「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら伊勢物語『狩りの使ひ』現代語訳(1)(2)
昔、男あり けり。その男、伊勢の国に狩りの使ひに行きけるに、
あり=ラ変動詞「あり」の連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
昔、男がいた。その男が、伊勢の国に鷹狩りの使いとして行った時に、
かの伊勢の斎宮なり ける人の親、「常の使ひよりは、この人よくいたはれ。」と言ひやれり けれ ば、
彼の(かの)=あの、例の。「か(名詞)/の(格助詞)」と品詞分解する
なり=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
より=格助詞、(比較の基準)~より。(起点)~から。(手段・用法)~で。(経過点)~を通って。(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや。
り=完了の助動詞「り」の連用形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
あの伊勢の斎宮であった人の親が、「いつもの使いの者よりは、この人は特を大切にしなさい。」と言ってやったので、
※斎宮(さいぐう)=天皇の代ごとに選ばれ、伊勢神宮に奉仕する未婚の皇女(みこ)。当然、天皇の代が変わればその任を解かれることになる。
親の言なり けれ ば、いとねむごろにいたはりけり。
なり=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
ねむごろに=ナリ活用の形容動詞「懇ろなり(ねむごろなり)」の連用形、親切なさま、熱心なさま。
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
親の言うことであったから、(斎宮はその男を)たいそう親切にもてなした。
朝には狩りに出だし立ててやり、夕さりは帰りつつ、そこに来 させ けり。
朝(あした)=名詞、翌朝。朝、明け方。
やり=ラ行四段動詞「遣る(やる)」の連用形、行かせる。送る、与える。(気分を)晴らす。
つつ=接続助詞、①反復「~しては~」②継続「~し続けて」③並行「~しながら」④(和歌で)詠嘆、ここでは①の意味。
来(こ)=カ変動詞「来(く)」の未然形
させ=使役の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
朝には狩りに送り出してやり、夕方には帰ってくると、そこ(=斎宮の御殿)に来させた。
かくて、ねむごろに いたつき けり。
かくて=副詞、このようにして、こうして
ねむごろに=ナリ活用の形容動詞「懇ろなり(ねむごろなり)」の連用形、親切なさま、熱心なさま。
いたつき=カ行四段動詞「労く・病く(いたつく)」の連用形、世話をする、いたわる。病気になる。(気をつかって)苦心する。
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
こうして、親切に世話をした。
二日といふ夜、男、われて「逢はむ。」と言ふ。女もはた、いと逢はじとも思へら ず。
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
じ=打消意志の助動詞「じ」の終止形、接続は未然形
ら=存続の助動詞「り」の未然形、接続はサ変あら未然形・四段なら已然形
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
二日目の夜、男は、無理に、「逢いたい。」と言う。女もまた、それほど逢いたくないとも思っていない。
されど、人目しげけれ ば、え逢はず。
しげけれ=ク活用の形容詞「繁し(しげし)」の已然形、わずらわしい。多い、たくさんある。茂っている。絶え間がない、頻繁である。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない」
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
けれど、人目が多いので、逢うことができない。
使ひざねとある人なれ ば、遠くも宿さず。
なれ=断定の助動詞「なり」の已然形、接続は体言・連体形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
(男は)正使として来ている人であるので、遠く離れた部屋にも泊めない。
女の閨近くありけれ ば、女、人を静めて、子一つばかりに、男のもとに来 たり けり。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
ばかり=副助詞、(程度)~ほど・ぐらい。(限定)~だけ。
来(き)=カ変動詞「来(く)」の連用形
たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
(男の部屋は)女の寝室の近くにあったので、女は、人が寝静まるのを待って、子一つの頃に、男のもとにやって来た。
※子一つ(ねひとつ)=午後十一時から十一時半ごろ。
男はた、寝 られ ざり けれ ば、外の方を見出だして臥せるに、
寝(ね)=ナ行下二段動詞「寝(ぬ)」の未然形
られ=可能の助動詞「らる」の未然形、接続は未然形。「る」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。平安以前では下に打消が来て「可能」の意味で用いられることが多い。平安以前では「可能」の意味の時は下に「打消」が来るということだが、下に「打消」が来ているからといって「可能」だとは限らない。鎌倉以降は「る・らる」単体でも可能の意味で用いられるようになった。
ざり=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
男もまた、(女のことを思って)寝られなかったので、外の方を見て横になっていると、
月のおぼろなるに、小さき童をさきに立てて人立て り。
立て=タ行下二段動詞「立つ」の連用形、立てる、立たせる。
立て=タ行四段動詞「立つ」の已然形、立つ。
※四段活用と下二段活用の両方になる動詞があり、下二段になると「使役」の意味が加わり、「立たせる」といった意味になる。
り=存続の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
月のおぼろである光の中に、小さい童女を先に立たせて人(=女)が立っている。
男、いとうれしくて、わが寝る所に率て入りて、子一つより丑三つまであるに、まだ何ごとも語らは ぬに帰りに けり。
率(ゐ)=ワ行上一段動詞「率る(ゐる)」の連用形。率(ひき)いる、引き連れていく。上一段活用の動詞は「{ ひ・い・き・に・み・ゐ } る」と覚える。
より=格助詞、(起点)~から。(手段・用法)~で。(経過点)~を通って。(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや。
語らは=ハ行四段動詞「語らふ」の未然形、仲良く交際する。語り合う
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
男は、たいそう嬉しくて、自分が寝ている所に連れて入って、子一つから丑三つまで(一緒に)いたが、まだ何事も(打ち解けて)語り合わないうちに、(女は)帰ってしまった。
※丑三つ(うしみつ)=午前二時から二時半ごろ
男、いとかなしくて、寝ず なり に けり。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
なり=ラ行四段動詞「成る」の連用形
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
男は、とても悲しくて、(そのまま)寝ないでいたのだった。
続きはこちら伊勢物語『狩りの使ひ』解説・品詞分解(2)