青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
狄希ハ中山ノ人也。能ク造二リ千日ノ酒一ヲ、飲レマバ之ヲ千日酔フ。
狄希は中山の人なり。能く千日の酒を造り、之を飲まば千日酔ふ。
※能ク=能く~できる
狄希は中山の人である。千日の酒を造ることができ、これを飲むと千日間酔うのである。
時ニ有二リ州人姓ハ劉、名ハ玄石一ナルモノ。好二ミ飲酒一ヲ、往キテ求レム之ヲ。
時に州人姓は劉、名は玄石なるもの有り。飲酒を好み、往きて之を求む。
その当時、州の人で、姓は劉、名は玄石という人がいた。飲酒を好み、(狄希のもとへ)行ってこれ(=千日酒)を求めた。
希曰ハク、「我ガ酒発シ来タルモ未レダ定マラ。不二ト敢ヘテ飲一レマシメ君ニ。」
希曰はく、「我が酒発し来たるも未だ定まらず。敢へて君に飲ましめず。」と。
※「未ニダ ~ 一(セ)」=再読文字、「未だ ~(せ)ず」、「まだ ~(し)ない」
※「不二敢ヘテ ~一(せ)」=「しいて(無理に) ~しようとはしない。/ ~するようなことはしない」
狄希が言うことには、「私の酒が発酵してきたが、まだ完成していない。しいて君に飲まそうとは思わない。」と。
石曰ハク、「縦ヒ未レダ/トモ熟セ、且ク与二ヘヨ一杯一ヲ。得ルヤ否ヤト。」
石曰はく、「縦ひ未だ熟せずとも、且く一杯を与へよ。得るや否や。」と。
※「未ニダ ~ 一(セ)」=再読文字、「未だ ~(せ)ず」、「まだ ~(し)ない」
※「縦ヒ ~トモ」=仮定、「たとえ ~だとしても/仮に ~であっても」
玄石が言うことには、「たとえまだ完成していなくても、とりあえず一杯くれないか。良いか駄目か。」と。
希聞二キ此ノ語一ヲ、不レシテ免レ飲レマシム之ヲ。
希此の語を聞き、免れずして之を飲ましむ。
狄希はこの言葉を聞き、飲ませないわけにはいかなかった。
復タ索メテ曰ハク、「美ナル哉。可二シト更ニ与一レフ之ヲ。」
復た索めて曰はく、「美なるかな。更に之を与ふべし。」と。
※「~ 哉」=詠嘆、「~ かな」、「~ だなあ・ことよ」
再び求めて言うことには、「美味であるなあ。もっとこの酒を与えてくれ。」と。
希曰ハク、「且ク帰リテ、別日当レニ/シ来タル。只ダ此ノ一杯モテ、可二シト眠ルコト千日一ナル也。」
希曰はく、「且く帰りて、别日当に来たるべし。只だ此の一杯もて、眠ること千日なるべし。」と。
※「当二ニ/シ ~一(ス)」=再読文字、「当に ~(す)べし」、「~すべきである・きっと~のはずだ」
狄希が言うことには、「とりあえず(今日は)帰って、別の日に来るべきだ。たったこの酒一杯で、千日も眠れるのだから。」と。
石別レ、似レタリ有二ルニ怍色一。至レリ家ニ酔ウテ死ス。
石別れ、怍色有るに似たり。家に至り酔うて死す。
玄石は別れると、顔色が変わってくるようだった。家に着くと酔って死んだ。
家人不二之ヲ疑一ハ、哭シテ而葬レル之ヲ。
家人之を疑はず、哭して之を葬る。
※而=置き字(順接・逆接)
家人はこれ(=玄石の死)を疑わず、声をあげて泣き、玄石を葬った。
経ルコト三年、希曰ハク、「玄石必ズ応二ニ/シ酒醒一ム。宜二シク/ベシト往キテ問一レフ之ヲ。」
経ること三年、希曰はく、「玄石必ず応に酒醒むべし。宜しく往きて之を問ふべし。」と。
※「応二ニ/シ ~一(ス)」=再読文字、「応に ~(す)べし」、「~すべきである・きっと~のはずだ」
※「宜二シク/シ ~一(ス)」=再読文字、「宜(よろ)しく ~(す)べし」、「 ~するのがよい」
三年が経ち、狄希が言うことには、「玄石は必ず酒が醒めるはずだ。彼の家に行って醒めたかどうかを尋ねるのがよいだろう。」と。
既ニ往二キテ石ノ家一ニ、語リテ曰ハク、「石在レリヤ家ニ否ヤト。」
既に石の家に往きて、語りて曰はく、「石家に在りや否や。」と。
(狄希は)玄石の家に行って、話して言うことには、「玄石は家にいますか。いませんか。」と。
家人皆怪レシミテ之ヲ曰ハク、「玄石亡ジテ来リ、服以ニ闋レリト矣。」
家人皆之を怪しみて曰はく、「玄石亡じてより、服以に闋れり。」
※矣=置き字(断定・強調)
家人が皆これを怪しんで言うことには、「玄石は(もう三年も前に)亡くなって、喪に服する期間も終わりました。」と。
希驚キテ曰ハク、「酒之美ニシテ矣、而致二スコト酔眠一ヲ千日、今合レニ/シト醒ム矣。」
希驚きて曰はく、「酒の美にして、酔眠を致すこと千日、今合に醒むべし。」
狄希が驚いて言うことには、「酒があまりにも美味なので、酔って眠ること千日にも及び、今まさに酒が醒める頃に違いないのです。」
乃チ命二ジテ其ノ家人一ニ鑿レチ塚ヲ破レリテ棺ヲ看レシムレバ之ヲ、塚上汗気徹レル天ニ。
乃ち其の家人に命じて塚を鑿ち棺を破りて之を看しむれば、塚上汗気天に徹る。
※「命レジテAニB(セ)シム」=使役、「Aに命じてB(せ)しむ」、「Aに命じてBさせる」
そこでその家人に命じて墓を掘り、棺を破ってを棺の中を見せると、墓の上に湯気が天高く昇っていった。
遂ニ命ジテ発レカシム塚ヲ。方ニ見二ル開レキ目ヲ張一レルヲ口ヲ。
遂に命じて塚を発かしむ。方に目を開き口を張るを見る。
※「命レジテAニB(セ)シム」=使役、「Aに命じてB(せ)しむ」、「Aに命じてBさせる」
そのまま家人に命じて墓を掘り出させた。(玄石が)ちょうど目を開き口を広げるのが見えた。
引レキテ声ヲ而言ヒテ曰ハク、「快ナル哉、酔レハシムル我ヲ也ト。」
声を引きて言ひて曰はく、「快なるかな、我を酔はしむるや。」と。
※「~ 哉」=詠嘆、「~ かな」、「~ だなあ・ことよ」
(玄石が)のびのびとした声を口に出して言うことには、「心地よいなあ、私を酔わせてくれたことだよ。」と。
因リテ問レヒテ希ニ曰ハク、「爾ハ作二ル何物一ヲ也。
因りて希に問ひて曰はく、「爾は何物を作るや。
そこで狄希に尋ねて言うことには、「お前はなんという物を作ったのだ。
令二ム我ヲシテ一杯モテ大イニ酔一ハ。今日方ニ醒ム。日ノ高キコト幾許ゾト。」
我をして一杯もて大いに酔はしむ。今日方に醒む。日の高きこと幾許ぞ。」と。
※「令二ムAヲシテB一(セ)」=使役、「AをしてB(せ)しむ」、「AにBさせる」
※幾許=疑問、「幾許(いくばく)」、「どれくらい」
私をたった一杯でたいへん酔わせてくれたね。今日まさに酔いから醒めたのだ。太陽の高さはどれくらいなのか。」と。
墓上ノ人皆笑レフ之ヲ。
墓上の人皆之を笑ふ。
墓の上の人は皆これを聞いて笑った。
被三リ石ノ酒気衝キテ入二ルヲ鼻中一ニ、亦各酔ウテ臥スルコト三月ナリ。
石の酒気衝きて鼻中に入るを被り、亦各酔うて臥すること三月なり。
玄石の酒気が立ちのぼって鼻の中に入ってしまい、また(家人たちは)おのおの酔っぱらって三か月の間眠りこんでしまった。