「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
編者:橘成季(たちばなのなりすえ)
伊予守源頼義=名詞
の=格助詞
朝臣(あそん)=名詞
貞任(さだたふ)=名詞
宗任ら(むねたふら)=名詞
を=格助詞
攻むる=マ行下二段動詞「攻む」の連体形
間=名詞
陸奥(みちのく)=名詞
に=格助詞
十二年=名詞
の=格助詞
春秋(しゅんじう)=名詞、(春と秋で一年を代表させて)年月、歳月
を=格助詞
送り=ラ行四段動詞「送る」の連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形
伊予守源頼義の朝臣、貞任・宗任らを攻むる間、陸奥に十二年の春秋を送りけり。
伊予守 源頼義の朝臣は、安倍貞任・宗任らを攻める間、陸奥で十二年の月日を送った。
※日本史で習う前九年の役(前九年合戦)の事。実際は九年間ではなく、このように十二年間にわたって戦いが行われたとされている。
鎮守府=名詞
を=格助詞
発ち=タ行四段動詞「発つ(たつ)」の連用形
て=接続助詞
秋田=名詞
の=格助詞
城=名詞
に=格助詞
移り=ラ行四段動詞「移る」の連用形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
に=接続助詞
雪=名詞
はだれに=ナリ活用の形容動詞「斑なり(はだれなり)」の連用形、斑であるさま、雪がはらはらと薄く降り積もるさま
降り=ラ行四段動詞「降る」の連用形
て=接続助詞
軍(いくさ)=名詞
の=格助詞
男ども=名詞
の=格助詞
鎧=名詞
みな=副詞
白妙(しろたへ)=名詞
に=格助詞
なり=ラ行四段動詞「成る」の連用形
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
鎮守府を発ちて、秋田の城に移りけるに、雪、はだれに降りて、軍の男どもの鎧みな白妙になりにけり。
鎮守府を出発して、秋田の城に移ったところ、雪がはらはらとまだらに降って、軍の男たちの鎧はすっかり白くなってしまった。
衣川の館=名詞
岸=名詞
高く=ク活用の形容詞「高し」の連用形
川=名詞
あり=ラ変動詞「あり」の連用形
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
盾=名詞
を=格助詞
いただき=カ行四段動詞「頂く・戴く(いただく)」連用形、頭の上に乗せる、「もらふ・飲む・食ふ」の謙譲語
て=接続助詞
甲(かぶと)=名詞
に=格助詞
重ね=ナ行下二段動詞「重ぬ」の連用形
筏(いかだ)=名詞
を=格助詞
組み=マ行四段動詞「組む」の連用形
て=接続助詞
攻め=マ行下二段動詞「攻む」の連用形
戦ふ=ハ行四段動詞「戦ふ」の連体形
に=接続助詞
衣川の館、岸高く川ありければ、盾をいただきて甲に重ね、筏を組みて攻め戦ふに、
(安倍貞任・宗任らの拠点である)衣川の城は、岸の高い川の近くにあったので、(源頼義らの軍は)盾を頭上にかかげて甲の上に重ね、筏を組んで攻めたてたところ、
貞任ら=名詞
耐へ=ハ行下二段動詞「耐ふ」の未然形
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
して=接続助詞
つひに=副詞
城=名詞
の=格助詞
後ろ=名詞
より=格助詞、起点「~から」
逃れ落ち=タ行上二段動詞「逃れ落つ」の連用形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
を=格助詞
一男(いちなん)=名詞
八幡太郎義家=名詞
衣川=名詞
に=格助詞
追ひたて=タ行下二段動詞「負ひたつ」の連用形
攻め伏せ=サ行下二段動詞「攻め伏す」の連用形
て=接続助詞
貞任ら耐へずして、つひに城の後ろより逃れ落ちけるを、一男八幡太郎義家、衣川に追ひたて攻め伏せて、
貞任らは耐えられなくて、とうとう城の後ろから逃げて行ったのを、(源頼義の)長男の八幡太郎義家は、衣川に追い詰め攻撃して、
きたなく=ク活用の形容詞「きたなし」の連用形、卑怯だ、見苦しい。けがれている。
も=係助詞
後ろ=名詞
を=格助詞
ば=強調の係助詞。意味は強調なので無視して訳す。
見する=サ行下二動詞「見す」の連体形、見せる
もの=名詞
かな=詠嘆の終助詞
しばし=副詞
引き返せ=サ行四段動詞「引き返す」の命令形
もの=名詞
言は=ハ行四段動詞「言ふ」の未然形
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。あとは文脈判断。
と=格助詞
言は=ハ行四段動詞「言ふ」の未然形
れ=尊敬の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。
たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
「きたなくも、後ろをば見するものかな。しばし引き返せ。もの言はむ。」と言はれたりければ、
「卑怯にも、後ろ姿を見せるものだよ。ちょっと引き返せ。言いたいことことがある。」と(義家は)お言いになったので、
貞任=名詞
見返り=ラ行四段動詞「見返る」の連用形
たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
に=接続助詞
貞任見返りたりけるに、
貞任が振り返ったところ、
衣=名詞
の=格助詞
たて=名詞、掛詞、縦糸の「縦」と衣川の「館」が掛けられている。
は=係助詞
ほころび=バ行上二動詞「ほころぶ」の連用形、縫い目がとける、ほつれる
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
けり=詠嘆の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
※掛詞=同音異義を利用して、一つの語に二つ以上の意味を持たせたもの。
掛詞の見つけ方(あくまで参考に、いずれも必ずではありません。)
①ひらがなの部分
②和歌に至るまでの経緯で出て来た単語
③地名などの固有名詞
衣のたては ほころびにけり
衣の縦糸がほころびるように、衣川の館も崩れてしまった。
と=格助詞
言へ=ハ行四段動詞「言ふ」の已然形
り=完了の助動詞「り」の連用形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
貞任=名詞
くつばみ=名詞、馬の口にかませる金具。轡(くつわ)とも言う。
を=格助詞
やすらへ=ハ行下二動詞「休らふ(やすらふ)」の連用形、休ませる。ゆるめさせる
しころ=名詞
を=格助詞
振り向け=カ行下二段動詞「振り向く」の連用形
て=接続助詞
と言へりけり。貞任くつばみをやすらへ、しころを振り向けて、
と(義家は)言った。貞任は馬のくつわを緩め、甲のしころを振り向けて、
年=名詞
を=格助詞
経(へ)=ハ行下二動詞「経(ふ)」の連用形、(時間が)経つ、過ぎる
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
糸=名詞
いと=掛詞、「糸」と「意図(作戦)」が掛けられている
の=格助詞
乱れ=名詞
の=格助詞
苦しさ=名詞
に=格助詞
年を経し 糸の乱れの 苦しさに
長い年月を経て糸が乱れがひどくなるように、長年にわたる作戦の乱れがひどいので
と=格助詞
付け=カ行下二段動詞「付く」の連用形
たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
そ=代名詞
の=格助詞
とき=名詞
義家=名詞
はげ=ガ行下二動詞「矧ぐ(はぐ)」連用形、弓に矢をつがえる、弓の弦に矢を当てる
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
矢=名詞
を=格助詞
さし外し=サ行四段動詞「さし外す(はずす)」の連用形
て=接続助詞
帰り=ラ行四段動詞「帰る」の連用形
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
と付けたりけり。そのとき義家、はげたる矢をさし外して帰りにけり。
と(貞任は義家の詠みかけに)付け加えた。そのとき義家は、弓の弦にあててかまえていた矢を外して帰ってしまった。
さばかり=副詞、それほど、そのくらい。それほどまでに。「さ」と「ばかり」がくっついたもの。「さ」は副詞で、「そう、そのように」などの意味がある。
の=格助詞
戦ひ=名詞
の=格助詞
中=名詞
に=格助詞
やさしかり=シク活用の形容詞「やさし」の連用形、優雅だ、上品だ。身が痩せる細るようだ、つらい。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
こと=名詞
かな=詠嘆の終助詞
さばかりの戦ひの中に、やさしかりけることかな。
それほどの戦いの中で、(義家と貞任は)優雅であったことだよ。
※戦いは十二年間にもおよび、雪の中戦い、川の中に入り盾でいかだを作り攻め戦う様子は、本文中にも書かれている通りであり、激しい戦いであったことが分かる。それ程の戦いのなかで、義家と貞任は歌のやり取りをするほど優雅な振る舞いであった。