青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
未レダ/ルコト至二ラ井陘口一ニ三十里ニシテ止舎ス。夜半ニ伝モテ発セシム。
未だ井陘口に至らざること三十里にして止舎す。夜半に伝もて発せしむ。
※「未ニダ ~ 一(セ)」=再読文字、「未だ ~(せ)ず」、「まだ ~(し)ない」
(韓信の軍は)井陘の入り口に至る手前三十里の所に宿営しました。(韓信は)夜中に伝令を出して出発させた。
選二ビ軽騎二千人一ヲ、人ゴトニ持二チ一赤幟一ヲ、従二リ間道一萆レレテ山ニ而望二マシム趙ノ軍一ヲ。
軽騎二千人を選び、人ごとに一赤幟を持ち、間道より山に萆れて趙の軍を望ましむ。
※而=置き字(順接・逆接)
※使役=「~(セ)シム。」→「~させる。」 文脈から判断して使役の意味でとらえることがある。
軽装の騎兵二千人を選び、一人一人に一本赤いのぼり旗を持たせて、わき道を通って山に隠れて趙の軍を遠くから偵察させた。
誡メテ曰ハク、「趙見二バ我ノ走一ルヲ、必ズ空レシクシテ壁ヲ逐レハン我ヲ。
誡めて曰はく、「趙我の走るを見ば、必ず壁を空しくして我を逐はん。
(韓信が部下に)戒めて言うことには、「趙は我が軍が敗走するのを見たら、必ず砦を空にして我が軍を追ってくるだろう。
若疾ヤカニ入二リ趙ノ壁一ニ、抜二キテ趙ノ幟一ヲ、立二テヨト漢ノ赤幟一ヲ。」
若疾やかに趙の壁に入り、趙の幟を抜きて、漢の赤幟を立てよ。」と。
お前たちはすばやく趙の砦に入り、趙の旗を抜いて、漢の赤い旗を立てろ。」と。
令二メテ其ノ裨将ヲシテ伝一レヘ飧ヲ曰ハク、「今日破レリテ趙ヲ会食セント。」
其の裨将をして飧を伝へしめて曰はく、「今日趙を破りて会食せん。」と。
※令=使役「令二ムAヲシテB一(セ)」→「AをしてB(せ)しむ」→「AにBさせる」
(そして)副将軍に軽い食事を配らせて、「今日は趙を打ち破って正式な食事をしよう。」と言った。
諸将皆莫レシ信ズルモノ。詳リ応ヘテ曰ハク、「諾ト。」
諸将皆信ずるもの莫し。詳り応へて曰はく、「諾。」と。
将軍たちの中でだれも(この言葉を)信じる者はいなかった。「承知しました。」と、偽って答えた。
謂二ヒテ軍吏一ニ曰ハク、「趙已ニ先ニ拠二リテ便地一ニ為レル壁ヲ。
軍吏に謂ひて曰はく、「趙已に先に便地に拠りて壁を為る。
(韓信が)軍吏に伝えて言うことには、「趙はすでに先に戦うのに有利な土地を占拠して砦を築いている。
且ツ彼ハ未レダ/レバ見二吾ガ大将ノ旗鼓一ヲ、未三ダ/ラン肯ヘテ撃二タ前行一ヲ。
且つ彼は未だ吾が大将の旗鼓を見ざれば、未だ肯へて前行を撃たざらん。
その上、彼らは我が軍の大将の旗や太鼓を見ていないので、まだ進んで先行部隊を攻撃しようとはしないだろう。
恐下ルレバナリト吾ノ至二リテ阻険一ニ而還上ランコトヲ。」
吾の阻険に至りて還らんことを恐るればなり。」と。
私が険しい所にたどり着いて逃げ帰ることを恐れているからである。」と。
信乃チ使二メ万人ヲシテ先行一セ、出デテ背レニシテ水ヲ陳ス。趙ノ軍望見シテ而大イニ笑フ。
信乃ち万人をして先行せしめ、出でて水を背にして陳す。趙の軍望見して大いに笑ふ。
※使=使役「使二ムAヲシテB一(セ)」→「AをしてB(せ)しむ」→「AにBさせる」
韓信は、そこで、一万の兵を先行させ、(井陘口を)出て、川を背にして陣どらせた。趙の軍はそれを遠くから眺めて大いに笑った。
平旦、信建二テ大将之旗鼓一ヲ、鼓行シテ出二ヅ井陘口一ニ。
平旦、信大将の旗鼓を建て、鼓行して井陘口に出づ。
夜明け方、韓信は大将の旗や太鼓を立てて、太鼓を打ち鳴らしながら井陘口を出た。
趙開レキテ壁ヲ撃レツ之ヲ。大イニ戦フコト良久シ。
趙壁を開きて之を撃つ。大いに戦ふこと良久し。
趙の軍は砦を開いてこれを迎え撃った。激しい戦いは、しばらく続いた。
於レイテ是ニ信・張耳、詳リテ棄二テ鼓旗一ヲ、走二ル水上ノ軍一ニ。
是に於いて信・張耳、詳りて鼓旗を棄て、水上の軍に走ぐ。
※於レイテ是ニ=そこで、こうして
そこで韓信と張耳は、負けたふりをして太鼓や旗を捨てて、川のほとりに陣どった軍へと逃げた。
水上ノ軍開キテ入レレ之ヲ、復タ疾戦ス。
水上の軍開きて之を入れ、復た疾戦す。
川のほとりに陣どった軍は陣を開いてこれ(=韓信・張耳)を迎え入れて、再び激しく戦った。
趙果タシテ空レシクシテ壁ヲ争二ヒ漢ノ鼓旗一ヲ、逐二フ韓信・張耳一ヲ。
趙果たして壁を空しくして漢の鼓旗を争ひ、韓信・張耳を逐ふ。
趙軍は思ったとおり砦を空にして漢軍の太鼓や旗を争奪し、韓信と張耳を追ってきた。
韓信・張耳、已ニ入二ル水上ノ軍一ニ。軍皆殊死シテ戦ヒ、不レ可レカラ敗ル。
韓信・張耳、已に水上の軍に入る。軍皆殊死して戦ひ、敗るべからず。
韓信と張耳は、すでに川のほとりの軍に入っていた。(韓信の)軍は皆死にものぐるいで戦い、打ち破ることができなかった。
信ノ所レノ出ダシシ奇兵二千騎、共ニ候二ヒ趙ノ空レシクシテ壁ヲ逐一レフヲ利ヲ、
信の出だしし所の奇兵二千騎、共に趙の壁を空しくして利を逐ふを候ひ、
韓信が出動させた奇襲部隊の二千騎は、そろって趙の軍が砦を空にして戦利品を追い求めているのをうかがって、
則チ馳セテ入二リ趙ノ壁一ニ、皆抜二キテ趙ノ旗一ヲ、立二ツ漢ノ赤幟二千一ヲ。
則ち馳せて趙の壁に入り、皆趙の旗を抜きて、漢の赤幟二千を立つ。
馬を走らせて趙軍の砦に入り、趙軍の旗を全部抜いて、漢の赤い旗二千本を立てた。
趙ノ軍已ニ不レ勝タ、不レ能レハ得二ル信等一ヲ。
趙の軍已に勝たず、信等を得る能はず。
※「不レ能二ハA一(スル)(コト)」=不可能、「 ~(する)(こと)能はず」「(能力がなくて) ~Aできない」
趙軍はもはや勝てず、韓信らを捕らえることができなかった。
欲三スルモ還-二帰セント壁一ニ、壁ハ皆漢ノ赤幟ナリ。
壁に還帰せんと欲するも、壁は皆漢の赤幟なり。
(趙軍は)砦に帰還しようとしたけれども、砦はすべて漢の赤い旗であった。
而チ大イニ驚キテ、以為ヘラク、漢皆已ニ得二タリ趙ノ王将一ヲ矣ト。
而ち大いに驚きて、以為へらく、漢皆已に趙の王将を得たりと。
※「以為ヘラク」=~だと思う。思うことには~。 ※矣=置き字(断定・強調)
そこで非常に驚いて、漢軍がすでに趙の王や将軍を皆捕えてしまったのだと思った。
兵遂ニ乱レ遁走ス。趙ノ将雖レモ斬レルト之ヲ、不レル能レハ禁ズル也。
兵遂に乱れ遁走す。趙の将之を斬ると雖も、禁ずる能はざるなり。
(趙の)兵はとうとう混乱して逃げ出した。趙の将軍は逃げる兵を斬ったけれども、制御することはできなかった。
於レイテ是ニ漢ノ兵夾撃シ、大イニ破リテ虜二ニシ趙ノ軍一ヲ、斬二リ成安君ヲ泜水ノ上一ニ、禽二フ趙王歇一ヲ。
是に於いて漢の兵夾撃し、大いに破りて趙の軍を虜にし、成安君を泜水の上に斬り、趙王の歇を禽ふ。
※於レイテ是ニ=そこで、こうして
こうして漢の兵は(趙軍を)挟み撃ちにし、大いに打ち破って趙軍を捕虜にし、成安君を泜水のほとりで斬り殺し、趙王の歇を生け捕りにした。