「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら源氏物語『夕顔(廃院の怪)』現代語訳(1)(2)
宵過ぐるほど、すこし寝入り給へ るに、御枕上に、いとをかしげなる女居て、
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。
る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
をかしげなる=ナリ活用の形容動詞「をかしげなり」の連体形。趣深い、趣がある、風情がある。素晴らしい。美しい。こっけいだ、おかしい。カ行四段動詞「招(を)く」が形容動詞化したもので「招き寄せたい」という意味が元になっている。
宵を過ぎるころ、(光源氏が)少しお眠りになっていると、お枕元に、たいそう美しい様子の女が座って、
「おのがいとめでたしと見奉るをば、尋ね思ほさ で、
おの(己)=代名詞、自分、私
めでたし=ク活用の形容詞「めでたし」の終止形、みごとだ、すばらしい。魅力的だ、心惹かれる。
奉る=補助動詞ラ行四段「奉る(たてまつる)」の連体形、謙譲語。動作の対象である光源氏を敬っている。六条の御息所からの敬意。
ば=強調の係助詞。強調する意味があるが、訳す際に無視しても構わない。
思ほさ=サ行四段動詞「思ほす(おぼほす)」の未然形、「思ふ」の尊敬語、お思いになる。動作の主体である光源氏を敬っている。六条の御息所からの敬意。
で=打消の接続助詞、接続は未然形。「ず(打消しの助動詞)+して(接続助詞)」→「で」となったもの。
「私が(あなた=光源氏のことを)たいそうすばらしいとお慕い申し上げているのに、(あなたは)訪ねようともお思いにならないで、
かく 異なることなき人を率ておはして、
斯く(かく)=副詞、このように、こう
異なる=ナリ活用の形容動詞「異なり」の連体形、(普通とは)異なる、違っている。特別に優れている、格別だ。
率(ゐ)=ワ行上一段動詞「率る(ゐる)」の連用形。率(ひき)いる、引き連れていく。上一段活用の動詞は「{ ひ・い・き・に・み・ゐ } る」と覚える。
おはし=補助動詞サ行四段「おはす」の連用形。尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。六条の御息所からの敬意。
このように特にすぐれているところもない人(=夕顔)を連れていらっしゃって、
時めかし 給ふ こそ、いとめざましく つらけれ。」
時めかし=サ行四段動詞「時めかす」の連用形、寵愛する、かわいがる。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連体形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。六条の御息所からの敬意。
こそ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
めざましく=シク活用の形容詞「めざまし」の連用形。心外で気にくわない、あきれたものだ。すばらしい、立派だ。
つらけれ=ク活用の形容詞「辛し(つらし)」の已然形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。
ご寵愛なさるのは、非常に心外で気に食わなくつらいことです。」
とて、この御かたはらの人をかき起こさむとすと見 給ふ。
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
す=サ変動詞「す」の終止形、する。
見=マ行上一段動詞「見る」の連用形。上一段活用の動詞は「{ ひ・い・き・に・み・ゐ } る」と覚える。
給ふ=補助動詞ハ行四段「たまふ」の終止形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
と言って、この(源氏の)おそばの人(=夕顔)を引き起こそうとする夢をご覧になる。
物に襲はるる心地して、驚き 給へ れ ば、灯も消えに けり。
驚き=カ行四段動詞「驚く(おどろく)」の連用形、目を覚ます、起きる。はっと気づく。
給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の已然形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
れ=完了の助動詞「り」の已然形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
物に襲われるような気持がして、目をお覚ましになると、灯火も消えてしまっていた。
うたて 思さ るれ ば、太刀を引き抜きて、うち置き給ひて、右近を起こし給ふ。
うたて=副詞、いやに、不快に。事態が悪い方へ進むさま、ますます、ひどく。普通でないさま、気味悪く。
思さ=サ行四段動詞「思す(おぼす)」の未然形、「思ふ」の尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
るれ=自発の助動詞「る」の已然形、接続は未然形。「る・らる」は「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があり、「自発」の意味になるときはたいてい直前に「心情動詞(思う、笑う、嘆くなど)・知覚動詞(見る・知るなど)」があるので、それが識別のポイントである。
自発:「~せずにはいられない、自然と~される」
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。最後の「給ふ(終止形)」も同じ。
気味悪くお思いになられたので、太刀を引き抜いて、お置きになって、右近(=夕顔にお仕えしている侍女)を起こしなさる。
これも恐ろしと思ひたるさまにて、参り寄れり。
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
参り=ラ行四段動詞「参る」の連用形、「行く」の謙譲語。動作の対象である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
り=完了の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
この右近も恐ろしいと思っている様子で、(光源氏の)おそば近くに寄ってきた。
「渡殿なる宿直人起こして、紙燭さして参れと言へ。」とのたまへ ば、
なる=存在の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形。「なり」は直前が体言(名詞)である時、断定の意味になることが多いが、その体言が場所を表すものであれば今回のように「存在」の意味になることがある。訳:「~にある」
参れ=ラ行四段動詞「参る」の命令形、「行く」の謙譲語。動作の対象である光源氏、あるいは夕顔を敬っている。光源氏からの敬意。
言へ=ハ行四段動詞「言ふ」の命令形
のたまへ=ハ行四段動詞「宣ふ(のたまふ)」の已然形。「言ふ」の尊敬語。おっしゃる。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
(光源氏が)「渡殿にいる宿直人を起こして、紙燭をつけて(こちらへ)参上せよと言ってきなさい。」とおっしゃると、
※渡殿=渡り廊下
※宿直人(とのいびと)=宮中などに宿泊して、勤務や警護をする職務の人。
※紙燭(しそく)=室内で使う小さな松明(たいまつ)。
「いかで か まから む。暗うて。」と言へば、
いかで=副詞、(反語・疑問で)どうして
か=反語・疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
まから=ラ行四段動詞「罷る(まかる)」の未然形、謙譲語。退出する。参る。動作の対象である光源氏を敬っている。右近からの敬意。
む=意志の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。係助詞「か」を受けて連体形となっている。係り結び。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
(右近は)「どうして行けましょうか。(いえ、)暗くて(行けません)。」と言うと、
「あな、若々し。」と、うち笑ひ給ひて、手を叩き給へ ば、山彦の答ふる声、いとうとまし。
あな=感動詞、ああ、あら、まあ
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。後の「給へ(已然形)」も同じ。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
うとまし=シク活用の形容詞「疎まし(うとまし)」の終止形、気味が悪い。いやだ。
(光源氏は)「なんとまあ、子どもっぽい。」と、お笑いになって、(人を呼ぶために)手をたたきなさると、こだまの答える音が、とても気味が悪い。
人え聞きつけで 参ら ぬに、
え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない」
で=打消の接続助詞、接続は未然形。「ず(打消しの助動詞)+して(接続助詞)」→「で」となったもの。
参ら=ラ行四段動詞「参る」の未然形、「行く」の謙譲語。動作の対象である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
誰も(その音を)聞きつけられず、(こちらへ)参上しない上に、
この女君、いみじく わななき 惑ひて、いかさまに せ むと思へり。
いみじく=シク活用の形容詞「いみじ」の連用形、(いい意味でも悪い意味でも)程度がひどい、甚だしい、とても。
わななき=カ行四段動詞「わななく」の連用形、震える。
惑ひ=ハ行四段動詞「惑ふ」の連用形、心が乱れる、あわてる、悩む。迷う。途方に暮れる
いかさまに=ナリ活用の形容動詞「いかさまなり」の連用形、どのようだ、どんなふうだ。
せ=サ変動詞「す」の未然形、する。
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
り=存続の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
この女君(=夕顔)は、ひどく震えうろたえて、どのようにしようかと思っている。
汗もしとどになりて、我かの気色 なり。
我か=自分かどうかも分からない、正気でない。
か=疑問の係助詞
気色(けしき)=名詞、様子、状態。ありさま、態度、そぶり。
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
汗もびっしょりとなって、正気ではない様子である。
「物怖ぢをなむ わりなく せ させ 給ふ本性にて、
なむ=強調の係助詞
わりなく=ク活用の形容詞「わりなし」の連用形、「理(ことわり)なし」と言う意味からきている。道理に合わない、分別がない、程度がひどい。
せ=サ変動詞「す」の未然形、する。
させ=尊敬の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である夕顔を敬っている。右近からの敬意。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連体形、尊敬語
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
「(夕顔は)なにかと怖がることをひどくなさるご性質で、
いかに 思さ るる に か。」と、右近も聞こゆ。
いかに=副詞、どんなに、どう。「いかに」の中には係助詞「か」が含まれていて係り結びが起こる。
思さ=サ行四段動詞「思す(おぼす)」の未然形、「思ふ」の尊敬語。動作の主体である夕顔を敬っている。右近からの敬意。
るる=自発の助動詞「る」の連体形、接続は未然形。「る・らる」は「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があり、「自発」の意味になるときはたいてい直前に「心情動詞(思う、笑う、嘆くなど)・知覚動詞(見る・知るなど)」があるので、それが識別のポイントである。
自発:「~せずにはいられない、自然と~される」
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
か=疑問の係助詞、結びは連体形となるが、直後に「あら(ラ変動詞・已然形)/む(推量の助動詞・連体形)」、「侍れ(ラ変動詞・丁寧語・已然形)/む(推量の助動詞・連体形)」などが省略されている。係り結びの省略。
※今回のように係助詞の前に「に(断定の助動詞)」がついている時は「あり(ラ変動詞)」などが省略されている。場合によって敬語になったり、助動詞がついたりする。
「にや・にか」だと、「ある・侍る(「あり」の丁寧語)・あらむ・ありけむ」など
「にこそ」だと、「あれ・侍れ・あらめ・ありけめ」など
聞こゆ=ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の終止形、「言ふ」の謙譲語。動作の対象である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
どんなに(恐ろしく)お思いでございましょうか。」と右近も申し上げる。
いとか弱くて、昼も空をのみ見つる ものを、いとほしと思して、
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
ものを=逆接の接続助詞、活用語の連体形につく。「もの」がつく接続助詞はほぼ逆接の意味となる。たまに順接・詠嘆の時がある。ここはおそらく「詠嘆」の意味。
いとほし=シク活用の形容詞「いとほし」の終止形、かわいそうだ、気の毒だ。困る、いやだ。かわいい、いとしい。
思し=サ行四段動詞「思す(おぼす)」の連用形、「思ふ」の尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。
(夕顔は)たいそうか弱くて、昼も空ばかり見ていたというのに、かわいそうだとお思いになって、
「我、人を起こさむ。手たたけば山彦の答ふる、いとうるさし。ここに、しばし、近く。」とて、
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
うるさし=ク活用の形容詞「うるさし」の終止形、わずらわしい、面倒だ、うっとうしい。いやだ。
(光源氏は)「私が人を起してこよう。手をたたくとこだまが響くのが、ひどくうっとうしい。ここに、しばらく、(夕顔の)近くに(いてくれ)。」と言って、
右近を引き寄せ給ひて、西の妻戸に出でて、戸を押し開け給へ れ ば、渡殿の灯も消えに けり。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。作者からの敬意。後の「給へ(已然形)」も同じ。
れ=完了の助動詞「り」の已然形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味で使われている。
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
右近を(夕顔のそばに)お引き寄せになって、西の妻戸のところに出て、戸を押し開けなさったところ、渡殿の灯火も消えてしまった。
続きはこちら源氏物語『夕顔(廃院の怪)』解説・品詞分解(2)