【西京雑記】
青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
元帝ノ後宮既ニ多ク、不レ得二常ニハ見一ユルヲ。
元帝の後宮既に多く、常には見ゆるを得ず。
※「不二常ニハ ~一(セ)」=部分否定、「常には ~(せ)ず」、「いつも ~するとは限らない」
参考:「常ニ不二 ~一(セ)」=全部否定、「常に ~(セ)ず」、「いつも ~しない」
元帝の後宮にすむ宮女達はもう多くいたので、いつもお目にかかるというわけにはいかなかった。
乃チ使二メ画工ヲシテ図一レカ形ヲ、案レジ図ヲ、召シテ幸レス之ヲ。
乃ち画工をして形を図かしめ、図を案じ、召して之を幸す。
※使=使役「使二ムAヲシテB一(セ)」→「AをしてB(せ)しむ」→「AにBさせる」
そこで画工に姿を描かせて、その絵を見て考え、(気に入った宮女)をお呼び出しになって寵愛した。
諸宮人皆賂二ヒシ画工一ニ、多キ者ハ十万、少ナキ者モ亦不レ減二ゼ五万一ヲ。
諸宮人皆画工に賂ひし、多き者は十万、少なき者も亦五万を減ぜず。
宮女達は皆画工に賄賂を送って、多いものは十万銭、少ない者でもまた五万銭を下回ることはなかった。
独リ王嬙ノミ不レ肯ゼ。遂ニ不レ得レ見ユルヲ。
独り王嬙のみ肯ぜず。遂に見ゆるを得ず。
※「不レ得二 ~一(スル)ヲ」=不可能、「 ~(する)を得ず」、「(機会がなくて) ~できない」
王嬙(=王昭君)のみは賄賂を送ろうとはしなかった。こうして(元帝に)お目にかかることはできなかった。
匈奴入朝スルヤ、求二メテ美人一ヲ為二サントス閼氏一ト。
匈奴入朝するや、美人を求めて閼氏と為さんとす。
匈奴の使者が朝廷に来て、美女を要求して匈奴の王の妻にしたいと申し出た。
於レイテ是ニ上案レジ図ヲ、以二ツテ昭君一ヲ行カシム。
是に於いて上図を案じ、昭君を以つて行かしむ。
そこで(画工に描かせた)絵を見て考え、(一番美しくなかった)王昭君を行かせることにした。
及レビテ去ルニ召見スルニ、貌為二リ後宮第一一。
去るに及びて召見するに、貌後宮第一たり。
(王昭君が)後宮を去る段階になって呼び出して見ると、容貌は宮女一の美女であった。
善ク対応シ、挙止閑雅ナリ。
善く応対し、挙止閑雅なり。
応対の仕方もすばらしく、たちふるまいも落ち着いていて優雅であった。
帝悔レユルモ之ヲ、而名籍已ニ定マル。
帝之を悔ゆるも、名籍已に定まる。
元帝はこのことを悔やんだが、名簿は既に決まっていた。
帝重二ンズ信ヲ於外国一ニ。故ニ不二復タ更一レヘ人ヲ。
帝信を外国に重んず。故に復た人を更へず。
※「不二復タ ~一(セ)」=部分否定、「復た~(せ)ず」、「決して~しない/二度とは~しない」
参考:「復タ不二 ~一(セ)」=全部否定、「復た~(セ)ず」、「今度もまた~しない」
元帝は外国に対する信用を重んじた。なので二度とは人を代えなかった。
乃チ窮-二案シ其ノ事一ヲ、画工皆棄市セラル。
乃ち其の事を窮案し、画工皆棄市せらる。
そこでこの事を徹底的に調べ上げ、画工達は皆死刑になって市中にさらされた。