青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
まとめはこちら『人虎伝』まとめ
又曰ハク、「我ト与レハ君真ニ忘形之友也。
又曰はく「我と君とは真に忘形の友なり。
(虎が)さらに言うことには、「私と君とは本当に外形にとらわれず心で結ばれた友である。
而シテ我将レニ有レラント所レ託スル、可ナラン乎ト。」
而して我将に託する所有らんとす。可ならんか。」と。
※将=再読文字、「将(まさ)に~んとす」、「~しようとする・~するつもりだ」
そして私は君に頼みたい事がある。よいだろうか。」と。
傪曰ハク、「平昔ノ故人、安クンゾ有レラン不レルコト可ナラ哉。
傪曰はく「平昔の故人、安くんぞ可ならざること有らんや。
※「安クンゾ ~ (セ)ン(ヤ)」=反語、「安くんぞ ~(せ)ん(や)」、「どうして ~(する)だろうか。(いや、~ない)」
傪は言った、「以前からの旧友だ、どうして断ることがあろうか。
恨ムラクハ未レダ知二ラ何-如ノ事一ナルカヲ。
恨むらくは未だ何如の事なるかを知らず。
※「未ニダ ~ 一(セ)」=再読文字、「未だ ~(せ)ず」、「まだ ~(し)ない」
残念なことには、(君が頼みたい事というのが)まだ何の事か分からない。
願ハクハ尽ク教レヘヨト之ヲ。」
願はくは尽く之を教へよ。」と。
※「願ハクハ ~(セヨ)」=願望、「どうか ~させてください/どうか ~してください」
どうか全部それを教えてくれ。」と。
虎曰ハク、「君不レンバ許レサ我ニ、我何ゾ敢ヘテ言ハン。
虎曰はく「君我に許さずんば、我何ぞ敢へて言はん。
※「何ゾ ~ (セ)ン(ヤ)」=反語、「何ぞ ~(せ)ん(や)」、「どうして ~(する)だろうか。(いや、~ない)」
虎が言うことには、「君が引き受けてくれなければ、私はどうして無理に言うことができようか。(いや、できまい。)
君既ニ許レサバ我ニ、豈ニ有レラン隠スコト耶。
君既に我を許さば、豈に隠すこと有らんや。
※「豈ニ ~ (セ)ンや(哉・乎・耶)」=反語、「豈に ~ (せ)んや」、「どうして ~ だろうか。(いや、~ない。)」
君が今引き受けてくれるならば、どうして隠すことがあろうか。(いや、隠さず話そう。)
吾ガ妻孥尚ホ在二ラン虢略一ニ。豈ニ知三ラン我化シテ為二ルヲ異類一ト乎。
吾が妻孥尚ほ虢略に在らん。豈に我化して異類と為るを知らんや。
※「豈ニ ~ (セ)ンや(哉・乎・耶)」=反語、「豈に ~ (せ)んや」、「どうして ~ だろうか。(いや、~ない。)」
私の妻子はまだ虢略にいるだろう。どうして私が獣になっってしまったことなど知っているだろうか。(いや、知るまい。)
君自レリ南回ラバ、為ニ賷レシテ書ヲ、訪二ヘ吾ガ妻子一ヲ。
君南より回らば、為に書を賷して、吾が妻子を訪へ。
君が南方から帰ったならば、手紙を持って行って、私の妻子を訪ねてくれ。
但ダ云二ヒ我已ニ死一セリト、無レカレ言二フコト今日ノ事一ヲ。志レセト之ヲ。」
但だ我已に死せりと云ひ、今日の事を言ふこと無かれ。之を志せ。」と。
※「無二カレA一スル(コト)」=禁止、「Aしてはならない」
私はもう死んでしまったとだけ言って、京のことは言わないでくれ。そのことは決して忘れてくれるなよ。」と。
乃チ曰ハク、「吾於二イテ人ノ世一ニ、且ツ無二シ資業一。
乃ち曰はく、「吾人の世に於ひて、且つ資業無し。
さらに言うことには、「私は人間の世界にいた時、財産がなかった。
有レルモ子尚ホ稚ク、固ヨリ難二シ自ラ謀一リ。君ハ位列二シ周行一ニ、素ヨリ秉二ル風義一ヲ。
子有るも尚ほ稚く、固より自ら謀り難し。君は位周行に列し、素より風義を秉る。
子供がいるけれどもまだ幼く、言うまでもなく自分の力で生活するのは難しい。君は高官の地位にあり、普段から立派なふるまいをしている。
昔日之分、豈ニ他人能ク右ラン哉。必ズ望レム念二フニ其ノ孤弱一ヲ。
昔日の分、豈に他人能く右らんや。必ず其の孤弱を念ふに望む。
※「豈ニ ~ (セ)ンや(哉・乎・耶)」=反語、「豈に ~ (せ)んや」、「どうして ~ だろうか。(いや、~ない。)」
昔からの仲で、どうして(君よりも)他の人間がまされることがあろうか。(いや、君の右に出る人間はいない。)是非ともその父親のいない幼子を心にかけてほしい。
時ニ賑-二恤シ之一ヲ、無レクンバ使三ムルコト殍-二死セ於道途一ニ、亦タ恩之大ナル者ナリト。」
時に之を賑恤し、道途に殍死せしむること無くんば、亦た恩の大なる者なり。」と。
※使=使役「使二ムAヲシテB一(セ)」→「AをしてB(せ)しむ」→「AにBさせる」 ※於=置き字(場所)
時にはこの困窮している子を憐れんで救い、道端に飢えて死ぬことがないようにしてくれたならば、これもまた大きな恩義のだ。」と。
言ヒ已ハリテ、又悲泣ス。
言ひ已はりて、又悲泣す。
言い終わると、(虎は)また悲しそうに泣いた。
傪モ亦タ泣キテ曰ハク、「傪ト与二ハ足下一休戚同ジ焉。然ラバ則チ足下ノ子ハ亦タ傪ノ子也。
傪も亦た泣きて曰はく、「傪と足下とは休戚同じ。然らば則ち足下の子は亦た傪の子なり。
※焉=置き字(断定・強調)
傪もまた泣いて言うことには、「私と君とは喜びも悲しみも共にする仲だ。それならば君の子はまた私の子でもある。
当三ニ/シ力メテ逼二フ厚命一ニ。
当に力めて厚命に逼ふべし。
※当=再読文字、「当(まさ)に~べし」「~すべきである・きっと~のはずだ」
きっと努力して君のねんごろな依頼にそうようにしよう。
又何ゾ虞二レン其ノ不一レルヲ至ラ哉ト。」
又何ぞ其の至らざると虞れんや。」と。
※「何ゾ ~ (セ)ン(ヤ)」=反語、「何ぞ ~(せ)ん(や)」、「どうして ~(する)だろうか。(いや、~ない)」
この上どうして私がいいかげんにすることを心配することがあろうか。(いや、心配はない。)」と。
続きはこちら『人虎伝』(4.2)原文・書き下し文・現代語訳