「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
御供なる人、酒をもたせて、野より 出で来 たり。
なる=断定の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形
せ=使役の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。
より=格助詞、(起点)~から。(手段・用法)~で。(経過点)~を通って。(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや。
出で来=カ変動詞「来(く)」の連用形
たり=完了の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形
お供の者が、酒を(従者に)持たせて、野(の方)から出て来た。
この酒を飲みて むとて、よき所を求め行くに、天の河といふ所に至りぬ。
て=強意の助動詞「つ」の未然形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる。
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
よき=ク活用の形容詞「良し(よし)」の連体形、対義語は「悪し(あし)」。「よし>よろし≧普通≧わろし>あし」みたいなイメージ。
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形
この酒を飲んでしまおうといって、よい場所を求めて行くと、天の川という所についた。
親王に馬の頭、大御酒参る。親王ののたまひ ける、
参る=ラ行四段動詞「参る(まいる)」の終止形、謙譲語。動作の対象である惟喬の親王を敬っている。作者からの敬意。
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。
のたまひ=ハ行四段動詞「宣ふ(のたまふ)」の連用形。「言ふ」の尊敬語。動作の主体である惟喬の親王を敬っている。作者からの敬意。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
親王に馬の頭が、お酒をさしあげる。親王がおっしゃったことには
「交野を狩りて天の河のほとりに至るを題にて、歌詠みて杯はさせ。」
させ=サ行四段動詞「注す・点す(さす)」の命令形、(酒を)つぐ。(明かりを)ともす。
「交野で狩りをして、天の川のほとりにだとり着いたことをお題にして、歌を詠んで杯をつぎなさい。」
とのたまう けれ ば、かの馬の頭、詠みて奉り ける。
のたまう=ハ行四段動詞「宣ふ(のたまふ)」の連用形が音便化したもの。「言ふ」の尊敬語。動作の主体である惟喬の親王を敬っている。作者からの敬意。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
彼の(かの)=あの、例の。「か(名詞)/の(格助詞)」と品詞分解する。
奉り=補助動詞ラ行四段「奉る(たてまつる)」の連用形、謙譲語。動作の対象である惟喬の親王を敬っている。作者からの敬意。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
とおっしゃったので、あの馬の頭は、詠んで申し上げた(歌)。
狩り暮らし たなばたつめに 宿から む 天の河原に 我は来 に けり
たなばたつめ(棚機つ女・織女)=名詞、機織り(はたおり)の女、織姫(おりひめ)。
「つ」=格助詞。連体修飾語を作る役割をする。
「棚機つ女」→「機織りの女」
から=ラ行四段動詞「借る」の未然形
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
来(き)=カ変動詞「来(く)」の連用形
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
けり=詠嘆の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形。「けり」は過去の意味で使われることがほとんどだが、①和歌での「けり」②会話文での「けり」③なりけりの「けり」では詠嘆に警戒する必要がある。①はほぼ必ず詠嘆だが、②③は文脈判断。
狩り暮らし たなばたつめに 宿からむ 天の河原に 我は来にけり
一日中狩りをして(日が暮れたので)、織姫に宿を借りよう。天の河原に私は来てしまったことだから。
親王、歌を返す返す誦じ 給うて、返しえ し 給は ず。
誦じ=サ変動詞「誦ず(ずず)」の連用形、声に出して唱える。 「名詞+す(サ変動詞)」で一つのサ変動詞になるものがいくらかある。例:「音す」、「愛す」、「ご覧ず」
給う=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形が音便化したもの、尊敬語。動作の主体である惟喬の親王を敬っている。作者からの敬意。
え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない」
し=サ変動詞「す」の連用形、する。
給は=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の未然形、尊敬語。動作の主体である惟喬の親王を敬っている。作者からの敬意。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
親王は、歌を何度も繰り返し口ずさみなさって、返歌をなさることができない。
紀有常、御供に仕うまつれ り。それが返し、
仕うまつれ=ラ行四段動詞「仕うまつる(つかうまつる)」の已然形、謙譲語。お仕えする。お仕え申し上げる。動作の対象である惟喬の親王を敬っている。作者からの敬意。
り=存続の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
紀有常も、お供としてお仕えしていた。その者(=紀有常)の返歌。
ひととせに ひとたび来 ます 君待てば 宿かす人も あら じとぞ 思ふ
ひととせ=名詞、一年。
来(き)=カ変動詞「来(く)」の連用形
ます=補助動詞サ行四段「ます」の連体形、尊敬語。動作の主体である君(=彦星)を敬っている。作者からの敬意。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
かす=サ行四段動詞「貸す」の連体形
あら=ラ変動詞「あり」の未然形
じ=打消推量の助動詞「じ」の終止形、接続は未然形
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
思ふ=ハ行四段動詞「思ふ」の連体形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。
ひととせに ひとたび来ます 君待てば 宿かす人も あらじとぞ思ふ
(織姫は)一年に一度いらっしゃる君(=彦星)を待っているのだから、宿を貸す人もあるまいと思う
帰りて宮に入らせ 給ひ ぬ。
宮(みや)=名詞、皇族の住居、皇居、宮中。皇族。
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である惟喬の親王を敬っている。作者からの敬意。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連用形、尊敬語
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形
(親王は)帰ってお屋敷にお入りになった。
夜更くるまで酒飲み、物語して、あるじの親王、酔ひて入り給ひ な むとす。
更くる=カ行下二段動詞「更く(ふく)」の連体形
物語し=サ変動詞「物語す」の連用形、雑談をする、お話をする。 「名詞+す(サ変動詞)」で一つのサ変動詞になるものがいくらかある。例:「音す」、「愛す」、「ご覧ず」
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である惟喬の親王を敬っている。作者からの敬意。
な=強意の助動詞「ぬ」の未然形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる。
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
す=サ変動詞「す」の終止形、する。
夜が更けるまで酒を飲み、お話をして、主人である親王は、酔って(寝床に)お入りになろうとする。
十一日の月も隠れな むとすれ ば、かの馬の頭の詠める。
な=強意の助動詞「ぬ」の未然形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる。
む=推量の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
すれ=サ変動詞「す」の已然形、する。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
彼の(かの)=あの、例の。「か(名詞)/の(格助詞)」と品詞分解する。
る=完了の助動詞「り」の連体形、接続は連用形
(ちょうど)十一日の月も(山に)隠れようとしているので、あの馬頭が詠んだ(歌)。
飽か なくに まだきも月の 隠るるか 山の端逃げて 入れずもあら なむ
あか=カ行四段動詞「飽く(あく)」の未然形、満足する、飽き飽きする
なく=連語。「な」+「く」。
「な」=打消の助動詞「ず」の古い未然形、接続は未然形
「く」=名詞形を作る接尾語
まだき=副詞、早くも、もはや、もうすでに
か=詠嘆の終助詞
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
あら=ラ変動詞「あり」の未然形
なむ=願望の終助詞。接続は未然形。~てほしい、~てもらいたい。
飽かなくに まだきも月の 隠るるか 山の端逃げて 入れずもあらなむ
(ずっと眺めていても)飽きないのに早くも月は隠れるのだなあ。山の端が逃げて月を入れないでおいてほしい。
親王にかはり奉りて、紀有常、
奉り=補助動詞ラ行四段「奉る(たてまつる)」の連用形、謙譲語。動作の対象である惟喬の親王を敬っている。作者からの敬意。
親王に代わり申し上げて、紀有常(が詠んだ歌)、
おしなべて 峰も平らに なり な なむ 山の端なく は 月も入らじ を
おしなべて=副詞、すべて、一様に、ふつう、ありきたり。
なり=ラ行四段動詞「成る(なる)」の連用形
な=完了の助動詞「ぬ」の未然形、接続は連用形
なむ=願望の終助詞。接続は未然形。~てほしい、~てもらいたい。
なく=ク活用の形容詞「無し」の連用形
※形容詞の連用形「~く」 + は=仮定条件「もし~ならば」という意味になる。もう一つ同類のものとして、
打消の助動詞「ず」の連用形 + は =仮定条件「もし~ならば」というものがある。なので、「~ずは」・「~くは」とあれば、仮定条件と言うことに気をつけるべき。この「は」は接続助詞「ば」からきているので、「ば」のまま使われるときもある。
は=係助詞
じ=打消推量の助動詞「じ」の連体形、接続は未然形
を=間投助詞
おしなべて 峰も平らに なりななむ 山の端なくは 月も入らじを
すべて一様に、峰が平らになってほしい。山の端がなければ、月も入らないだろうよ。