目次
あらすじ
絵仏師良秀は、隣家からの出火で燃える自分の家を見て、うなずいたり笑ったりしていた。
見舞いに来た人がその理由を尋ねると、良秀はこの火事を見て不動尊の火炎の描き方を理解できたと喜んでいるであった。
その後、良秀の絵は「よじり不動」と言われ、人々に賞賛された。
本文と解説
「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」という色分けをしています。
原文・解説・現代語訳
これも今は昔、絵仏師良秀といふ あり けり。
いふ=ハ行四段活用の動詞「言ふ」の連体形。ちなみに、直後に体言(ここでは「者」)が省略されているため連体形(体言に連なる形)となっている。
あり=ラ変動詞「あり」の連用形。直後に接続が連用形の助動詞「けり」が来ているため連用形となっている。
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続(直前に置かれる活用形)は連用形
これも今は昔のことだが、絵仏師良秀という者がいた。
家の隣より火出で来(き)て、風おしおほひてせめ けれ ば、逃げ出でて大路へ出で に けり。
出で来(いでき)=カ変動詞「出で来(いでく)」の連用形
おしおほひ=ハ行四段動詞「おしおほふ」の連用形
せめ=マ行下二段動詞「迫む(せむ)」の連用形
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
逃げ出(い)で=ダ行下二段動詞「逃げ出づ(にげいづ)」の連用形
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形。
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形。
隣の家から火が出てきて、風がおおうように吹いて火が迫って来たので、(良秀は)逃げ出して、大通りへ出た。
人の書か する仏もおはし けり。また衣着 ぬ妻子なども、さながら内にあり けり。
書か=カ行四段動詞「書く」の未然形
する=使役の助動詞「す」の連体形、接続は未然形。「す」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。
おはし=サ変動詞「おはす」の連用形、「あり・居り・行く・来」の尊敬語。いらっしゃる、おられる、あおりになる。作者から仏への敬意を表している。
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形。もう一つの「けり」も同じ。
着=カ行上一動詞「着る」の未然形。上一段活用の動詞は「{ ひ・い・き・に・み・ゐ } る」
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
さながら=副詞、そのまま、もとのまま。すべて、全部
あり=ラ変動詞「あり」の連用形
(良秀の家の中には、)人が(良秀に依頼して)描かせている仏の絵もおありであった。また、衣服も着ていない妻子なども、そのまま家の中にいた。
それも知らず、ただ逃げ出でたるを事にして、向かひのつらに立て り。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
事にす=良い事とする、それに満足する。「事(名詞)/に(格助詞)/し(サ変動詞の連用形)」
立て=タ行四段動詞「立つ」の已然形。「立つ」は下二段動詞でもあり、その時は「立たせる」と言う意味になる。
り=存続の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
それも気にせず、ただ(自分が)逃げ出したのを良い事にして、(自分の家の)向かいの側に立っていた。
見れ ば、すでに我が家に移りて、煙、炎くゆり けるまで、おほかた向かひのつらに立ちて眺め けれ ば、
見れ=マ行上一動詞「見る」の已然形。上一段活用の動詞は「{ ひ・い・き・に・み・ゐ } る」
ば=接続助詞、直前には未然形か已然形の活用形が付く。ここでは②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
くゆり=ラ行四段動詞「くゆる」の連用形。くすぶる、くすぶって煙やにおいが立ちのぼる
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。直後に体言(ここでは「ところ・時」など)が省略されているため連体形となっている。
おほかた=副詞、だいたい、およそ。一般に
眺め=マ行下二動詞「眺む」の連用形
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前には未然形か已然形の活用形が付く。ここでは原因・理由①「~なので、~だから」の意味で使われている。
見ると、すでに我が家に(火が)移って、煙、炎がくすぶり燃え出したところまで、だいたい向かい側に立って(良秀は)眺めていたので、
「あさましき事。」とて、人ども来(き) とぶらひ けれ ど、騒がず。
あさましき=シク活用の形容詞「あさまし」の連体形、驚きあきれる、意外でびっくりすることだ
来(き)=カ変動詞「来(く)」の連用形。直後に用言(とぶらひ)がきているため連用形(用言に連なる形)になっているので、「き」と読む
とぶらひ=ラ行四段動詞「とぶらふ」の連用形、見舞う、訪れる
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ど=逆接の接続助詞、直前には已然形が来る
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
「大変なことだ。」と言って、人々が見舞いにやって来たが、動じてない。
「いかに。」と人いひけれ ば、向かひに立ちて、家の焼くるを見て、うちうなづきて、時々笑ひけり。
いかに=副詞、どうした。どのように。なぜ。おい。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前には未然形か已然形の活用形が付く。ここでは②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
焼くる=カ行下二段動詞「焼く」の連体形。焼ける様子を見てと訳せるので、「焼くる」の後には「様子(体言(名詞))」が省略されている。よって「焼くる(連体形)」という活用形になっている。
うちうなづき=カ行四段動詞「うちうなづく」の連用形。「うち」は接頭語、「ちょっと・すこし」などの意味があるが、あまり気にしなくてもよい。
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
「どうした。」と(ある)人が言ったところ、(良秀は家の)向かい側に立って、家の焼けるのを見て、少しうなづいて、時々笑った。
「あはれ、し つる せうとく かな。年ごろはわろく書きけるものかな。」といふ時に、
あはれ=感動詞、ああ。「あはれ」とは感動したときに口に出す言葉であることから、心が動かされるという意味を持つ名詞や形容詞、形容動詞として使われるようにもなった。
し=サ変動詞「す」の連用形、する
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
所得(せうとく)=名詞、得をすること、うまくいくこと
かな=詠嘆の終助詞、~だなあ、~であることよ。どちらの「かな」も同じ意味
年ごろ=名詞、長年、長年の間
わろく=ク活用の形容詞「悪(わろ)し」の連用形、良くない、普通とは劣るさま。下手だ、ぱっとしない。対義語は「よろし」。「わろし」は相対的に悪い状態。「悪(あ)し」は絶対的に悪い状態。「よし>よろし≧普通≧わろし>あし」みたいなイメージ。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
「ああ、もうけものをしたことだなあ。長年の間(火炎を)下手に描いてきたものだよ。」と(良秀が)言う時に、
とぶらひに来たる者ども、「こはいかに、かくては立ち給へ る ぞ。あさましき事かな。物の憑き給へ る か。」といひければ、
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
かくて=副詞、このようにして、こうして
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。補助動詞とは、英語の助動詞みたいなもの。意味は尊敬。人々から良秀への敬意を表している。
る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
ぞ=強調の係助詞
か=疑問の係助詞
あさましき=シク活用の形容詞「あさまし」の連体形、驚きあきれる、意外でびっくりすることだ
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形
見舞いに来た人々が、「これはどうして、このようにしてお立ちになっているのか。あきれたことだ。霊が取りつきなさっているのか。」と言ったところ、
「なんでふものの憑くべき ぞ。年ごろ不動尊の火炎を悪しく書きける なり。
べき=当然の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変は連体形)。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある
ぞ=強調の係助詞
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
「どうして霊が取りつくはずがあろうか。(いや、ない。)長年不動尊の火炎を下手に描いていたのだ。
今見れ ば、かうこそ燃えけれと、心得 つる なり。これこそせうとくよ。
見れ=マ行上一動詞「見る」の已然形。上一段活用の動詞は「{ ひ・い・き・に・み・ゐ } る」
ば=接続助詞、直前には未然形か已然形の活用形が付く。ここでは②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。ここの結びは「けれ」。係り結び。意味は強調なので気にせず「かう燃えけり」と本来の形(「~と」の前なので本来「けれ」は終止形の「けり」になるはずである。)に戻して訳を考えると良い。
けれ=詠嘆の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。「けり」は過去の意味で使われることがほとんどだが、①和歌での「けり」②会話文での「けり」③なりけりの「けり」では詠嘆に警戒する必要がある。①はほぼ必ず詠嘆だが、②③は文脈判断
心得(こころえ)=ア行下二段動詞「心得(こころう)」の連用形。心得る、(事情などを)理解する。ア行下二段動詞は「得・心得・所得」だけのはずなので覚えておいた方がよい。
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
今見ると、(火炎とは)こう燃えるものだったなぁと、理解したのだ。これこそもうけものよ。
この道を立てて世にあら むには、
世にあら=生きている、この世にいる。「世(名詞)/に(格助詞)/あら(ラ変動詞の未然形)」
む=仮定の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。
この(絵仏師としての)道を職業として生きて行こうとするには、
仏だに よく書き奉(たてまつ)ら ば、百千の家も出で来(き) な む。
だに=副助詞、~さえ、せめて~だけでも
よく=ク活用の形容詞「良し」の連用形、対義語は「悪(あ)し」。「よし>よろし≧普通≧わろし>あし」みたいなイメージ。
奉ら=補助動詞ラ行四段「奉(たてまつ)る」未然形、謙譲語。~し申し上げる。良秀から仏への敬意を表している。
ば=接続助詞、直前に未然形が来ているため④仮定条件「もし~ならば」。直前が已然形だと①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれか。直前が未然形なら④仮定条件「もし~ならば」である。
出で来(いでき)=カ変動詞「出で来(いでく)」の連用形
な=強意の助動詞「ぬ」の未然形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる
む=推量の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
仏さえうまく描き申し上げたら、百や千軒の家もきっと出来るだろう。
わたうたちこそ、させる能もおはせ ね ば、物をも惜しみ 給へ。」といひて、
わたうたち=名詞、おまえら、おまえたち
わたう=(同等か目下の物に対して)おまえ、おまえら
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。ここの結びは「けれ」。意味は強調なので気にせず「物をも惜しみ給ふ」と本来の形(文末なので終止形の「給ふ」)に戻して訳を考えると良い。
させる=連体詞、これという、それほどの
おはせ=サ変動詞「おはす」の未然形、「あり・居り・行く・来」の尊敬語。いらっしゃる、おられる、あおりになる。良秀からとぶらひに来たる者どもへの敬意を表している。
ね=打消の助動詞「ず」の已然形、接続は未然形
ば=接続助詞、直前には未然形か已然形の活用形が付く。ここでは①原因・理由「~なので、~だから」の意味で使われている。
惜しみ=マ行四段動詞「惜しむ」の連用形
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の已然形、尊敬語。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。良秀からとぶらひに来たる者どもへの敬意を表している。
お前たちこそ、これという才能もおありでないから、物を惜しみなさるのだ。」と言って、
あざ笑ひてこそ立てり けれ。その後に や、良秀がよぢり不動とて、今に人々愛で合へ り。
り=存続の助動詞「り」の連用形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
や=疑問の係助詞、結びは連体形となるが、直後に「あら(ラ変動詞)/む(推量の助動詞)」が省略されている。係り結びの省略。
「にや(あらむ)。」→「~であろうか。」
※今回のように係助詞の前に「に(断定の助動詞)」がついている時は「あり(ラ変動詞)」などが省略されている。場合によって敬語になったり、助動詞がついたりする。
「にや・にか」だと、「ある・侍る(「あり」の丁寧語)・あらむ・ありけむ」など。訳は「~であろうか/~だったのであろうか」など。
「にこそ」だと、「あれ・侍れ・あらめ・ありけめ」など。訳は「~であろう/~でしょう(丁寧語)/~だったのであろう」など。
愛で合へ=ハ行四段動詞「愛(め)で合ふ」の已然形、褒め合う
り=存続の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
あざ笑って立っていた。その後であろうか、良秀のよじり不動といって、今でも人々が(その良秀の絵を)褒め合っている。
宇治拾遺物語について簡単な説明
13世紀前半の鎌倉時代初期に成立した説話集(要は短編集)である。編者は未詳。
仏教説話が多いが、笑話、民間説話などの短編集が収録されている。
この「絵仏師良秀」のお話は、芥川龍之介の「地獄変」の素材になっている。
受験での問題の出典に「宇治拾遺物語」と書かれていれば、本文を読まなくても仏教説話、笑話、民間説話系のどれかの短編なのだと分かるのは有利です。
また、鎌倉時代初期に成立したということも直接問われたり、あるいは作品の成立年順に並べよといった形式で問われうるものです。
こんなふうに、受験でも役に立つので覚えておきましょう。
まとめ
試験対策としてのまとめ
定期試験においては、高校の序盤にやる単元でしょうから、古文単語、歴史的仮名遣いの読み方、用言の活用の種類・活用形をしっかり覚えておきましょう。
また、この単元では係り結びの法則が使われており、結びの省略という用法にも注意が必要です。結びの部分がどこなのか、あるいは省略されているのか、訳す場合にどのような影響があるのか、を理解できるようにしておきましょう。
その他、内容についての理解を問う問題(特に良秀が笑っていた理由)や、現代語訳せよといった問題に対応できるようにしておきましょう。
そのために、以下のまとめにある問題・解答のページをそれぞれ参考にするとよいかもしれません。
宇治拾遺物語『絵仏師良秀』に関するページのまとめ
原文と現代語訳を並べて照らし合わせて読みたい人のために
問題と解答