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源氏物語『葵(葵の上と物の怪)』解説・品詞分解(3)

「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳

 源氏物語『葵』『葵(葵の上と物の怪)』まとめ

 

あまりいたう泣き給へ 

 

いたう=ク活用の形容詞「甚し(いたし)」の連用形が音便化したもの、(良い意味でも悪い意味でも)程度がひどい。

 

給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である葵の上を敬っている。作者からの敬意。

※尊敬語は動作の主体を敬う

※謙譲語は動作の対象を敬う

※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。

どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。

 

ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。

 

(葵の上が)あまりにひどくお泣きになるので、

 

 

心苦しき親たちの御ことを思し、また、かく給ふにつけて、

 

心苦しき=シク活用の形容詞「心苦し」の連体形、気の毒だ。心配だ。

 

思し=サ行四段動詞「思す(おぼす)」の連用形、「思ふ」の尊敬語。動作の主体である葵の上を敬っている。光源氏からの敬意。

 

斯く(かく)=副詞、こう、このように

 

給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連体形、尊敬語。動作の主体である葵の上を敬っている。光源氏からの敬意。

 

「(娘に先立たれる)気の毒な(葵の上の)ご両親のことを(葵の上が)お思いになり、また、このように(光源氏自身を葵の上が)御覧になるにつけても、

 

 

口惜しう おぼえ 給ふ  。」と思して、

 

口惜しう=シク活用の形容詞「口惜し(くちおし)」の連用形が音便化したもの、残念だ、がっかりだ、悔しい。いやだ、物足りない。

 

おぼえ=ヤ行下二段動詞「思ゆ・覚ゆ(おぼゆ)」の連用形、自然に思われる、感じる、思われる。「ゆ」には受身・自発・可能の意味が含まれている。

 

給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連体形、尊敬語。動作の主体である葵の上を敬っている。光源氏からの敬意。

 

に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形

 

や=強調の係助詞、結びは連体形となるはずだが、ここでは省略されている。「あら(ラ変・未然形)む(推量の助動詞・連体形)」などが省略されていると考えられる。係り結びの省略。

※今回のように係助詞の前に「に(断定の助動詞)」がついている時は「あり(ラ変動詞)」などが省略されている。場合によって敬語になったり、助動詞がついたりする。

「にや・にか」だと、「ある・侍る(「あり」の丁寧語)・あらむ・ありけむ」など

「にこそ」だと、「あれ・侍れ・あらめ・ありけめ」など

 

思し=サ行四段動詞「思す(おぼす)」の連用形、「思ふ」の尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。

 

残念にお思いになのであろうか。」と(光源氏は)お考えになって、

 

 

「何ごとも、いとかう  思し入れ 

 

斯う(かう)=副詞、こう、このように  「斯く」が音便化したもの。

 

な=副詞、そ=終助詞

「な~そ」で「~するな(禁止)」を表す。

 

思し入れ=ラ行下二段動詞「思し入る(おぼしいる)」の連用形、「思ひ入る」の尊敬語。思い詰める、深く思いこむ。動作の主体である葵の上を敬っている。光源氏からの敬意。

 

「何事も、たいそうこのように思い詰めなさるな。



 

さりとも けしうおはせ 

 

さりとも=接続詞、そうであっても。いくらなんでも。「今は~だとしてもこれからは~だろうと」といった意味。

 

けしうはおはせじ=悪くはならないでしょう、大変なことにはならないでしょう。

 

けしう=シク活用の形容詞「怪し(けし)」の連用形が音便化したもの、悪い、異常だ、異様だ。変だ、不思議だ。

 

おはせ=サ変動詞「おはす」の未然形、「あり・居り・行く・来」の尊敬語。いらっしゃる、おられる、あおりになる。動作の主体である葵の上を敬っている。光源氏からの敬意。

 

じ=打消推量の助動詞「じ」の終止形、接続は未然形

 

いくら何でも大変なことにはならないでしょう。

 

 

いかなりとも、かならず()() なれ 

 

いかなり=ナリ活用の形容動詞「いかなり」の終止形。どのようだ、どういうふうだ。

 

逢ふ瀬(あふせ)=名詞、男女の会う機会。愛する男女が死後に三途の川で会えるということに由来する。

 

あ=ラ変動詞「あり」の連体形、接続は体言・連体形。「あるなれ」→「あんなれ」(音便化)→「あなれ」(無表記)と変化していった。

 

なれ=伝聞の助動詞「なり」の已然形、接続は終止形(ラ変は連体形)。直前に連体形が来ているためこの「なり」には「断定・存在・推定・伝聞」の四つのどれかと言うことになる。

しかし、直前に音便化したものや無表記化したものがくると「推定・伝聞」の意味の可能性が高い。

さらに、近くに音声語(音や声などを表す言葉)が無い場合には、「伝聞」の意味になりがち。なぜなら、この「なり」の推定は音を根拠に何かを推定するときに用いる推定だからである。

 

ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。

 

どのようになっても、必ず死後に逢う機会があるということだから、

 

 

対面はあり  

 

あり=ラ変動詞「あり」の連用形

 

な=強意の助動詞「ぬ」の未然形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる。

 

む=推量の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。

 

きっと対面することがあるでしょう。

 

 

大臣、宮なども、深き契りある仲は、めぐりても絶え  なれ 

 

契り(ちぎり)=名詞、約束、誓い、男女の交わり。前世からの約束、宿縁、因縁。

 

絶え=ヤ行下二段動詞「絶ゆ(たゆ)」の未然形

 

ざ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形。「ざるなれ」→「ざんなれ」(音便化)→「ざなれ」(無表記)と変化していった。

 

なれ=伝聞の助動詞「なり」の已然形、接続は終止形(ラ変は連体形)。直前に連体形が来ているためこの「なり」には「断定・存在・推定・伝聞」の四つのどれかと言うことになる。

しかし、直前に音便化したものや無表記化したものがくると「推定・伝聞」の意味の可能性が高い。

さらに、近くに音声語(音や声などを表す言葉)が無い場合には、「伝聞」の意味になりがち。なぜなら、この「なり」の推定は音を根拠に何かを推定するときに用いる推定だからである。

 

ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。

 

(父の)大臣、(母の)宮(=皇族)なども、深い縁のある間柄は、生まれ変わっても絶えないということだから、

 

 

あひ見るほどあり 思せ。」と、慰め 給ふに、

 

な=強意の助動詞「ぬ」の未然形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる。

 

む=推量の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。

 

思せ=サ行四段動詞「思す(おぼす)」の命令形、「思ふ」の尊敬語。動作の主体である葵の上を敬っている。光源氏からの敬意。

 

慰め=マ行下二段動詞「慰む(なぐさむ)」の連用形、慰める、なだめる。気分を晴らす、心を安める

※四段活用と下二段活用の両方になる動詞があり、四段だと「気分が晴れる」などといった意味だが、下二段になると「使役」の意味が加わり、「気分を晴らす、心を安める」といった意味になる。

 

給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連体形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。

 

逢う時がきっとあるだろうとお考えなさい。」と、(光源氏が)慰めなさると、

 

 

いであら  

 

いで=感嘆詞、(感動・驚きを表して)いやもう、ほんとに、なんとまあ、さあ。

 

あら=ラ変動詞「あり」の未然形

 

ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形

 

や=間投助詞

 

(六条の御息所の生霊が乗り移った葵の上が)「いえ、違いますよ。

 

 

身の上のいと苦しきを、しばし休め 給へ聞こえ とてなむ

 

休め=マ行下二段動詞「休む(やすむ)」の連用形、休ませる、休息させる。

※四段活用と下二段活用の両方になる動詞があり、四段だと「休む」などといった意味だが、下二段になると「使役」の意味が加わり、「休ませる」といった意味になる。

 

給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の命令形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。葵の上に乗り移った六条の御息所からの敬意。

 

聞こえ=ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の未然形、「言ふ」の謙譲語。動作の対象である光源氏を敬っている。葵の上に乗り移った六条の御息所からの敬意。

 

む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。

 

なむ=強調の係助詞、結びは連体形となるが、直後に「呼び(動詞・連用形)/たてまつり(補助動詞・連用形・謙譲語)/し(過去の助動詞・連体形)」などが省略されていると考えられる。係り結びの省略。

「呼びたてまつりし」→「お呼び申し上げた・お呼びした」

 

(調伏されて)体がとても苦しいので、しばらく(祈禱を)休ませてくださいと申し上げようと思って(お呼びしました)。

 

 

かく 参り来 ともさらに思はを、

 

斯く(かく)=副詞、こう、このように

 

参り来(こ)=カ変動詞「参り来(まいりく)」の未然形、謙譲語。動作の対象である光源氏を敬っている。六条の御息所からの敬意。

 

む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。

 

さらに=副詞、下に打消語を伴って、「まったく~ない、決して~ない」。ここでは「ぬ」が打消語。

 

ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形

 

このように参上しようとはまったく思わないのに、

 

 

もの思ふ人の魂は、げに あくがるるもの なむありける。」と、なつかしげに言ひて、

 

げに(実に)=副詞、なるほど、実に、まことに。本当に。

 

あくがるる=ラ行下二段動詞「憧る(あくがる)」の連体形、さまよい出る、離れる。思いこがれる。うわの空になる。

 

に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形

 

なむ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。

 

ける=詠嘆の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「なむ」を受けて連体形となっている。係り結び。「けり」は過去の意味で使われることがほとんどだが、①和歌での「けり」②会話文での「けり」③なりけりの「けり」では詠嘆に警戒する必要がある。①はほぼ必ず詠嘆だが、②③は文脈判断

 

なつかしげに=ナリ活用の形容動詞「懐かしげなり(なつかしげなり)」の連用形、親しみが感じられる、親しみやすい様子だ。慕わしい感じだ。

 

物思いする人の魂は、本当に体から離れ出るものだったのですね。」と、親しげに言って、



 

嘆きわび  空に乱るる  わが(たま)を  結びとどめよ  したがひのつま

 

嘆きわび=バ行上二段動詞「嘆き侘ぶ(なげきわぶ)」の連用形、悲しむあまり、悲しみきれない。 侘ぶ=補助動詞、「~ しきれない。~ しづらくなる。」

 

乱るる=ラ行下二段動詞「乱る」の連体形

 

結びとどめよ=マ行下二段動詞「結びとどむ」の命令形

 

下交ひ(したがひ)=名詞、下前、

端(つま)=名詞、端(はし)、先端

 

悲しむあまり空にさまよっている私の魂を、下前の褄を結んでつなぎとめてください。

※下交ひのつま=着物の前を合わせえた時の内側になる部分の先端。 この部分を結んでおくと魂が出て行かず、とどめられると言われていた。

 

 

のたまふ声、けはひ、その人にもあら、変はり給へ 

 

のたまふ=ハ行四段動詞「宣ふ(のたまふ)」の連体形。「言ふ」の尊敬語。動作の主体である六条の御息所を敬っている。作者からの敬意。

 

気配(けはひ)=名詞、風情、雰囲気

 

ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形

 

給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である葵の上を敬っている。作者からの敬意。

 

り=完了の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形

 

とおっしゃる声や、雰囲気は、葵の上その人ではなく、お変わりになっている。

 

 

続きはこちら源氏物語『葵(葵の上と物の怪)』解説・品詞分解(4)

 

源氏物語『葵』『葵(葵の上と物の怪)』まとめ

 

 

 

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