「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら平家物語『壇ノ浦(安徳天皇の入水)』現代語訳(1)(2)(3)
さるほどに、四国・鎮西の兵ども、みな平家を背いて源氏につく。
そのうちに、四国・九州の兵たちが、みな平家に反逆して源氏側の軍勢についた。
今まで従ひついたり し者どもも、君に向かつて弓をひき、主に対して太刀を抜く。
たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
今まで従っていた者たちも、君に向かって弓を引き、主に対して太刀を抜いた。
かの岸に着かむとすれ ば、波高くしてかなひ難し。
彼の(かの)=あの、例の。「か(名詞)/の(格助詞)」と品詞分解する。
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
すれ=サ変動詞「す」の已然形、する。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
あちらの岸に着こうとすると、波が高くてできそうにない。
このみぎはに寄らむとすれ ば、敵矢先をそろへて待ちかけたり。
汀(みぎわ)=名詞、水際(みずぎわ)、岸部。
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
すれ=サ変動詞「す」の已然形、する。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
たり=存続の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形
こちらの岸に寄ろうとすると、敵が矢先をそろえて待ちかまえている。
源平の国争ひ、今日を限りとぞ 見え たり ける。
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
見え=ヤ行下二段動詞「見ゆ」の連用形、見える、分かる、思われる。「ゆ」には「受身・自発・可能」の意味が含まれていたり、「見ゆ」には多くの意味がある。
たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。
源氏と平家の国を巡っての争いは、今日が最後と見えた。
源氏の兵ども、すでに平家の船に乗り移りけれ ば、
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
源氏の兵たちは、すでに平家の船に乗り移ったので、
水手梶取ども、射殺され、切り殺されて、船を直すに及ばず、船底に倒れ伏しに けり。
れ=受身の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。もう一つの「れ」も同じ。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
水夫や舵取りたちも、射殺され、斬り殺されて、船の進路を直すことができず、船底に倒れ伏してしまった。
新中納言知盛郷、小船に乗つて、御所の御船に参り、「世の中は今はかうと見えてさうらふ。
参り=ラ行四段動詞「参る(まいる)」の連用形、謙譲語。動作の対象である天皇(=安徳天皇)を敬っている。作者からの敬意。
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。
斯う(かう)=副詞、こう、このように。 「斯く(かく)」が音便化したもの。
さうらふ=補助動詞ハ行四段「候ふ(さうろふ)」の終止形、丁寧語。言葉の受け手(聞き手)である天皇(=安徳天皇)を敬っている。新中納言知盛卿からの敬意。
※「候ふ(さぶらふ)・侍り(はべり)」は補助動詞だと丁寧語「~です、~ます」の意味であるが、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
※平家物語においての「候ふ」の読み方として、男性が使用していると「さうらふ・そうろう」、女性だと「さぶらふ・さぶらう」という読み方になるので注意。逆に言えば、「さうらふ」があれば、その内容を話しているのは男性だという推測が成り立つ。
新中納言知盛卿は、小船に乗って、(安徳天皇の)御所である御船に参上し、「世の中はもはやこれまでと見えます。
見苦しからむ物ども、みな海へ入れさせ 給へ。」とて、
む=婉曲の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。直後に体言があると婉曲になりがち。婉曲とは遠回しな表現。
訳:「見苦しい(ような)物」
させ=尊敬の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である天皇(=安徳天皇)を敬っている。新中納言知盛卿からの敬意。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の命令形、尊敬語。
見苦しいような物などは、全て海へお投げ入れください。」とおっしゃって、
艫舳に走り回り、掃いたり拭うたり、塵拾ひ、手づから掃除せ られ けり。
たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形。もう一つの「たり」も同じ。
掃除せ=サ変動詞「掃除す」の未然形。 「名詞+す(サ変動詞)」で一つのサ変動詞になるものがいくらかある。例:「音す」、「愛す」、「ご覧ず」
られ=尊敬の助動詞「らる」の連用形、接続は未然形。「る・らる」には受身・尊敬・自発・可能の四つの意味がある。動作の主体である新中納言知盛卿を敬っている。作者からの敬意。
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
船の前や後ろへ走り回り、掃いたり拭いたり、塵を拾い、自ら掃除をなさった。
女房たち、「中納言殿、戦はいかに や いかに。」と、口々に問ひ給へ ば、
いかに=副詞、どんなに、どう。
や=疑問の係助詞
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である女房たちを敬っている。作者からの敬意。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
女房たちが、「中納言殿、戦いはいったいどのよう状況なのですか。」と、口々にお尋ねになると、
「めづらしき東男をこそ、御覧ぜ られ さうらは むず らめ。」とて、
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。
御覧ぜ=サ変動詞「御覧ず」の未然形、「見る」の尊敬語。御覧になる。おそらく動作の主体である女房たちを敬っている。新中納言知盛卿からの敬意。
られ=尊敬の助動詞「らる」の連用形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。おそらく動作の主体である女房たちを敬っている。新中納言知盛卿からの敬意。
さうらは=補助動詞ハ行四段「候ふ(さうろふ)」の未然形、丁寧語。おそらく言葉の受け手(聞き手)である女房たちを敬っている。新中納言知盛卿からの敬意。
むず=推量の助動詞「むず」の終止形、接続は未然形。㋜㋑㋕㋕㋓の五つの意味がある「む」と同じようなものと思ってしまった方が楽。正確に言うと「推量」・「意志」・「適当、当然」の意味である。話し言葉で使われるのが「むず」、書き言葉で使われるのが「む」である。
語 |
未然形 |
連用形 |
終止形 |
連体形 |
已然形 |
命令形 |
むず |
○ |
○ |
むず |
むずる |
むずれ |
○ |
らめ=現在推量の助動詞「らむ」の已然形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。基本的に「らむ」は文末に来ると「現在推量・現在の原因推量」、文中に来ると「現在の伝聞・現在の婉曲」
(新中納言知盛卿は)「珍しい東男(=源氏の武士)を、ご覧になることでしょう。」とおっしゃって、
からからと笑ひ給へ ば、
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である新中納言知盛卿を敬っている。作者からの敬意。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
からからとお笑いになるので、
「なんでふのただ今の戯れぞ や。」とて、声々にをめき叫び給ひ けり。
なんでふ=副詞、なんという。(反語で)どうして~か。(いや~ない。)
ぞ=強調の係助詞
や=疑問の係助詞
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である女房たちを敬っている。作者からの敬意。
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
(女房たちは)「なんという、ただ今の(このような状況での)ご冗談ですか。」と言って、声ごえにわめき叫びなさった。
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