青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
有二リ新タニ死セル鬼一。形ハ疲レ痩頓ス。
新たに死せる鬼有り。形は疲れ痩頓す。
死んだばかりの幽霊がいた。その幽霊の体は疲れ痩せ衰えていた。
忽チ見二ル生時ノ友人一ヲ。死シテ及二ブモ二十年一ニ、肥健ナリ。相問訊ス。
忽ち生時の友人を見る。死して二十年に及ぶも、肥健なり。相問訊す。
突然に生きている時の友人に出会った。死んで二十年になるが、肥え太って健康的であった。お互いに事情を尋ねあった。
曰ハク、「卿ハ那ゾ爾ルカト。」
曰はく、「卿は那ぞ爾るか。」と。
※「何ゾ ~ カ」=疑問、「何ぞ ~か」、「どうして ~か。」
(友人の幽霊は、)「あなたはどうしてそのような有様なのか。」と言った。
曰ハク、「吾ハ飢餓シテ殆ド不二自ラ任一ヘ。卿ハ知二ル諸ノ方便一ヲ。
曰はく、「吾は飢餓して殆ど自ら任へず。卿は諸の方便を知る。
(新米の幽霊は、)「私は腹が減って、もう自分ではどうにもできないんだ。君はいろいろな方法を知っている。
故ニ当二ニ/シト以レツテ法ヲ見一レル教ヘ。」
故に当に法を以つて敎へらるべし。」と。
※「当レニ/シ ~(ス)」=再読文字、「当に ~(す)べし」、「~すべきである・きっと~のはずだ」
※見=受身「見二A(セ)一/見二ルA(セ)一」→「A(せ)る/A(せ)らる」→「Aされる」
だからきっと(あなたは、食べ物を得るための)その方法を教えられるはずだ。」と。
友ノ鬼云フ、「此レ甚ダ易キ耳。
友の鬼云ふ、「此れ甚だ易きのみ。
※「~ 耳」=限定「~ のみ」「~ だけだ」
友人の幽霊は言った、「それはとても簡単なことだけだよ。
但ダ為レニ人ノ作レサバ怪ヲ、人必ズ大イニ怖レ、当レニ/シト与二フ卿ニ食一ヲ。」
但だ人の為に怪を作さば、人必ず大いに怖れ、当に卿に食を与ふべし。」と。
※「当レニ/シ ~(ス)」=再読文字、「当に ~(す)べし」、「~すべきである・きっと~のはずだ」
ただ人に悪さをすれば、人は必ず大いに怖れて、君に食べ物を与えるだろう。」と。
新鬼往キテ入二ル大墟ノ東頭一ニ。有二リ一家ノ奉レジテ仏ヲ精進一スルモノ。
新鬼往きて大墟の東頭に入る。一家の仏を奉じて精進するもの有り。
新米の幽霊は大きな村ざとの東の端に行った。仏教を信奉して精進する一家があった。
屋ノ西廂ニ有レリ磨。鬼就チ推二シテ此ノ磨一ヲ、如二クス人ノ推ス法一ノ。
屋の西廂に磨有り。鬼就ち此の磨を推して、人の推す法のごとくす。
家の西側のひさしの下にひきうすがあった。幽霊はそこでこのうすを押して、人がうすをひくのと同じようにしてみた。
此ノ家ノ主語二リテ子弟一ニ曰ハク、「仏憐二レミテ吾ガ家ノ貧一シキヲ、令二ムト鬼ヲシテ推一レサ磨ヲ。」
此の家の主子弟に語りて曰はく、「仏吾が家の貧しきを憐れみて、鬼をして磨を推さしむ。」と。
この家の主人が子弟に語って言うことには、「仏様が我が家が貧しいのを憐れんで、幽霊にうすをひかせているのだ。」と。
乃チ輦レギテ麦ヲ与レフ之ニ。至レルマデ夕ベニ、磨二ク数斛一ヲ。疲頓シテ乃チ去ル。
乃ち麦を輦ぎて之に与ふ。夕べに至るまで、数斛を磨く。疲頓して乃ち去る。
そこで(もっと幽霊に麦をひかせるため)麦を担いできて幽霊に与えた。夕方になるまで数斛の麦をひいた。(幽霊は)疲れ果てて、そこでやっと立ち去った。
遂ニ罵二リ友ノ鬼一ヲ、「卿ハ那ゾ誑レカスカト我ヲ。」
遂に友の鬼を罵り、「卿は那ぞ我を誑かすか。」と。
※「何ゾ ~ カ」=疑問、「何ぞ ~か」、「どうして ~か。」
そうして友人の幽霊を罵って、「君はどうして私をだますのか。」と言った。
又曰ハク、「但ダ復タ去ケバ、自ヅカラ当レニ/キ得也ト。」
又曰はく、「但だ復た去けば、自づから当に得べきなり。」と。
※「当レニ/シ ~(ス)」=再読文字、「当に ~(す)べし」、「~すべきである・きっと~のはずだ」
また(友人の幽霊は)、「もう一度(別の所へ)行けば、自然と食べ物を得られるはずだ。」と言った。
復タ従二リ墟ノ西頭一入二ル一家一ニ、家奉レズ道ヲ。
復た墟の西頭より一家に入る。家道を奉ず。
もう一度村ざとの西の端からある一家に侵入した。その家は道教を信奉していた。
門ノ傍ラニ有レリ碓。此ノ鬼便チ上レリテ碓ニ、如二クス人ノ舂ク状一ノ。
門の傍らに碓有り。此の鬼便ち碓に上りて、人の舂く状のごとくす。
門のそばにつきうすがあった。この幽霊はすぐにそのままうすの上に登って、人がうすをつくように行動した。
此ノ人言フ、「昨日鬼助二ク某甲一ヲ。今復タ来タリテ助レク吾ヲ。可二シト輦レギテ穀ヲ与一レフ之ニ。」
此の人言ふ、「昨日鬼某甲を助く。今復た来たりて吾を助く。穀を輦ぎて之に与ふべし。」と。
この家の人は、「昨日幽霊が誰それを助けた。今再びやって来て(今回は)私を助けてくれる。もみを担いできて幽霊に与えなさい。」と言った。
又給二シ婢ニ簸篩一ヲ、至レルマデ夕ベニ力メ疲ルルコト甚ダシキモ、不レ与二ヘ鬼ニ食一ヲ。
又婢に簸篩を給し、夕べに至るまで力め疲るること甚だしきも、鬼に食を与へず。
※簸篩(はし)=みとふるい。穀と実とを分ける道具。
また、下女にみとふるいを与え、夕方になるまで尽力しひどく疲れたが、幽霊に食べ物を与えることはなかった。
鬼暮レニ帰リ、大イニ怒リテ曰ハク、「吾自三リ与レ卿為二シテ婚姻一ヲ、非二ズ他ノ比一ニ。
鬼暮れに帰り、大いに怒りて曰はく、「吾卿と婚姻を為してより、他の比に非ず。
※婚姻=縁戚関係。
幽霊は夕暮れ時に帰って、大いに怒って言うことには、「私は君と縁戚関係になってから、他の者と比べられるほど改善していない。
如何ゾ見レルカ欺カ。二日助レクルモ人ヲ、不レト得二一甌ノ飲食一ヲモ。」
如何ぞ欺かるるか。二日人を助くるも、一甌の飲食をも得ず。」と。
※如何(いかん)=「どうして~か・どうなるか・どうであるか」
※見=受身「見二A(セ)一/見二ルA(セ)一」→「A(せ)る/A(せ)らる」→「Aされる」
どうして(私が)だまされるのか。二日も人を助けたのに、小さいかめ一杯の飲食をも得られない。」と。
友ノ鬼曰ハク、「卿ハ自ヅカラ不レル偶ハ耳。
友の鬼曰はく、「卿は自づから偶はざるのみ。
※「~ 耳」=限定「~ のみ」「~ だけだ」
友人の幽霊は、「お前はたまたま出くわさなかっただけだ。
此ノ二家ハ奉レジ仏ヲ事レフ道ニ。情自ヅカラ難レシ動カシ。
此の二家は仏を奉じ道に事ふ。情自づから動かし難し。
この二軒は仏教を信奉したり道教に従事していた。気持ちが自然と動かしにくかった。
今去キテ、可下シ覓二メ百姓ノ家一ヲ作上レス怪ヲ。則チ無レカラント不レルコト得。」
今去きて、百姓の家を覓め怪を作すべし。則ち得ざること無からん。」と。
※「無レシ不二ル(ハ) ~一(セ)」=二重否定(強い肯定)、「 ~(せ)ざる(は)無し」、「~しないことはない」
今一度行って、庶民の家を探して悪さをしてみなさい。そうすれば(食べ物を)得られないことはないだろう。」
と言った。
鬼復タ去キテ、得二一家一ヲ。門首ニ有二リ竹竿一。
鬼復た去きて、一家を得。門首に竹竿有り。
幽霊はまた出かけて、ある一家を見つけた。門口に竹竿があった。
従レリ門入ルニ、見下ル有二リテ一群ノ女子一、窓前ニ共ニ食上ラフヲ。
門より入るに、一群の女子有りて、窓前に共に食らふを見る。
門から入ると、一団の女子がいて、窓の前で一緒に食事をしているのが目にした。
至二ルニ庭中一ニ、有二リ一白狗一、便チ抱キテ令二ム空中ニ行一カ。
庭中に至るに、一白狗有り、便ち抱きて空中に行かしむ。
※令=使役「令二ムAヲシテB一(セ)」→「AをしてB(せ)しむ」→「AにBさせる」
庭の中に入ると、一匹の白い犬がいて、すぐにその犬を抱いて空中を移動させた。
其ノ家見レテ之ヲ大イニ驚キテ言フ、「自来未レダ/ト有二ラ此ノ怪一。」
其の家之を見て大いに驚きて言ふ、「自来未だ此の怪有らず。」と。
※「未ニダ ~ 一(セ)」=再読文字、「未だ ~(せ)ず」、「まだ ~(し)ない」
その家の人たちはこれを見て大いに驚いて、「これまでにこんな怪しいことはなかった。」と言った。
占ヒテ云フ、「有二リ客鬼ノ索一レムル食ヲ。可レシ殺レス狗ヲ。
占ひて云ふ、「客鬼の食を索むる有り。狗を殺すべし。
祈祷師が占って言うには、「まつってくれる人のいない幽霊が食べ物を探し求めている。犬を殺しなさい。
並ビニ甘果酒飯モテ于二イテ庭中一ニ祀レラバ之ヲ、可レシト得レ無レキヲ他。」
並びに甘果酒飯もて庭中に于いて之を祀らば、他無きを得べし。」と。
さらにおいしい酒や食事を捧げて、庭の中にこの幽霊をまつれば、他の怪異は起きないだろう。」と。
其ノ家如二クス師ノ言一ノ。鬼果タシテ大イニ得レタリ食ヲ。
其の家師の言のごとくす。鬼果たして大いに食を得たり。
その家の人たちは祈祷師の言うとおりにした。幽霊はついに多くの食事を得た。
自レリ此レ後恒ニ作レスハ怪ヲ、友ノ鬼之教ヘ也。
此れより後恒に怪を作すは、友の鬼の教へなり。
これから後、ずっと怪現象を起こすようにしたのは、友人の幽霊の教えによるものである。