「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
この大臣、子どもあまた おはせ しに、
数多(あまた)=副詞、たくさん、大勢
おはせ=サ変動詞「おはす」の未然形、「あり・居り・行く・来」の尊敬語。いらっしゃる、おられる、あおりになる。動作の主体である右大臣(=菅原道真)を敬っている。作者からの敬意。
※尊敬語は動作の主体を敬う
※謙譲語は動作の対象を敬う
※丁寧語は言葉の受け手(聞き手・詠み手)を敬う。
どの敬語も、その敬語を実質的に使った人間からの敬意である。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形だが、カ変・サ変に接続するときは、接続が未然形になることがある。
この大臣(=菅原道真)には、子供がたくさんいらっしゃったが
女君たちは婿取り、男君たちは皆、ほどほどにつけて位どもおはせ しを、
おはせ=サ変動詞「おはす」の未然形、「あり・居り・行く・来」の尊敬語。いらっしゃる、おられる、あおりになる。動作の主体である男君たちを敬っている。作者からの敬意。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形だが、カ変・サ変に接続するときは、接続が未然形になることがある。
娘たちは結婚し、息子たちはみな、年齢や才能に応じて官位がおありだったが、
それも皆方々に流され 給ひてかなしきに、
れ=受身の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。「す・さす・しむ」とは異なり、「れ給ふ/られ給ふ」とある場合の「る・らる」は尊敬の意味となることはない。「受身・自発」のどちらかである。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語。
その子たちも皆あちこちに流されなさって悲しい上に、
幼くおはし ける男君・女君たち慕ひ泣きておはし けれ ば、
おはし=補助動詞サ変「おはす」の連用形、尊敬語。動作の主体である幼い男君・女君たちを敬っている。作者からの敬意。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
おはし=補助動詞サ変「おはす」の連用形、尊敬語。動作の主体である幼い男君・女君たちを敬っている。作者からの敬意。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
幼くておられた息子・娘たちは、父(=菅原道真)を慕って泣いていらっしゃったので、
「小さきはあへ な む。」と、
あへなむ=我慢しよう、しかたがない。
あへ=ハ行下二段動詞「敢ふ(あふ)」の連用形、我慢する、耐える。
な=強意の助動詞「ぬ」の未然形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる。
む=推量の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
「幼い子は(一緒に連れて行くのも)しかたがない。」と、
おほやけも許させ 給ひ し ぞ かし。
朝廷・公(おほやけ)=名詞、朝廷、政府。天皇、天皇家、大きな屋敷
せ=尊敬の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である帝(=醍醐天皇)を敬っている。作者からの敬意。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連用形、尊敬語
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
ぞ=強調の係助詞
かし=念押しの終助詞、文末に用いる、~よ。~ね。
朝廷もお許しになったことだよ。
帝の御おきて、きはめてあやにくに おはしませ ば、
掟(おきて)=名詞、心構え、意向、方針。取り決め、処置。規律、法律。
あやにくに=ナリ活用の形容動詞「生憎なり(あやにくなり)」の連用形、厳しい、意地が悪い、憎らしいほどひどい。都合が悪い、あいにくだ。
おはしませ=補助動詞サ行四段「おはします」の已然形。尊敬語。「おはす」より敬意が高い。動作の主体である帝(=醍醐天皇)を敬っている。作者からの敬意。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。
帝のご処置は、たいそう厳しくございましたので、
この御子どもを、同じ方に遣はさざり けり。
遣はさ=サ行四段動詞「遣はす(つかはす)」の未然形、尊敬語。派遣なさる、使いをお送りになる。お与えになる、お授けになる
ざり=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
このお子様たちを、(菅原道真と)同じ方面にお送りにはならなかった。
方々にいとかなしく思し召して、御前の梅の花を御覧じて、
思し召し=サ行四段動詞「思し召す(おぼしめす)」の連用形、「思ふ」の尊敬語。動作の主体である右大臣(=菅原道真)を敬っている。作者からの敬意。
御前(おまえ)=名詞、意味は、「貴人」という人物を指すときと、「貴人のそば」という場所を表すときがある。ここでは、場所の意味で使われている。
御覧じ=サ変動詞「御覧ず(ごらんず)」の連用形、ご覧になる。動作の主体である右大臣(=菅原道真)を敬っている。作者からの敬意。
(菅原道真は)あれこれとたいそう悲しく思いなさって、お庭の梅の花をご覧になって、(和歌をお詠みになり、)
東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春を忘るな
吹か=カ行四段動詞「吹く」の未然形
ば=接続助詞、直前が未然形であり、④仮定条件「もし~ならば」の意味で使われている。
おこせよ=サ行下二段動詞「遣す(おこす)」の命令形、こちらへ送ってくる、よこす
忘る=ラ行下二段動詞「忘る」の終止形
な=禁止の終助詞
東から風が吹くならば、花の香りを(私が流される大宰府まで)送り届けてくれ、梅の花よ。主人がいないからといって、春を忘れるなよ。
また、亭子の帝に聞こえ させ 給ふ、
聞こえ=ヤ行下二動詞「聞こゆ」の連用形、「言ふ」の謙譲語。動作の対象である亭子の帝(=宇多天皇)を敬っている。作者からの敬意。
させ=尊敬の助動詞「さす」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である右大臣(=菅原道真)を敬っている。作者からの敬意。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連体形、尊敬語
また、亭子の帝(=宇多天皇)に申し上げなさった歌、
流れゆく われは水屑と なり果てぬ 君しがらみと なりてとどめよ
なり果て=タ行下二段動詞「成り果つ」の連用形
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形
とどめよ=マ行下二段動詞「止む(とどむ)」の命令形
地方に流されていく私は水中のごみのように成り果ててしまった。我が君よ、しがらみとなって私を引き止めてください。
※柵(しがらみ)=名詞、川の流れをせき止めるために、杭を打ち並べて竹などを横に結びつけたもの。せきとめるもの。
なきことにより、かく 罪せ られ 給ふを、かしこく思し嘆きて、
斯く(かく)=副詞、このように、こう
罪せ=サ変動詞「罪す」の未然形、罰する、処罰する。「名詞+す(サ変動詞)」で一つのサ変動詞になるものがいくらかある。例:「音す」、「愛す」、「ご覧ず」
られ=受身の助動詞「らる」の連用形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。「す・さす・しむ」とは異なり、「れ給ふ/られ給ふ」とある場合の「る・らる」は尊敬の意味となることはない。「受身・自発」のどちらかである。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ(たまふ)」の連体形、尊敬語。動作の主体である右大臣(=菅原道真)を敬っている。作者からの敬意。
かしこく=ク活用の形容詞「畏し/賢し(かしこし)」の連用形。連用形だと「たいそう、非常に」の意味。その他の意味として、恐れ多い、尊い。もったいない、かたじけない。賢い、優れている。
(菅原道真は)無実の罪によって、このように処罰されなさるのを、非常にお嘆きになって、
やがて山崎にて出家せ しめ 給ひて、
やがて=副詞、すぐに。そのまま。
出家せ=サ変動詞「出家す」の未然形、出家する。「名詞+す(サ変動詞)」で一つのサ変動詞になるものがいくらかある。例:「音す」、「愛す」、「ご覧ず」
しめ=尊敬の助動詞「しむ」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である右大臣(=菅原道真)を敬っている。作者からの敬意。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連用形、尊敬語
すぐに(太宰府までの道中にある)山崎で出家なさって、
都遠くなるままに、あはれに心細く思さ れて、
ままに=(~する)につれて。~するとすぐに。~にまかせて、思うままに。(原因・理由)…なので。「まま(名詞/に(格助詞))
あはれに=ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形。「あはれ」はもともと感動したときに口に出す感動詞であり、心が動かされるという意味を持つ。しみじみと思う、しみじみとした情趣がある。
思さ=サ行四段動詞「思す(おぼす)」の未然形、「思ふ」の尊敬語。動作の主体である右大臣(=菅原道真)を敬っている。作者からの敬意。
れ=尊敬の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る・らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の4つの意味がある。ここでは文脈判断。動作の主体である右大臣(=菅原道真)を敬っている。作者からの敬意。
都が遠くなるにつれて、しみじみと心細くお思いになって、(和歌をお詠みになり、)
君が住む 宿の梢を ゆくゆくと 隠るるまでも 返り見しはや
ゆくゆくと=行きながら
も=強意の係助詞
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
は=強調の係助詞
や=詠嘆の間投助詞
あなたが住んでいる家の梢を、道を行きながら、隠れて見えなくなるまで振り返って見たことだよ。
また、播磨の国におはしまし着きて、明石の駅といふ所に御宿りせ しめ 給ひて、
おはしまし着き=カ行四段動詞「おはしまし着く」の連用形、尊敬語。ご到着になる、お着きになる。
せ=サ変動詞「す」の未然形、する。
しめ=尊敬の助動詞「しむ」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である右大臣(=菅原道真)を敬っている。作者からの敬意。
給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連用形、尊敬語
また、播磨の国にご到着になって、明石の駅という所にお泊まりなさって、
駅の長のいみじく思へる気色を御覧じて、作らしめ 給ふ詩、いとかなし。
いみじく=シク活用の形容詞「いみじ」の連用形、(いい意味でも悪い意味でも)程度がひどい、甚だしい、とても。
る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
気色(けしき)=名詞、様子、状態。ありさま、態度、そぶり
御覧じ=サ変動詞「御覧ず(ごらんず)」の連用形、ご覧になる。動作の主体である右大臣(=菅原道真)を敬っている。作者からの敬意。
しめ=尊敬の助動詞「しむ」の連用形、接続は未然形。「す・さす・しむ」は直後に尊敬語が来ていないときは「使役」だが、尊敬語が来ているときは文脈判断。「給ふ」と合わせて二重敬語となっており、動作の主体である右大臣(=菅原道真)を敬っている。作者からの敬意。
給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連体形、尊敬語
(そこの)駅長がひどく悲しく思っている様子を(菅原道真が)ご覧になって、お作りになった漢詩は、たいそう悲しい。
駅長莫レカレ驚クコト時ノ変改ヲ
駅長驚くこと莫かれ時の変改を
※「莫二カレ ~一(スル)(コト)」=禁止、「 ~(する)(こと)莫かれ」、「 ~してはならない」
駅長よ、時の移り変わりを驚いてはいけない。
一栄一落ハ是レ春秋
一栄一落は是れ春秋
春に花が咲き栄えて、秋には散ってしまうは、時の流れというものなのだから。
続きはこちら大鏡『菅原道真の左遷』解説・品詞分解(3)