「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
右近の内侍召して、「かく なむ。」と仰せ らるれ ば、
召し=サ行四段動詞「召す」の連用形、尊敬語、呼び寄せる。召し上がる、お食べになる。動作の主体である中宮定子を敬っている。作者からの敬意。
斯く(かく)=副詞、こう、このように。
なむ=強調の係助詞、結びは連体形となるが、直後に「ある(ラ変動詞・連体形)」などが省略されている。係り結びの省略。
仰せ=サ行下二段動詞「仰す(おほす)」の未然形。「言ふ」の尊敬語、おっしゃる。動作の主体(おっしゃる人)である中宮定子を敬っている。作者からの敬意。
らるれ=尊敬の助動詞「らる」の已然形、接続は未然形。直前の「仰せ」と合わせて二重敬語、いずれも中宮定子を敬っている。助動詞「らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の4つの意味があるが、「仰せらる」の場合の「らる」は必ず「尊敬」と思ってよい。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
(中宮様は)右近の内侍をお呼びになって、「こういうことがあったのだ。」とおっしゃると、
笑ひののしるを、上 にも聞こしめして、渡りおはしまし たり。
笑ひののしる=ラ行四段動詞「笑ひののしる」の連体形、大笑いする、大声で笑う。
ののしる=ラ行四段動詞、大声で騒ぐ、大騒ぎする
上(うえ)=名詞、天皇、主上。天皇の間、殿上の間、清涼殿
に=格助詞、用法は主格。格助詞「に」は主格として使われることはあまりないが、直前に「場所」と「人物」の両方の意味を持つ名詞が使われている時は「主格」の用法で使われることがあるので注意。訳:「~におかれても・~が・~は・~も」
上記の「上」の他には、「内裏(天皇・皇居)」・「宮(皇族・皇族の住居)」・「御前(貴人・貴人のおそば)」などがある。
聞こしめし=サ行四段動詞「聞こし召す」の連用形。「聞く」の尊敬語。動作の主体である天皇(=一条天皇)を敬っている。作者からの敬意。「食ふ・飲む・治む・行ふ」などの尊敬語でもある。
おはしまし=サ行四段動詞「おはします」の連用形。「あり・居り・行く・来」の尊敬語。「おはす」より敬意が高い言い方。いらっしゃる、おられる、あおりになる。動作の主体である天皇(=一条天皇)を敬っている。作者からの敬意。
たり=完了の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形
(女房たちが)大笑いするのを、天皇もお聞きになって、(中宮様の部屋に)おいでになった。
「あさましう、犬なども、かかる心あるものなり けり。」と笑はせ 給ふ。
あさましう=シク活用の形容詞「あさまし」の連用形が音便化したもの、驚きあきれる、意外でびっくりすることだ。あまりのことにあきれる。なさけない。
かかる=ラ変動詞「かかり」の連体形、このような、こういう
なり=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
けり=詠嘆の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形。「けり」は過去の意味で使われることがほとんどだが、①和歌での「けり」②会話文での「けり」③なりけりの「けり」では詠嘆に警戒する必要がある。①はほぼ必ず詠嘆だが、②③は文脈判断
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である天皇(=一条天皇)を敬っている。作者からの敬意。
給ふ=補助動詞四段「給ふ(たまふ)」の終止形、尊敬語。
(天皇は、)「驚いたことに、犬などにも、このような心があるものなのだなあ。」とお笑いになる。
上の女房なども聞きて参り集まりて、呼ぶにも今ぞ 立ち動く。
参り=ラ行四段動詞「参る」の連用形、「行く」の謙譲語。動作の対象を敬っている。作者からの敬意。
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
立ち動く=カ行四段動詞「立ち動く」の連体形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。
天皇に仕える女房たちも聞きつけて参り集まって、(「翁丸」と)呼ぶにつけても今は(隠すことなく)立ち動く。
「なほこの顔などの腫れたる、物のてをせ させ ばや。」と言へば、
なほ=副詞、やはり。さらに。それでもやはり。
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
せ=サ変動詞「す」の未然形、する。
させ=使役の助動詞「さす」の未然形、接続は未然形。「す・さす・しむ」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。
ばや=願望の終助詞、接続は未然形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
(私が、)「やはりこの顔などの腫れていること、手当てをさせてやりたい。」と言うと、
「つひにこれを言ひあらはしつること。」など笑ふに、
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
(女房たちが、)「とうとう翁丸に対する同情を言い表しましたね。」などと(言って)笑っていると、
忠隆聞きて、台盤所の方より、「まことに や 侍ら む。かれ見侍ら む。」と言ひたれ ば、
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
や=疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
侍ら=補助動詞ラ変「侍り(はべり)」の未然形、丁寧語。言葉の受け手(聞き手)を敬っている。忠隆からの敬意。もう一つの「侍ら」も同じ。
※「候ふ(さぶらふ)・侍り(はべり)」は補助動詞だと丁寧語「~です、~ます」の意味であるが、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
む=推量の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。係助詞「や」を受けて連体形となっている。係り結び。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。
たれ=完了の助動詞「たり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
源忠隆が聞きつけて、台盤所の方から、「本当でしょうか。(私が)その犬を見てみましょう。」と言ったので、
「あな、ゆゆし。さらに、さるものなし。」と言はすれ ば、
あな=感動詞、ああ、あら、まあ
ゆゆし=シク活用の形容詞「忌々し(ゆゆし)」の終止形、触れてはならない神聖なことが原義。(良くも悪くも)程度がはなはだしい。恐れ多い、不吉だ、縁起が悪い。おそろしい、気味が悪い。
さらに=副詞、下に打消語を伴って、「まったく~ない、決して~ない」。ここでは「なし」が打消語。
さる=連体詞あるいはラ変動詞「然り(さり)」の連体形、そうだ、そうである。適切である、ふさわしい、しかるべきだ。
なし=ク活用の形容詞「無し」の終止形
すれ=使役の助動詞「す」の已然形、接続は未然形。「す・さす・しむ」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
「まあ、縁起でもない。まったく、そのようなものはいません。」と(人をやって)言わせたところ、
「さりとも見つくる折も侍ら む。
さりとも=接続詞、そうであっても。いくらなんでも。「今は~だとしてもこれからは~だろうと」といった意味。
折(おり)=名詞、時、場合、機会、季節
侍ら=ラ変動詞「侍り(はべり)」の未然形、「あり・居り」の丁寧語。言葉の受け手(聞き手)を敬っている。忠隆からの敬意。
む=推量の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
(忠隆は、)「(そんな嘘をついて)いくらなんでも(今後)見つける時もあるでしょう。
さのみもえ隠させ 給は じ。」と言ふ。
さ=副詞、そう、その通りに、そのように。
のみ=限定・強意の副助詞。ここでは強意の意味。
え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない」
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体を敬っている。忠隆からの敬意。
給は=補助動詞四段「給ふ(たまふ)」の未然形、尊敬語。
じ=打消推量の助動詞「じ」の終止形、接続は未然形
そうばかりもお隠しになれますまい。」と言う。
さて、かしこまり許されて、もとのやうに なり に き。
さて=接続詞、(話題を変えるときに、文頭において)さて、そして、ところで、それで
かしこまり=名詞、勅勘、謹慎、おとがめ
れ=受身の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。
やうに=比況の助動詞「やうなり」の連用形
なり=ラ行四段動詞「成る」の連用形
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
き=過去の助動詞「き」の終止形、接続は連用形
そして、(翁丸は)おとがめも許されて、元のように(宮中で飼われることと)なった。
なほ あはれがら れて、震ひ鳴き出でたり し こそ、
なほ=副詞、やはり。さらに。それでもやはり。
あはれがら=ラ行四段動詞「あはれがる」の未然形、心を動かされたという意味を表す言葉。感動する、感心する。同情する、かなしむ。感動したときに口に出す「あはれ」という言葉に由来する。
れ=受身の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。
たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。結びは「しか」。
やはり同情されて、震え鳴き出したのは、
よに知らず をかしく あはれなり しか。
よに知らず=この上なく、何とも言いようもなく。
世に(よに)=副詞、実に、非常に、はなはだ。下に打消語を伴って、「まったく~ない、決して~ない」。ここでは「ず」が打消語(否定語)。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
をかしく=シク活用の形容詞「をかし」の連用形。趣深い、趣がある、風情がある。素晴らしい。かわいらしい。こっけいだ、おかしい。カ行四段動詞「招(を)く」が形容詞化したもので「招き寄せたい」という意味が元になっている。
あはれなり=ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形。「あはれ」はもともと感動したときに口に出す感動詞であり、心が動かされるという意味を持つ。しみじみと思う、しみじみとした情趣がある
しか=過去の助動詞「き」の已然形、接続は連用形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。
何とも言いようもなく趣深くしみじみと感じられる様子であった。
人などこそ人に言はれて泣きなどは すれ。
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。ここでは逆接強調法であるが、その後に続く文章が省略されている。
逆接強調法「こそ ~ 已然形、」→「~だけれど、(しかし)」
普通の係り結びは結び(文末)が已然形となるため、「こそ ~ 已然形。」となるが、
基本的に逆接強調法のときは「こそ ~ 已然形、」となり、「、(読点)」があるので特徴的で分かりやすい。
れ=受身の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。
は=強調の係助詞。
すれ=サ変動詞「す」の已然形、する。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。
人などは人に(同情の言葉などを)言われて泣いたりなどするものだが(、犬もそのようなことをするとは思いもよらないことだったよ)。