シク活用の形容詞「あさまし」の連体形、驚きあきれる、意外でびっくりすることだ。あまりのことにあきれる。なさけない。
なれ=断定の助動詞「なり」の已然形、接続は体言・連体形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
まじき=打消当然の助動詞「まじ」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
申す=サ行四段動詞「申す」の終止形、「言ふ」の謙譲語
その場の皆は口をそろえて、「あなたに限らず、落ちぶれた身であるからといって、小判一両を持つはずがないものでもない。」と申す。
「いかにも、この金子の出所は、私持ち来たりたる、徳乗の小柄、唐物屋十左衛門かたへ、一両二歩に、昨日売り候ふこと、まぎれはなけれども、折ふしわるし。
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
候ふ=補助動詞ハ行四段「候ふ(さうらふ)」の連体形、丁寧語
ども=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
「確かに、この金子の出所は、私が持っていた徳乗の小柄を、唐物屋十左衛門の所へ、一両二歩で、昨日売りましたこと、間違いはないけれども、時機(=タイミング)が悪い。」
つねづね語り合はせたる よしみには、生害に及びしあとにて、御尋ねあそばし、かばねの恥を、せめては頼む。」と申しもあへ ず、
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
よしみ=名詞、親しい交わり、親交。因縁、関係。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
あそばし=補助動詞サ行四段「遊ばす」の連用形、尊敬語。
かばね(屍)=名詞、屍(しかばね)、死体。
申し=サ行四段動詞「申す」の連用形、「言ふ」の謙譲語
あへ=補助動詞ハ行下二「敢ふ(あふ)」の未然形、完全に~しきる、十分に~する、最後まで~する
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
いつも親しくしていた縁としては、自害におよんだ後に、お調べになって、死後に残る恥を(晴らしてくれるよう)、せめては頼む。」と申し終わらないうちに、
革柄に手を掛くる時、「小判はこれにあり。」と、丸行灯の影より、投げ出だせば、
より=格助詞、(起点)~から、(手段・用法)~で、(経過点)~を通って、(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
(刀の)革柄に手を掛ける時、(誰かが、)「小判はここにある。」と、丸行灯の影から、(小判を)投げ出したので、
「さては。」と事を静め、「ものには、念を入れたるがよい。」と言ふ時、
さては=接続詞、それでは、それから、その他には
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
「それでは(小判が見つかったか)。」と騒ぎを静め、「ものには、念を入れるのがよい。」と言ふ時、
内証より、内儀声を立てて、「小判はこの方へ参つ た。」と、重箱の蓋につけて、座敷へ出だされ ける。
内証(ないしょう)=名詞、主婦がいる奥の部屋。台所。
内儀(ないぎ)=名詞、他人の妻の敬称
参つ=ラ行四段動詞「参る」の連用形が音便化したもの、「行く」の謙譲語。
た=完了の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形。
れ=受身or尊敬の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の4つの意味がある。ここでは受身か尊敬のどちらか。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
台所から、(内助の)妻が声を立てて、「小判はこちらの方へ来ていました。」と、重箱の蓋につけて、座敷へ出された。
これは宵に、山の芋の煮しめ物を入れて出だされ しが、その湯気にて取りつきける か。さもあるべし。
れ=受身の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
か=疑問の係助詞
さ=副詞、そう、その通りに、そのように。
べし=推量の助動詞「べし」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
これ(=重箱)は夕方に、山芋の煮しめ物を入れて出されたが、その湯気で(小判が蓋に)くっついたのか。そのようなこともあるだろう。
これでは小判十一両になりける。いづれも申さ れ しは、「この金子、ひたもの数多くなること、めでたし。」と言ふ。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
申さ=サ行四段動詞「申す」の未然形、「言ふ」の謙譲語
れ=尊敬の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の4つの意味がある。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
ひたもの=副詞、ひたすら、むやみに、やたらと
めでたし=ク活用の形容詞「めでたし」の終止形、みごとだ、すばらしい。魅力的だ、心惹かれる
(しかし、)これでは小判十一両になってしまった。どの方も申されたことには、「この金子、ひたすら数が多くなることは、めでたい。」と言う。
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