「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら大鏡『競べ弓(弓争い・競射)』(本編)現代語訳
導入部分はこちら大鏡『競べ弓(弓争い・競射)』(導入・締めくくり)解説・品詞分解
帥殿の、南の院にて人々集めて弓あそばし しに、
あそばし=サ行四段動詞「遊ばす」の連用形、サ変動詞「す」の尊敬語。なさる、なさいます。(詩歌や管弦などを)なさる。動作の主体である帥殿(伊周)を敬っている。
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
帥殿(=伊周)が、南の院で人々を集めて弓の競射をなさった時に、
この殿わたら せ 給へ れ ば、思ひかけ ず あやしと、中関白殿おぼし驚きて、
わたら=ラ行四段動詞「渡る」の未然形、行く、来る、(尊敬語にもなって)いらっしゃる、おいでになる。動作の主体であるこの殿(道長)を敬っている。
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。直後に尊敬語が来ている時は、「使役」と「尊敬」のどちらか文脈で判断する。直後に尊敬語が来ていなければ、必ず「使役」の意味となると思ってよい。動作の主体であるこの殿(道長)を敬っている。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。上記の「せ」と合わせて二重尊敬となっている。動作の主体であるこの殿(道長)を敬っている。
れ=完了の助動詞「り」の已然形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形。直前が四段動詞の已然形なので、完了・存続の助動詞であると判断できる。受身・尊敬・自発・可能の助動詞「る」の接続は未然形であるので、こちらの助動詞ではない。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
思ひかけ=カ行下二段動詞「思ひかく」の未然形、心にかける、予測する
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
あやし=シク活用の形容詞「あやし」の終止形、不思議だ、異常だ、疑わしい
おぼし驚き=サ行四段動詞「思し驚く(おぼしおどろく)」の連用形、尊敬語。
この殿(=道長)がおいでになったので、「意外で変だ」と中関白殿(=道隆)が驚きになって、
いみじう 饗応し申さ せ 給うて、
いみじう=シク活用の形容詞「いみじ」の連用形が音便化したもの、(良くも悪くも程度がひどい意味で)はなはだしい、たいそう
饗応し=サ変動詞「饗応す(きょうおうす)」の連用形、機嫌を取って優遇する
申さ=補助動詞サ行四段「申す」の未然形、謙譲語。~し申し上げる、お~する。動作の対象(饗応されている人)である道長を敬っている。
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。直後に尊敬語があるので文脈判断により尊敬の意味でとらえる。動作の主体である道隆を敬っている
給う=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形が音便化したもの、尊敬語。上記の「せ」と同様に道隆を敬っている。二重敬語。
(道隆が)たいそうもてなし申しなさって、
下﨟に おはしませ ど、前に立て 奉りて、まづ射させ 奉ら せ 給ひ けるに、
下﨟(げろう)=名詞、低い官位
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
おはしませ=サ行四段動詞「おはします」の已然形。「あり・居り・行く・来」の尊敬語。「おはす」より敬意が高い言い方。いらっしゃる、おられる、あおりになる。動作の主体である道長を敬っている。
ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
立て=タ行下二段動詞「立つ」の連用形、立てる、立たせる。「立つ」は四段活用の動詞でもあり、その時は普通に「立つ」と言う意味になる
ここでは、直後に「奉り(用言)」があるため、「立て」は連用形であると判断できることから、タ行下二段の方であることがわかる。
奉り=補助動詞ラ行四段「奉る」の連用形、謙譲語。「~し申し上げる」、動作の対象(先に立たせ(射させ)られた人)である道長を敬っている。
させ=使役の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。直後に尊敬語が来ないときは必ず使役の意味となる。道隆か伊周が道長に先に射させたという使役。直前の「射」はヤ行上一段活用の未然形。
奉ら=補助動詞ラ行四段「奉る」の未然形、謙譲語。動作の対象(先に射させられた人)である道長を敬っている。
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。おそらく動作の主体(先に射させた人)である道隆を敬っている。直後の「給ひ」も尊敬語なので同様。二重敬語。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
(道長は伊周よりも)階級の低い方でいらっしゃったが、先にお立て申して、(道隆が道長に)まず射させ申し上げなさったところ、
帥殿の矢数、いま二つ劣り給ひ ぬ。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である帥殿(伊周)を敬っている。
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形。直前が連用形(給ひ)となっているため、打消の助動詞「ず」の連体形とは異なる。また、文末で、かつ係助詞も見当たらないため、活用形から終止形だと判断してもよい。
帥殿(=伊周)の当てた矢の数が、もう二本(道長に)負けなさった。
中関白殿、また御前に候ふ人々も、
御前=名詞、貴人を尊敬していう言葉、貴人の前という場所を表すこともある、ここでは道隆をさしている。
候ふ=ハ行四段動詞「候ふ(さぶらふ)」の連体形、謙譲語。お仕えする、(貴人の)お側にお控えする。動作の対象である道隆を敬っている。
中関白殿(=道隆)、また、御前にお仕えしている人々も、
「いま二度延べさせ 給へ。」と申して、
させ=尊敬の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。直後に尊敬語が来ているので文脈判断して尊敬の意味でとる、動作の主体(延長する人)である伊周か道長を敬っている。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の命令形、尊敬語。上記と同様に伊周を敬っている。二重敬語。
申し=サ行四段動詞「申す」の連用形、謙譲語。動作の対象である伊周か道長を敬っている。
「あと二度延長なさいませ。」と申し上げて、
延べさせ 給ひ けるを、やすからず 思しなりて、
させ=尊敬の助動詞「さす」の連用形、動作の主体(延長した人)である道隆を敬っている、直後の「給ひ」も同じ。二重敬語
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
思しなり=サ行四段動詞「思し成る(おぼしなる)」の連用形、尊敬語。お思いになる。動作の主体(心安からず思っている人)である道長を敬っている。
延長なさったところ、(道長は)心中穏やかでなくお思いになって、
「さらば、延べさせ 給へ。」と仰せ られて、
させ=尊敬の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。おそらく動作の主体(延長する人)である道隆を敬っている。直後の「給へ」も同じ。二重敬語。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の命令形、尊敬語。おそらく動作の主体(延長する人)である道隆を敬っている。
仰せ=サ行下二段動詞「仰す(おほす)」の未然形、尊敬語。おっしゃる、お言いつけになる、言いつける。動作の主体である道長を敬っている。
られ=尊敬の助動詞「らる」の連用形、接続は未然形。上記の「仰す」とセットになって「仰せらる」となる場合には必ず尊敬の意味となる。動作の主体である道長を敬っている。二重敬語。
「それならば、延長なさい。」とおっしゃって、
また射させ 給ふとて、仰せ らるるやう、
させ=尊敬の助動詞「さす」の連用形、動作の主体である道長を敬っている。直後の「給ふ」も同じ。二重敬語。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の終止形、尊敬語。動作の主体である道長を敬っている
仰せ=サ行下二段動詞「仰す(おほす)」の未然形。「言ふ」の尊敬語、おっしゃる。動作の主体である道長を敬っている。
らるる=尊敬の助動詞「らる」の連体形、接続は未然形。動作の主体である道長を敬っている。直前の「仰せ」も同様。二重敬語
再び射なさる時に、おっしゃることには、
「道長が家より帝・后立ち給ふ べきものなら ば、この矢当たれ。」
より=格助詞、(起点)~から、(手段・用法)~で、(経過点)~を通って、(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の終止形、尊敬語。動作の主体である帝・后を敬っている。
べき=当然の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
なら=断定の助動詞「なり」の未然形、接続は体言・連体形。今回直前に「もの(体言)」が来ているので、伝聞・推定の「なり」ではなく、断定だとわかる。ちなみに、伝聞・推定の「なり」の接続は終止形(ラ変なら連体形)。
ば=接続助詞、直前に未然形が来ているため、④仮定条件「もし~ならば」の意味で訳す。
「道長の家から(将来の)帝や后がお立ちになるはずのものならば、この矢当たれ。」
と仰せ らるるに、同じ ものを、中心には当たるものかは。
仰せ=サ行下二段動詞「仰す(おほす)」の未然形。「言ふ」の尊敬語、おっしゃる。動作の主体である道長を敬っている。
らるる=尊敬の助動詞「らる」の連体形、動作の主体である道長を敬っている。直前の「仰せ」も同様。二重敬語。
同じ=シク活用の形容詞「同じ」の連体形。活用表から判断すると「同じ」は終止形のはずだが、例外として連体形として扱う。もう一つの例外として「多かり。」を終止形として扱うことになっている。
ものを=逆接の接続助詞、活用語の連体形につく。「もの」がつく接続助詞はほぼ逆接の意味となる。たまに順接・詠嘆の時がある。ここはおそらく「詠嘆」の意味。
ものかは=終助詞、①感動、②反語、ここでは①感動の意味、…ではないか
とおっしゃったところ、同じ当たるということでも、こんなに的の真ん中に当たったではないか。
次に、帥殿射給ふに、いみじう臆し給ひて、御手もわななく け に や、的のあたりにだに近く寄らず、
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連体形、尊敬語。動作の主体である帥殿を敬っている。
いみじう=シク活用の形容詞「いみじ」の連用形が音便化したもの、(いい意味でも悪い意味でも)程度がひどい、甚だしい、とても。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である帥殿を敬っている。
わななく=カ行四段動詞「わななく」の連体形、ふるえる
け(故)=名詞、ため、せい、ゆえ
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
や=強調の係助詞、結びは連体形となるはずだが、ここでは省略されている。「あら(ラ変・未然形)む(推量の助動詞・連体形)」などが省略されていると考えられる。係り結びの省略。
※今回のように係助詞の前に「に(断定の助動詞)」がついている時は「あり(ラ変動詞)」などが省略されている。場合によって敬語になったり、助動詞がついたりする。
「にや・にか」だと、「ある・侍る(「あり」の丁寧語)・あらむ・ありけむ」など
「にこそ」だと、「あれ・侍れ・あらめ・ありけめ」など
だに=副助詞、①強調「攻めて…だけでも」②類推「…だって、…でさえ」③添加「…までも」、ここでは②の類推、「(的の真ん中にあたるどころか)的の近くにさえいかず、」
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
次に、帥殿(=伊周)が射なさったが、たいそう気おくれなさって、御手も震えたためであろうか、的の近くにさえ近寄らず、
無辺世界を射給へ るに、関白殿、色青くなりぬ。
無辺世界=名詞、(仏教語)無限の世界、あてのない所、でたらめの方向
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である伊周を敬っている。
る=完了の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形。直前が四段の已然形であることから特定できる。受身・尊敬・自発・可能の助動詞「る」の接続は未然形。
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形。文末であり、かつ、係助詞がないことから終止形だと判断して活用から考えてもよい。打消の助動詞「ぬ(連体形)」の接続は未然形。
でたらめの方向を射なさったので、中関白殿(=道隆)は青ざめてしまった。
また、入道殿射給ふとて、「摂政・関白すべきものなら ば、この矢当たれ。」
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の終止形、尊敬語。動作の主体である入道殿(道長)を敬っている。
べき=当然の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。
なら=断定の助動詞「なり」の未然形、接続は体言・連体形。今回は直前に「もの(体言)」が来ているので、伝聞・推定の「なり」ではなく、断定だとわかる。ちなみに、伝聞・推定の「なり」の接続は終止形(ラ変なら連体形)。
ば=接続助詞、直前に未然形が来ているため、④仮定条件「もし~ならば」の意味で訳す。
また、入道殿(=道長)が射なさるとき、「(自分が)摂政・関白になるはずのものであるならば、この矢当たれ。」
と仰せ らるるに、初めの同じやうに、的の破るばかり、同じところに射させ 給ひ つ。
仰せ=サ行下二段動詞「仰す(おほす)」の未然形。「言ふ」の尊敬語、おっしゃる。動作の主体である道長を敬っている。
らるる=尊敬の助動詞「らる」の連体形、動作の主体である道長を敬っている。直前の「仰せ」も同様。二重敬語
の=格助詞、用法は主格、訳「的が壊れるほどに、」
させ=尊敬の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。直後に尊敬語があるので文脈判断により尊敬の意味でとらえる、動作の主体である道長を敬っている。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。上記の「させ」と合わせて二重敬語、道長を敬っている。
つ=完了の助動詞「つ」の終止形、接続は連用形
とおっしゃったところ、はじめと同じように、的が壊れるほどに、同じところに射なさった。
饗応し、もてはやし聞こえ させ 給ひ つる興もさめて、こと苦う なり ぬ。
聞こえ=補助動詞ヤ行下二「聞こゆ」の未然形、謙譲語。動作の対象である道長を敬っている
させ=尊敬の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。動作の主体である道隆を敬っている。直後の「給ひ」と合わせて二重敬語。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である道隆を敬っている。
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
苦う=ク活用の形容詞「苦し」の連用形が音便化したもの、苦い、気まずい、本来連用形は「苦く」であるが、音便化して「苦う」となっている。
なり=ラ行四段動詞「成る」の連用形
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形
もてなして、取り持ち申し上げていらっしゃった興もさめて、気まずくなってしまった。
父大臣、帥殿に、「何 か射る。な射そ、な射そ。」
何=副助詞、疑問・反語を意味する、どうして~
か=反語・疑問の係助詞、結び(文末)は連体形は連体形となる。
な=副助詞、射=ヤ行上一段連用形、そ=終助詞
「な~そ」で「~するな(禁止)」を表す。
父大臣(=道隆)は、帥殿(=伊周)に、「どうして射るのか。射るな、射るな。」
と制し給ひて、ことさめに けり。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である道隆を敬っている。
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
とお止めになって、興もさめてしまった。
大鏡『競べ弓(弓争い・競射)』(導入・締めくくり)解説・品詞分解