青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
『赤壁の賦(せきへきのふ)』(1)原文・書き下し文・現代語訳
蘇子愀然トシテ正レシ襟ヲ、危坐シテ而問レヒテ客ニ曰ハク、「何-為レゾ其レ然ル也ト。」
蘇子愀然として襟を正し、危坐して客に問ひて曰はく、「何為れぞ其れ然るや。」と。
※「何為レゾ ~(スル)」=疑問・反語、「どうして ~か」
私(=蘇子)は悲しげな表情で襟を正し、姿勢を正して座って客人に尋ねて言うことには、「(その笛の音色は)どうしてそのよう(に悲しげ)であるのか。」と。
客曰ハク、「『月明ラカニ星稀ニシテ、烏鵲南ニ飛ブトハ。』此レ非二ズ曹孟徳之詩一ニ乎。
客曰はく、「『月明らかに星稀にして、烏鵲南に飛ぶ。』とは此れ曹孟徳の詩に非ずや。
※「 ~ や・か(哉・乎・邪など)」=疑問、「 ~ や」、「 ~ か。」
客人が言うことには、「『月が明るくて星はあまり出ておらず、かささぎが南に飛んで行く。』というのは、曹孟徳(=曹操)の詩ではないですか。
西ノカタ望二ミ夏口一ヲ、東ノカタ望二メバ武昌一ヲ、山川相繆ヒ、鬱乎トシテ蒼蒼タリ。
西のかた夏口を望み、東のかた武昌を望めば、山川相繆ひ、鬱乎として蒼蒼たり。
西の方角に夏口を眺み、東の方角に武昌を眺めれば、山と川とが互いにからみ合って、草木が青々と生い茂っています。
此レ非下ズ孟徳之困二シメラレシ於周郞一ニ者上ニ乎。
此れ孟徳の周郞に困しめられし者に非ずや。
※「 ~ や・か(哉・乎・邪など)」=疑問、「 ~ や」、「 ~ か。」
ここは孟徳(=曹操)が周郞(=周瑜)に苦しめられた場所ではないですか。
方下タリテ其ノ破二リ荊州一ヲ、下二リ江陵一ヨリ、順レヒテ流レニ而東上スルニ也、舳艫千里、旌旗蔽レフ空ヲ。
其の荊州を破り、江陵より下り、流れに順ひて東するに方たりてや、舳艫千里、旌旗空を蔽ふ。
(孟徳が)荊州を破り、江陵から下り、流れに従って東に進むまさにその時、(孟徳の)軍艦の舳先と船尾が千里までも連なり、軍旗は空を覆い隠すほどでした。
釃レミテ酒ヲ臨レミ江ニ、横レタヘテ槊ヲ賦レス詩ヲ、固ニ一世之雄也。
酒を釃みて江に臨み、槊を横たへて詩を賦す、固に一世の雄なり。
(孟徳は)酒を酌んで長江に臨み、矛を横たえて詩を作った(彼は)、本当にその時代の英雄でした。
而ルニ今安クニカ在ル哉。
而るに今安くにか在るや。
※「安クニカ ~(スル)」=疑問、「どこに ~か」
しかし今はどこにいるのでしょうか。
況ンヤ吾ト与レ子、漁-二樵シ於江渚之上一ニ、侶二トシテ魚鰕一ヲ而友二トシ麋鹿一ヲ、
況んや吾と子と、江渚の上に漁樵し、魚鰕を侶として麋鹿を友とし、
※「況ンヤCヲ乎」=抑揚、「況(いは)んやCをや」→「ましてCの場合はなおさら(B)だ。」
まして私とあなたは、長江のほとりで漁師や樵(きこり)のような生活をし、魚とエビを友として大鹿と鹿を友とし、
駕二シ一葉之軽舟一ニ、挙二ゲテ匏樽一ヲ以ツテ相属メ、
一葉の軽舟に駕し、匏樽を挙げて以つて相属め、
一枚の葉のような小舟に乗り、ひょうたんで作った酒器をかかげて互いに酒を酌み交わし、
寄二ス蜉蝣ヲ於天地一ニ、渺タル滄海之一粟ナルヲヤ。
蜉蝣を天地に寄す、渺たる滄海の一粟なるをや。
かげろうのようにはかない人生を天地に預け、広大な青い海の中に浮かぶ一粒の粟のような存在なのだからなおさら(はかないもの)なのです。
哀二シミ吾ガ生ノ也須臾一ナルヲ、羨二ム長江之無一レキヲ窮マリ。
吾が生の須臾なるを哀しみ、長江の窮まり無きを羨む。
自分の命がほんの短いものであることを悲しみ、(それに対して)長江の流れが尽きることがないのを羨ましく思うのです。
挟二ミテ飛仙一ヲ以ツテ遨遊シ、抱二キテ明月一ヲ而長ヘニ終ヘンコトハ、
飛仙を挟みて以つて遨遊し、明月を抱きて長へに終へんことは、
空飛ぶ仙人を引き連れて自由気ままに遊び、明月を抱いて長生きするようなことは、
知レリ不レルヲ可二ベカラ乎驟ニハ得一、託二スト遺響ヲ於悲風一ニ。」
驟には得べからざるを知り、遺響を悲風に託す。」と。
※「不レ可二カラ ~一(ス)」=不可能、「 ~(す)べからず」、「(状況から見て) ~できない。/ ~してはならない。(禁止)」
すぐには手に入れることができないということを知り、洞簫の余韻を悲しげな秋風に託したのです。」と。
蘇子曰ハク、「客モ亦知二ル夫ノ水ト与一レヲ月乎。
蘇子曰はく、「客も亦夫の水と月とを知るか。
私(=蘇子)が言うことには、「あなたもまたあの(長江の)水と月とを知っていますか。
逝ク者ハ如レクナレドモ斯クノ、而未二ダ/ル嘗テ往一カ也。
逝く者は斯くのごとくなれども、未だ嘗て往かざるなり。
※「未ニダ ~ 一(セ)」=再読文字、「未だ ~(せ)ず」、「まだ ~(し)ない」
流れ行くものはこの(=長江)ようなものですが、今までに(川の水全部が)流れて行ってしまったことはありません。
盈虚スル者ハ如レクナレドモ彼ノ、而卒ニ莫二キ消長一スル也。
盈虚する者は彼のごとくなれども、卒に消長する莫きなり。
満ちたり欠けたりするものはあの(月の)ようでありますが、結局消えたり大きくなったりすることはありません。
蓋シ将ニ自二リシテ其ノ変ズル者一而観レレバ之ヲ、則チ天地モ曾テ不レ能二ハ以ツテ一瞬一ナル。
蓋し将に其の変ずる者よりして之を観れば、則ち天地も曾て以つて一瞬なる能はず。
※「不レ能二ハA一(スル)(コト)」=不可能、「 ~(する)(こと)能はず」「(能力がなくて) ~Aできない」
思うに、(川の流れや月などが)変化するという観点からこれらを見ると、天地も一瞬でも同じ状態ではありえません。
自二リシテ其ノ不レル変ゼ者一而観レレバ之ヲ、則チ物ト与レ我皆無レキ尽クル也。
其の変ぜざる者よりして之を観れば、則ち物と我と皆尽くること無きなり。
変化しないという観点からこれらをみると、物も私も全部尽きるということはありません。
而ルニ又何ヲカ羨マン乎。且ツ夫レ天地之間、物各有レリ主。
而るに又何をか羨まんや。且つ夫れ天地の間、物各主有り。
※「何ヲカ ~ (セ)ン(ヤ)」=反語、「何をか ~(せ)ん(や)」、「どうして ~(する)だろうか。(いや、~ない)」
※夫れ(それ)=そもそも
それなのにまた、何を羨むのでしょうか。(いや、何も羨まない。)その上そもそも天地の間には、全ての物にそれぞれ持ち主がいます。
苟シクモ非二ズンバ吾之所一レニ有スル、雖二モ一毫一ト而莫レシ取ルコト。
苟しくも吾の有する所に非ずんば、一毫と雖も取ること莫し。
※苟=仮定「苟シクモ~バ」、「苟しくも~ば」、「もし~ならば」
※「莫二シA一スル(コト・モノ)」=禁止、「Aしてはならない」
もしも自分の所有する物でなければ、ほんの少しのものだとしても取ることはあってなりません。
惟ダ江上之清風ト、与二ノミ山間之明月一、耳得レテ之ヲ而為レシ声ヲ、目遇レヒテ之ニ而成レス色ヲ。
惟だ江上の清風と山間の明月とのみ、耳之を得て声を為し、目之に遇ひて色を成す。
ただ長江のほとりのさわやか風と山間の明月だけは、耳でこれ(=風)を聞いて声として感じ、目でこれ(=月)を見て美しい色だと感じるのです。
取レレドモ之ヲ無レク禁ズル、用レヰレドモ之ヲ不レ竭キ。
之を取れども禁ずる無く、之を用ゐれど竭きず。
これら(=風と明月)を取っても禁じられておらず、これらはいくら用いても尽きることはありません。
是レ造物者之無尽蔵也。而シテ吾ト与レ子之所二ナリト共ニ適一スル。」
是れ造物者の無尽蔵なり。而して吾と子との共に適する所なり。」と。
これらは万物の創造主の尽きることのない蓄えなのです。そして私とあなたとともに心にかなうものなのです。」と。
客喜ビテ而笑ヒ、洗レヒテ盞ヲ更ニ酌ム。肴核既ニ尽キテ、杯盤狼藉タリ。
客喜びて笑ひ、盞を洗ひて更に酌む。肴核既に尽きて、杯盤狼藉たり。
客人は喜んで笑い、杯を洗ってさらに酒を酌んだ。酒の肴はなくなり、杯や皿が散らかった。
相与ニ枕-二藉シテ乎舟中一ニ、不レ知二ラ東方之既ニ白一ムヲ。
相与に舟中に枕藉して、東方の既に白むを知らず。
舟の中で互いに寄りかかって眠り、東の空がすでに白み始めたことに気づかなかった。
『赤壁の賦(せきへきのふ)』(1)原文・書き下し文・現代語訳