青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
帝尭陶唐氏ハ、帝嚳ノ子也。
帝尭陶唐氏は、帝嚳の子なり。
帝尭陶唐氏は帝嚳の子である。
其ノ仁ハ如レク天ノ、其ノ知ハ如レシ神ノ。
其の仁は天の如く、其の知は神の如し。
その仁は天のように広く、その知恵は神であるかのようであった。
就レケバ之ニ如レク日ノ、望レメバ之ニ如レシ雲ノ。
之に就けば日の如く、之に望めば雲の如し。
尭に近づくとその心は太陽のように温かく、遠くから見ると(恵みの雨をもたらす)雲のように偉大であった。
都二ス平陽一ニ。茆茨ハ不レ剪ラ、土階三等ノミ。
平陽に都す。茆茨剪らず、土階三等のみ。
平陽に都を置いた。宮殿のかやぶき屋根の端は切りそろえておらず、宮殿に上る階段は、土で築かれた三段だけであった。
治二ムルコト天下一ヲ五十年、不レ知二ラ天下治マル歟、不レル治マラ歟、億兆願レフ戴レクコトヲ己ヲ歟、不レル願レハ戴レクコトヲ己ヲ歟一ヲ。
天下を治むること五十年、天下治まるか、治まらざるか、億兆己を戴くことを願ふか、己を戴くことを願はざるかを知らず。
※「 ~歟[邪・乎・也・哉・耶・与]」=疑問、「 ~か(や)」、「 ~か」
天下を治めて五十年になったが、天下は(平安に)治まっているのか、治まっていないのか、万民が自分を天子としてあがめることを願っているのか、願っていないのか、わからなかった。
問二フニ左右一ニ、不レ知ラ。問二フニ外朝一ニ、不レ知ラ。問二フニ在野一ニ、不レ知ラ。
左右に問ふに、知らず。外朝に問ふに、知らず。在野に問ふに、知らず。
側近に尋ねたところ、わからず。外朝に尋ねたが、わからず。(官に仕えない)民間の者に尋ねたが、わからず。
乃チ微服シテ游二ブ於康衢一ニ。
乃ち微服して康衢に游ぶ。
そこで人目につかない服装にして大通りに出かけた。
聞二クニ童謡一ヲ、曰ハク、
童謡を聞くに、曰はく、
童謡を聞くと、歌っていたことには、
「立二ツルハ我ガ烝民一ヲ 莫レシ匪二ザル爾ノ極一ニ 不レ識ラ不レ知ラ 順二フト帝之則一ニ」
「我が烝民を立つるは 爾の極に匪ざる莫し 識らず知らず 帝の則に順ふ。」と。
※「無レシ非二ザル(ハ) ~一ニ」=二重否定、「 ~に非ざる(は)無し」、「 ~でないことはない。」。強い肯定を表す。
「私たち民衆の生活を成り立たせているのは あなた様の徳のおかげに他なりません 知らず知らずのうちに 帝の法に従っています。」と。
有二リ老人一、含レミ哺ヲ鼓レウチ腹ヲ、撃レチテ壌ヲ而歌ヒテ曰ハク、
老人有り、哺を含み腹を鼓うち、壌を撃ちて歌ひて曰はく、
老人がおり、食べ物をほおばり腹つづみをうち、足で地面を踏み鳴らして拍子をとって歌っていたことには、
「日出デテ而作シ 日入リテ而息フ 鑿レチテ井ヲ而飲ミ 耕レシテ田ヲ而食ラフ
「日出でて作し 日入りて息ふ 井を鑿ちて飲み 田を耕して食らふ
「日が出れば仕事をし 日が沈めば休息する 井戸を掘って水を飲み 田を耕して実った作物を食べる
帝力何ゾ有二ラン於我一ニ哉ト」
帝力何ぞ我に有らんや。」と。
※「何ゾ ~ (セ)ン哉」=反語、「何ぞ ~んや」、「どうして ~だろうか。(いや、~ない。)」
帝の力がどうして我々に関係あろうか。(いや、ない。)」と。