『須磨の秋』
「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら源氏物語『須磨』(前栽の花いろいろ咲き乱れ、おもしろき夕暮れに、~)現代語訳
前栽の花いろいろ咲き乱れ、おもしろき夕暮れに、海見やら るる廊に出で給ひて、たたずみ給ふ御さまの、
前栽(せんざい)=名詞、庭の植え込み、庭の木などを植えてある所
おもしろき=ク活用の形容詞「おもしろし」の連体形、趣深い、風流である。興味深い、心ひかれる。美しい。
見やら=ラ行四段動詞「見遣る(みやる)」の未然形、遠くを(望み)見る、その方を見る。
るる=自発の助動詞「る」の連体形、接続は未然形。「る・らる」は「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があり、「自発」の意味になるときはたいてい直前に「心情動詞(思う、笑う、嘆くなど)・知覚動詞(見る・知るなど)」があるので、それが識別のポイントである。自発:「~せずにはいられない、自然と~される」
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連体形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
庭の植え込みの花が色とりどりに咲き乱れ、風情のある夕暮れ時に、海を見渡せる渡り廊下にお出になって、たたずんでいらっしゃる(光源氏の)ご様子が、
ゆゆしう 清らなること、所がらはましてこの世のものと見え給は ず。
ゆゆしう=シク活用の形容詞「忌々し(ゆゆし)」の連用形が音便化したもの、触れてはならない神聖なことが原義。(良くも悪くも)程度がはなはだしい
清らなる=ナリ活用の形容動詞「清らなり(きよらなり)」の連体形、美しい、きれいだ。
給は=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の未然形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
不吉なほど美しいことは、(須磨という)場所が場所だけにいっそうこの世のものともお見えにならない。
白き綾のなよよかなる、紫苑色など奉りて、こまやかなる御直衣、帯しどけなくうち乱れ給へ る御さまにて、
奉り=ラ行四段動詞「奉る(たてまつる)」の連用形、尊敬語。お乗りになる。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
※「参る・奉る」は目的語に「衣(衣服)・食(食べ物、飲み物)・乗(乗り物)」が来るときは尊敬語となる。「衣(い)・食(しょく)・乗(じょう)」と覚えると良い。「衣:お召しになる、着なさる」、「食:召しあがる、お食べになる」、「乗:お乗りになる」
※「奉る」は基本的に謙譲語。本動詞として「差し上げる」だったり、補助動詞として「~し申し上げる」となる。
こまやかなる=ナリ活用の形容動詞「濃やかなり・細やかなり(こまやかなり)」の連体形、濃い。こまかい、こまごましている。上品である、洗練されている。
直衣(のうし・なほし)=名詞、高貴な人の普段着
しどけなく=ク活用の形容詞「しどけなし」の連用形、乱れている、だらしがない、いいかげんだ。無造作である。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
白い綾の柔らかな下着に、紫苑色の指貫などをお召しになって、色の濃い御直衣に、帯は無造作にしてくつろいでいらっしゃるご様子で、
「釈迦牟尼仏弟子。」と名のりて、ゆるるかに読み給へ る、また世に知らず 聞こゆ。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
聞こゆ=ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の終止形、「ゆ」には受身・自発・可能の意味が含まれており、ここでは「自発」の意味で使われている。
「釈迦牟尼仏弟子。」と唱えて、ゆったりと経文を読んでいらっしゃる声は、またこの世にないほどすばらしく聞こえる。
沖より舟どもの歌ひののしりて漕ぎ行くなども聞こゆ。
より=格助詞、(起点)~から、(手段・用法)~で、(経過点)~を通って、(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや
歌ひののしり=ラ行四段動詞「歌ひののしる」の連用形
罵る(ののしる)=ラ行四段動詞、大声で騒ぐ、大騒ぎする
聞こゆ=ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の終止形
沖を通ってたくさんの舟が大声で歌いながら漕いで行くのなども聞こえる。
ほのかに、ただ小さき鳥の浮かべると見やら るるも、心細げなるに、
る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
見やら=ラ行四段動詞「見遣る(みやる)」の未然形、遠くを(望み)見る、その方を見る。
るる=自発の助動詞「る」の連体形、接続は未然形。「る・らる」は「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があり、「自発」の意味になるときはたいてい直前に「心情動詞(思う、笑う、嘆くなど)・知覚動詞(見る・知るなど)」があるので、それが識別のポイントである。自発:「~せずにはいられない、自然と~される」
(それらの舟が)かすかに、ただ小さい鳥が浮かんでいるように見られるのも、心細い感じがするうえに、
雁のつらねて鳴く声、楫の音にまがへ るを、うちながめ 給ひて、涙のこぼるるをかき払ひ給へ る御手つき、
まがへ=ハ行四段動詞「紛ふ(まがふ)」の已然形、似通っている。入り混じって区別ができない。
る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形。もう一つの「る」も同じ。
うちながめ=マ行下二段動詞「うちながむ」の連用形。「うち」は接頭語で「少し・ちょっと」などの意味がある。
眺む(ながむ)=マ行下二段動詞、じっとみる、眺める。物思いに沈む。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
雁が列をなして鳴く声が、(船の)楫の音と似ているのを、もの思いにふけりながら眺めなさって、涙がこぼれるのをお払いになるお手つきが、
黒き御数珠に映え給へ るは、ふるさとの女恋しき人々の心、みな慰みに けり。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
黒檀の御数珠に映えていらっしゃるその美しさは、故郷の女(=都に残してきた妻など)を恋しく思う人々の心も、みな慰められるのであった。
初雁は恋しき人のつら なれ や旅の空飛ぶ声の悲しき
つら(列・連)=名詞、列、行列。仲間、同類。
なれ=断定の助動詞「なり」の已然形、接続は体言・連体形
や=疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
悲しき=シク活用の形容詞「悲し」の連体形。係助詞「や」を受けて連体形となっている。係り結び。
※縁語…ある言葉と意味上の縁のある言葉。ある言葉から連想できる言葉が縁語。
例:「舟」の縁語は「漕ぐ」「沖」「海」「釣」など
この和歌では、「雁」の縁語として「つら(列・連)」が用いられている。
初雁は 恋しき人の つらなれや 旅の空飛ぶ 声の悲しき
初雁は恋しく思う人(=都に残してきた妻など)の仲間なのか。旅の空を飛ぶ声の悲しいことだ。
とのたまへ ば、良清、
のたまへ=ハ行四段動詞「のたまふ(宣ふ)」の已然形。「言ふ」の尊敬語。おっしゃる。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
とおっしゃると、良清が、
かきつらね昔のことぞ 思ほゆる雁はその世の友なら ね ども
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
思ほゆる=ヤ行下二段動詞「思ほゆ」の連体形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。
なら=断定の助動詞「なり」の未然形、接続は体言・連体形
ね=打消の助動詞「ず」の已然形、接続は未然形
ども=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
かきつらね 昔のことぞ 思ほゆる 雁はその世の 友ならねども
次から次へと昔のことが思い出される。雁はその当時の友ではないけれども。
民部大輔、
民部大輔(=惟光)は、
心から常世を捨てて鳴く雁を雲のよそにも思ひける かな
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
かな=詠嘆の終助詞
心から 常世を捨てて 鳴く雁を 雲のよそにも 思ひけるかな
自分から進んで常世の国を捨てて鳴く雁を、雲のかなたのよそごとと思っていたことだよ。
前右近将監、
前右近将監は、
「常世出でて旅の空なるかりがねもつらにおくれぬほどぞ 慰む
なる=存在の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形。「なり」は直前が名詞である時、断定の意味になることが多いが、その名詞が場所を表すものであれば今回のように「存在」の意味となることがある。訳:「 ~にある」
つら(列・連)=名詞、列、行列。仲間、同類。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
慰む=マ行四段動詞「慰む(なぐさむ)」の連体形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。
常世出でて 旅の空なる かりがねも つらにおくれぬ ほどぞ慰む
常世の国を出て旅の空にある雁も仲間に遅れずにいる間は慰められることだ。
友惑はしては、いかに 侍ら まし。」と言ふ。
いかに=副詞、どんなに、どう。
侍ら=ラ変動詞「侍り(はべり)」の未然形、「あり・居り」の丁寧語。前右近将監からの敬意。
※「候(さうらふ/さぶらふ)・侍り(はべり)」は補助動詞だと丁寧語「~です、~ます」の意味であるが、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
まし=反実仮想の助動詞「まし」の連体形、接続は未然形。「いかに」を受けて連体形となっている。
友を見失っては、どんな(に心細いこと)でしょう。」と言う。
親の常陸になりて下りしにも誘はれ で、参れ る なり けり。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
れ=受身の助動詞「る」の未然形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。
で=打消の接続助詞、接続は未然形。「ず(打消の助動詞)+して(接続助詞)」→「で」となったもの。
参れ=ラ行四段動詞「参る」の已然形、「行く」の謙譲語
る=完了の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
なり=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
(この人は)親が常陸介になって下ったのにも付いて行かないで、(光源氏の方へ付いて)参ったのであった。
下には思ひくだくべか めれ ど、誇りかにもてなして、つれなきさまにしありく。
べか=推量の助動詞「べし」の連体形が音便化して無表記になったもの、「べかる」→「べかん(音便化)」→「べか(無表記化)」。接続は終止形(ラ変なら連体形)。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
めれ=推定の助動詞「めり」の已然形、接続は終止形(ラ変は連体形)。視覚的なこと(見たこと)を根拠にする推定の助動詞である。
ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
つれなき=ク活用の形容詞「つれなし」の連体形、冷ややかだ、薄情だ、関心を示さない。平然としている、素知らぬ顔だ。「連れ無し」ということで、関連・関係がない様子ということに由来する。
しありく=カ行四段動詞「為歩く(しありく)」の終止形
心の中では思い悩んでいるようだが、誇らしげにふるまって、平気な様子で過ごしている。
続きはこちら源氏物語『須磨』(月のいとはなやかにさし出でたるに、~)解説・品詞分解
源氏物語『須磨』(前栽の花いろいろ咲き乱れ、おもしろき夕暮れに、~)現代語訳