「黒=原文」・「青=現代語訳」
解説・品詞分解はこちら宇治拾遺物語『夢買ふ人』(1)解説・品詞分解
昔、備中国に郡司ありけり。それが子に、ひのきまき人といふありけり。
昔、備中の国に郡司がいた。その人の子供に、ひきのまき人という人がいた。
若き男にてありけるとき、夢を見たりければ、合はせさせむとて、夢解きの女のもとに行て、
(まき人が)若者であった時、夢を見たので、夢合わせ(=夢占い)をさせようと思って、夢解きの女のもとに行って、
夢合はせて後、物語してゐたる程に、人々あまた声して来なり。
夢合わせをした後、雑談をしている時に、人々が大勢話をしながらやって来るようである。
国守の御子の太郎君のおはするなりけり。年は十七、八ばかりの男にておはしけり。
国守の御子のご長男がいらっしゃるのだった。年は十七、八ぐらいの若者でいらっしゃった。
心ばへは知らず、かたちは清げなり。人四、五人ばかり具したり。
気立ては分からないが、容姿はきれいである。(お供の)人を四、五人ほど連れている。
「これや夢解きの女のもと。」と問へば、御供の侍、「これにて候ふ。」と言ひて来れば、
(太郎君が、)「ここが夢解きの女のところか。」と尋ねると、お供の侍が、「ここでございます。」と言ってやって来るので、
まき人は上の方のうちに入りて、部屋のあるに入りて、穴よりのぞきて見れば、
まき人は奥の方の中に入って、部屋のあるところに入って、穴からのぞいて見ると、
この君、入り給ひて、「夢をしかじか見つるなり。いかなるぞ。」とて、語り聞かす。
この君が、お入りになって、「夢をこれこれのように見たのだ。どういうものか。」と言って、語って聞かせる。
女、聞きて、「よにいみじき夢なり。必ず大臣まで成り上がり給ふべきなり。
女は(その話を)聞いて、「実にすばらしい夢です。必ず大臣にまで出世なさるはずです。
返す返す、めでたく御覧じて候ふ。
返す返す、すばらしく(夢を)ご覧になりました。
あなかしこあなかしこ、人に語り給ふな。」と申しければ、
決して決して、(この夢のことを)人にお話しなさいますな。」と申したので、
この君、うれしげにて、衣を脱ぎて、女に取らせて、帰りぬ。
この君は、うれしそうな様子で、着物を脱いで、女に与えて、帰った。
(2)
その折、まき人、部屋より出て、女に言ふやう、「夢は取るといふことのあるなり。
その時、まき人は、部屋から出てきて、女に言うことには。「夢は取るということがあるそうだ。
この君の御夢、われらに取らせ給へ。国守は四年過ぎぬれば帰り上りぬ。
この君の御夢を、私に取らせてください。国守は四年過ぎると都に帰ってしまう。
われは国人なれば、いつも長らへてあらむずる上に、
私は(この備中の)国の者なので、いつまでも長く(この国に)いるであろう上に、
郡司の子にてあれば、我をこそ大事に思はめ。」と言へば、
郡司の子であるのだから、私をこそ大切に思ってはいかがか。」と言うと、
女、「のたまはむままに侍るべし。
女は、「おっしゃるとおりにいたしましょう。
さらば、おはしつる君のごとくにして、入り給ひて、その語られつる夢を、つゆも違はず語り給へ。」と言へば、
それでは、先ほどいらっしゃった君のようにして、お入りになって、その話された夢を、少しも違わずにお話しください。」と言うと、
まき人喜びて、かの君のおはしつるやうに、入り来て、夢語りをしたれば、女同じやうに言ふ。
まき人は喜んで、あの君が先ほどいらっしゃったのと同じように、入ってきて、夢語りをしたところ、女も同じように話す。
まき人、いとうれしく思ひて、衣を脱ぎて取らせて去りぬ。
まき人は、たいそううれしく思って、着物を脱いで与えて立ち去った。
その後、文を習ひ読みたれば、ただ通りに通りて、才ある人になりぬ。
その後(まき人は)、漢詩文を習い読んだところ、ただもう理解が進むに進んで、学識のある者になった。
おほやけ、聞こし召して、試みらるるに、まことに才深くありければ、
天皇が、(まき人の評判を)お聞きになって、(学識を)お試しになったところ、まことに学識が深かったので、
もろこしへ、「物よくよく習へ。」とて、遣はして、
中国へ、「学問をしっかり学んできなさい。」とおっしゃって、派遣して、
久しくもろこしにありて、さまざまのことども習ひ伝へて帰りたりければ、
長らく中国にいて、ざまざまなことを習い伝えて帰ってきたので、
帝、かしこき者に思し召して、次第に成し上げ給ひて、大臣までになされにけり。
天皇は、すぐれた者だとお思いになって、順々に昇進させなさって、大臣にまでなさった。
されば、夢取ることは、げにかしこきことなり。
それゆえに、夢を取るということは、実に恐れ多いことである。
かの夢取られたりし備中守の子は、司もなきものにてやみにけり。
あの夢を取られてしまった備中守の子は、官職もない者で終わってしまった。
夢を取られざらましかば、大臣までも成りなまし。
もし夢を取られなかったならば、大臣にまでも成っただろうに。
されば、夢を人に聞かすまじきなりと、言ひ伝へける。
だから、夢を人に聞かせてはならないのだと、言い伝えたということだ。