「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
勝四郎=名詞
翁(おきな)=名詞
が=格助詞
高齢(よわい)=名詞
を=格助詞
寿き=カ行四段動詞「寿く(ことぶく)」の連用形
て=接続助詞
次=名詞
に=格助詞
京(みやこ)=名詞
に=格助詞
行き=カ行四段動詞「行く」の連用形
て=接続助詞
心=名詞
なら=断定の助動詞「なり」の未然形、接続は体言・連体形
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
も=係助詞
逗り=ラ行四段動詞「逗る(とどまる)」の連用形
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
より=格助詞、(起点)~から、(手段・用法)~で、(経過点)~を通って、(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや
前夜(さきのよ)=名詞
の=格助詞
あやしき=シク活用の形容詞「怪し・奇し/賤し(あやし)」の連体形、不思議だ、変だ。/身分が低い、卑しい。見苦しい、みすぼらしい
まで=副助詞
を=格助詞
詳に=ナリ活用の形容動詞「詳なり(つばらなり)」の連用形
語り=ラ行四段動詞「語る」の連用形
て=接続助詞
勝四郎、翁が高齡を寿きて、次に、京に行きて心ならずも逗りしより、前夜のあやしきまでを詳に語りて、
勝四郎は老人の長寿をお祝いして、次に、京に行って心ならずも(そこに)滞在したことから、昨夜の不思議な出来事までを詳しく語って、
翁=名詞
が=格助詞
塚=名詞
を=格助詞
築き=カ行四段動詞「築く(つく)」の連用形
て=接続助詞
祭り=ラ行四段動詞「祭る」の連用形
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連体形、尊敬語。動作の主体である翁を敬っている。作者からの敬意。
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。
恩(めぐみ)=名詞
の=格助詞
かたじけなき=ク活用の形容詞「かたじけなし」の連体形
を=格助詞
告げ=ガ行下二段動詞「告ぐ」の連用形
つつ=接続助詞
も=係助詞
涙=名詞
とどめがたし=ク活用の形容詞「とどめがたし」の終止形
翁が塚を築きて祭り給ふ恩のかたじけなきを告げつつも涙とどめがたし。
老人がお墓(=勝四郎の妻である宮木の墓)を造って供養なさったことにお礼を言いながら涙を流した。
翁=名詞
言ふ=ハ行四段動詞「言ふ」の終止形
吾主(わぬし)=代名詞、そなた、おまえ、おぬし
遠く=ク活用の形容詞「遠し」の連用形
行き=カ行四段動詞「行く」の連用形
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である吾主(=勝四郎)を敬っている。翁からの敬意。
て=接続助詞
後=名詞
は=係助詞
夏=名詞
の=格助詞
ころ=名詞
より=格助詞
干戈(かんか)=名詞、武器
を=格助詞
揮ひ出で=ダ行下二段動詞「揮ひ出づ(ふるひいづ)」の連用形
里人=名詞
は=係助詞
所々=名詞
に=格助詞
遁れ=ラ行下二段動詞「遁る」の連用形
翁言ふ。「吾主遠く行き給ひて後は、夏のころより干戈を揮ひ出で、里人は所々に遁れ、
老人は言った。「おぬしが遠くへ行きなさった後は、夏の頃から戦が始まり、里人はあちこちに逃げ、
若き=ク活用緒の形容詞「若し」の連体形
者ども=名詞
は=係助詞
軍民(いくさびと)=名詞
に=格助詞
召さ=サ行四段動詞「召す(めす)」の未然形、尊敬語。呼び寄せる、お呼びになる。召し上がる、お食べになる。翁からの敬意。
るる=受身の助動詞「る」の連体形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。
ほど=名詞
に=接続助詞
桑田(そうでん)=名詞
にはかに=ナリ活用の形容動詞「にわかなり」の連用形、急だ、突然
狐兎の叢(ことのくさむら)=名詞
と=格助詞
なる=ラ行四段動詞「成る」の終止形
若き者どもは軍民に召さるるほどに、桑田にはかに狐兎の叢となる。
若者たちは兵士として召集されて、田畑は急激に狐や鬼の住む草むらへと変わった。
ただ=副詞
烈婦(さかしめ)=名詞、節操を固く守る女性。節操が固くて気性の激しい女性。
のみ=副助詞
主=名詞
が=格助詞
秋=名詞
を=格助詞
約ひ=ハ行四段動詞「約ふ(ちかふ)」の連用形
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連体形、尊敬語。動作の主体である烈婦(=宮木)を敬っている。翁からの敬意。
を=格助詞
守り=ラ行四段動詞「守る」の連用形
て=接続助詞
家=名詞
を=格助詞
出で=ダ行下二段動詞「出づ」の連用形
給は=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の未然形、尊敬語。動作の主体である烈婦(=宮木)を敬っている。翁からの敬意。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
ただ烈婦のみ、主が秋を約ひ給ふを守りて、家を出で給はず。
ただあなたの気丈な妻だけは、おぬしが秋(までには帰ってくるということ)を約束なさったのを守って、家を出てお行きにならなかった。
翁=名詞
も=係助詞
また=副詞
足=名詞
なへぎ=ガ行四段動詞「蹇ぐ(なへぐ)」の連用形、足が不自由である
て=接続助詞
百歩=名詞
を=格助詞
かたし=ク活用の形容詞「かたし」の終止形
と=格助詞
すれ=サ変動詞「す」の已然形、する。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
深く=ク活用の形容詞「深し」の連用形
閉てこもり=ラ行四段動詞「閉てこもる(たてこもる)」の連用形
て=接続助詞
出で=ダ行下二段動詞「出づ」の未然形
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
翁もまた足なへぎて百歩をかたしとすれば、深く閉てこもりて出でず。
私もまた足が不自由で百歩進むのも困難であったので、家に深く閉じこもって外に出なかった。
一たび=名詞
樹神(こたま)=名詞
など=副助詞
いふ=ハ行四段動詞「言ふ」の連体形
恐ろしき=シク活用の形容詞「恐ろし」の連体形
鬼=名詞
の=格助詞
栖む=マ行四段動詞「栖む(すむ)」の連体形
所=名詞
と=格助詞
なり=ラ行四段動詞「成る」の連用形
たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
を=接続助詞
稚き=ク活用の形容詞「稚し(わかし)」の連体形
女子(おんなご)=名詞
の=格助詞
矢武に=ナリ活用の形容動詞「矢武なり(やたけなり)」の連用形、勇ましい
おはする=補助動詞サ変「おはす」の連体形、尊敬語。動作の主体である宮木を敬っている。翁からの敬意。
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。ここでの結びは「老が物見たる中のあはれなりし。」の『し』。
一たび樹神などいふ恐ろしき鬼の栖む所となりたりしを、稚き女子の矢武におはするぞ、
ひとたび樹神などという恐ろしい鬼の住処へと変わってしまったけれども、若い女性なのに勇ましく(その場所に住み続け)ていらっしゃったのは、
老=名詞
が=格助詞
もの=名詞
見=マ行上一段動詞「見る」の連用形
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
中=名詞
の=格助詞
あはれなり=ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形。「あはれ」はもともと感動したときに口に出す感動詞であり、心が動かされるという意味を持つ。しみじみと思う、しみじみとした情趣がある
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。
老が物見たる中のあはれなりし。
私が見聞きしたことの中でも、感慨深いことであった。
秋=名詞
去り=ラ行四段動詞「去る」の連用形
春=名詞
来たり=ラ行四段動詞「来たる」の連用形
て=接続助詞
そ=代名詞
の=格助詞
年=名詞
の=格助詞
八月十日=名詞
と=格助詞
いふ=ハ行四段動詞「言ふ」の連体形
に=格助詞
死り=ラ行四段動詞「死る(まかる)」の連用形
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の終止形、尊敬語。動作の主体である烈婦(=宮木)を敬っている。翁からの敬意。
秋去り春来たりて、その年の八月十日といふに死り給ふ。
秋が去り春がやってきて、その年の八月十日という日にお亡くなりになった。
惆しさ(いとほしさ)=名詞、気の毒さ。可愛いさ(かわいさ)。
の=格助詞
あまり=名詞
に=格助詞
老=名詞
が=格助詞
手づから=副詞
土=名詞
を=格助詞
運び=バ行四段動詞「運ぶ」の連用形
て=接続助詞
柩(ひつぎ)=名詞
を=格助詞
蔵め=マ行下二段動詞「蔵む(おさむ)」の連用形
そ=代名詞
の=格助詞
終焉(おわり)=名詞
に=格助詞
残し=サ行四段動詞「残す」の連用形
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である烈婦(=宮木)を敬っている。翁からの敬意。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
筆=名詞
の=格助詞
跡=名詞
を=格助詞
塚=名詞
の=格助詞
しるし=名詞
と=格助詞
し=サ変動詞「す」の連用形、する。
て=接続助詞
惆しさのあまりに、老が手づから土を運びて柩を蔵め、その終焉に残し給ひし筆の跡を塚のしるしとして、
あまりにもお気の毒なので、私が自ら土を運んで棺を納め、その死に際にお残しになった筆の跡をお墓のしるしとして、
水向け=名詞
の=格助詞
祭り=名詞
も=係助詞
心=名詞
ばかり=副助詞、(程度)~ほど・ぐらい。(限定)~だけ。
に=格助詞
ものし=サ変動詞「物す(ものす)」の連用形、代動詞、「~する」、ある、いる、行く、来る、生まれる、などいろいろな動詞の代わりに使う。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
が=接続助詞
翁=名詞
もとより=副詞
筆=名詞
執る=ラ行四段動詞「執る」の連体形
わざ=名詞、こと、事の次第。おこなひ、動作、しわざ、仕事。仏事、法事、法会。
を=格助詞
しも=強調の副助詞
知ら=ラ行四段動詞「知る」の未然形
ね=打消の助動詞「ず」の已然形、接続は未然形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
水向けの祭りも心ばかりにものしけるが、翁もとより筆執るわざをしも知らねば、
手向けの水の供養も心ばかりにしたが、私はもとより文字を書くことを知らないので、
そ=代名詞
の=格助詞
年月=名詞
を=格助詞
記す=サ行四段動詞「記す」の連体形
こと=名詞
も=係助詞
え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない」
せ=サ変動詞「す」の未然形、する。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
寺院(てら)=名詞
遠けれ=ク活用の形容詞「遠し」の已然形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
贈号(おくりな)=名詞
を=格助詞
求むる=マ行下二段動詞「求む」の連体形
すべ(術)=名詞
も=係助詞
なく=ク活用の形容詞「無し」の連用形
て=接続助詞
五年(いつとせ)=名詞
を=格助詞
過ごし=サ行四段動詞「過ごす」の連用形
侍る=補助動詞ラ変「侍り(はべり)」の連体形、丁寧語。言葉の受け手である勝四郎を敬っている。翁からの敬意。
※「候(さうらふ/さぶらふ)・侍り(はべり)」は補助動詞だと丁寧語「~です、~ます」の意味であるが、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
その年月を記すこともえせず、寺院遠ければ、贈号を求むるすべもなくて、五年を過ごし侍るなり。
その年月(=宮木の命日)を記すこともできず、寺院も遠いので、戒名を手に入れる方法もなくて、五年が過ぎたのであります。
今=名詞
の=格助詞
物語=名詞
を=格助詞
聞く=カ行四段動詞「聞く」の連体形
に=接続助詞
必ず=副詞
烈婦(さかしめ)=名詞
の=格助詞
魂(たま)=名詞
の=格助詞
来たり=ラ行四段動詞「来たる」の連用形
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である烈婦(=宮木)を敬っている。翁からの敬意。
て=接続助詞
久しき=シク活用の形容詞「久し」の連体形
恨み=名詞
を=格助詞
聞こえ=ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の連用形、「言ふ」の謙譲語。動作の対象である勝四郎を敬っている。翁からの敬意。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連体形、尊敬語。動作の主体である烈婦(=宮木)を敬っている。翁からの敬意。
なる=断定の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形
べし=推量の助動詞「べし」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
今の物語を聞くに、必ず烈婦の魂の来たり給ひて、久しき恨みを聞こえ給ふなるべし。
今のお話(=勝四郎が老人に語った昨夜の出来事の話)を聞いたところ、きっとあなたの妻の魂がやって来られて、長い間あなたのことを待っていた恨み言を申されたのでしょう。
ふたたび=名詞
かしこ(彼処)=名詞、あそこ、あの場所
に=格助詞
行き=カ行四段動詞「行く」の連用形
て=接続助詞
ねんごろに=ナリ活用の形容動詞「懇ろなり(ねんごろなり)」の連用形、親切なさま、熱心なさま
とぶらひ=ハ行四段動詞「弔ふ(とぶらふ)」の連用形、弔う、弔問する。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の命令形、尊敬語。動作の主体である勝四郎を敬っている。翁からの敬意。
と=格助詞
て=接続助詞
ふたたびかしこに行きて、ねんごろにとぶらひ給へ。」とて、
もう一度あの場所に行って、心を込めて弔ってあげなさい。」と言って、
杖=名詞
を=格助詞
曳き=カ行四段動詞「曳く(ひく)」の連用形
て=接続助詞
先=名詞
に=格助詞
立ち=タ行四段動詞「立つ」の連用形
あひともに=副詞
塚=名詞
の=格助詞
前=名詞
に=格助詞
伏し=サ行四段動詞「伏す」の連用形
て=接続助詞
声=名詞
を=格助詞
あげ=ガ行下二段動詞「上ぐ」の連用形
て=接続助詞
嘆き=カ行四段動詞「嘆く」の連用形
つつ=接続助詞
も=係助詞
そ=代名詞
の=格助詞
夜=名詞
は=係助詞
そこ=代名詞
に=格助詞
念仏し=サ変動詞「念仏す」の連用形
て=接続助詞
明かし=サ行四段動詞「明かす」の連用形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
杖を曳きて先に立ち、あひともに塚の前に伏して、声をあげて嘆きつつも、その夜はそこに念仏して明かしける。
(老人は)杖をついて先に立ち、二人でいっしょにお墓の前に伏して、声を上げて嘆きつつ、その夜はそこで念仏を唱えて夜を明かしたのだった。