青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
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傪且ツ問ヒテ曰ハク、「君今既ニ為二ル異類一ト。何ゾ尚ホ能二クスル人ノ言一ヲ耶ト。」
傪且つ問ひて曰はく、「君今既に異類と為る。何ぞ尚ほ人の言を能くするか。」と。
傪はさらに尋ねて、「君は今すでに獣となっている。どうしてまだ人間の言葉を使えるのか。」と言った。
虎曰ハク、「我今形変ズルモ、而心悟ムル耳。
虎曰はく、「我今形変ずるも、心悟むるのみ。
虎が言うことには、「私は今姿は変わっているが、心ははっきりとしている。
自レリ居二リテ此ノ地一ニ、不レ知二ラ歳月ノ多少一ヲ。
此の地に居りてより、歳月の多少を知らず。
ここにいるようになってから、どのくらいの歳月が経過したのか分からない。
但ダ見二ル草木ノ栄枯一スルヲ耳。
但だ草木の栄枯するを見るのみ。
ただ、草や木が生い茂っては枯れるのを見てただけである。
近日絶エテ無二ク過客一、久シク飢ヱテ難レシ堪ヘ。
近日絶えて過客無く、久しく飢ゑて堪へ難し。
近ごろは旅人の通行も絶えて、長い間飢えていて耐え難かった。
不幸ニシテ唐-二突ス故人一ニ。慙惶殊ニ甚ダシト。」
不幸にして故人に唐突す。慙惶殊に甚だし。」と。
不幸にも旧友に不意につきあたってしまった。恥じて恐れるばかりだ。」と。
傪曰ハク「君久シク飢ウ。食籃ノ中ニ有二リ羊肉数斤一。
傪曰はく、「君久しく飢う。食籃の中に羊肉数斤有り。
傪は、「君は長い間飢えている。食物を入れる竹のかごの中に羊の肉が数斤ある。
留メテ以ツテ為レサン贈ルヲ、可ナラン乎ト。」
留めて以つて贈るを為さん、可ならんか。」と。
これを君に贈ろうと思うが、どうだろうか。」と言った。
曰ハク、「吾方ニ与二故人一道レヘバ旧ヲ、未レダ/ル暇レアラ食ラフニ也。君去ルトキ則チ留レメヨト之ヲ。」
曰はく、「吾方に故人と旧を道へば、未だ食らふに暇あらざるなり。君去るとき則ち之を留めよ。」と。
※「未ニダ ~ 一(セ)」=再読文字、「未だ ~(せ)ず」、「まだ ~(し)ない」
(虎は、)「私はちょうど今、旧友と昔話をしているので、食う暇がない。君が去るときにそれを置いていってくれ。」と言った。
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